第8話
“素敵な絵ですね。カーテンの揺れる感じが絵なのに伝わってきて、すごく上手だと思います。僕には何の才能もないので羨ましいです。
光莉さんはガーベラが好きなのですか?僕は桜が好きです。暖かくなったらパッと咲いて、あっという間に散ってしまう儚さも好きです”
時間があれば、この手紙を出す前に戻したい。
コピーをしているわけではないのではっきりは覚えていないが、確かそんなことを書いた。
病気のことを知らなかったとは言え、不謹慎なワード満載な気がする。
昨日、すでに彼女の母親によって本人には手渡されているはずだ。
(ばかやろう、俺・・・)
そこからの一週間は、なんだか気が気じゃなかった。
手紙を楽しみにしてくれているのにガッカリさせてしまったかもしれない。
もう返事もないかもしれない。
そんな暗い妄想にさいなまれながら、仕事と家を往復する日々を一週間過ごした。
仕事が終わり、最寄り駅について時計を見るとぎりぎり図書館の閉館に間に合いそうだ。
光里は駆け出した。
(ようやくか)
汗を拭きながら、図書館に入る。
いつもの棚の前に立つと、手を合わせた。
(どうか返事がありますように・・・ガッカリさせてませんように・・・)
本棚から本を抜き取る。
ほんの少し分厚い。
返事はどうやら入っているようだ。
(何が書いてあるんだろ)
いつも通りコンビニに寄って帰宅し、急いで机の前に正座で座ると、ビールより先に本を開いた。
いつものメモが入っている。
“素敵な絵と言ってくださってありがとうございます。すごく嬉しいです。本当は色んな景色を書いてみたいのですが、家から出るのが苦手なのでいつも同じような画角からの絵になってしまうんですよね。いつか色んな場所へ行って描いてみたいなと思ったりします。
私の好きな花は、ガーベラです。明るくて真っすぐな感じにいつも元気をもらえます。桜もいいですよね。私も桜好きです。子供の頃にみた風に舞う桜が本当に美しかったことを覚えてます。なので今回はあの時の記憶を頼りに絵を描いてみました。光里さんの好きな桜が上手く描けているといいのですが・・・。また感想聞かせてください”
そう書かれたメモと共に1枚の絵が入っている。
桜吹雪の中、桜の木を見上げている小さな女の子の絵だ。
正面に桜の木があって、女の子はこちらに背を向けている。
たくさんの桜の花びらが女の子の周りを舞っている。
桜の花びらはこちらにも舞ってきそうだ。
この絵を描く力は独学で身に着けたのだろうか。
本当にすごいと光里は感心した。
(色んな景色か―)
家から出るのが苦手なのではなく、きっと外出許可が出ないのだろう。
光里は、思いついたように部屋のクローゼットの奥をがさごそ探し始めた。
そして一つ箱を取り出した。
光里は次の休みは珍しく早起きをして、遠出をした。
肩には少し古い一眼レフカメラだ。
就職して間もない頃、趣味を持っている先輩に憧れて馬鹿みたいに高いカメラを買って、結局ほとんど使うことなく、閉まったままになっていた。
電車に揺られて1時間。
山頂から見える景色がきれいだと何かの記事に書いてあった山に向かった。
「きつ・・・」
登り始めてしばらくすると、息が上がり始めた。
山登りの初心者向きで人気の山なので、ある程度舗装され、階段もあるのだが、なかなかきつい。
普段運動していないつけが回ってきたようだ。
もっと他の場所にすればよかったと心の中で弱音を吐きながら、2時間ほどかけてゆっくり山を登ると、山頂に辿り着いた。
「すげぇ・・・」
綺麗な山々の緑、そこに雲の影がゆったりと流れている。
そして奥には綺麗な青空と海が見える。
海はきらきらと光を反射している。
人気のスポットになるのも頷ける話だ。
光里はシャッターを切った。
“素敵な桜の絵をありがとうございました。この絵をみてもっと桜を好きになりました。桜は毎年散ってしまいますが、毎年必ず花を咲かせます。そんな力強いところも僕は桜の魅力だと思ってます。
最近山登りをしてきて、写真を撮ってきたので、ぜひ絵の参考にしてください”
光里はメモと共に唯一まともに撮れた写真を本に挟んだ。
一眼レフの操作を完全に忘れてしまっていたため、撮影はかなり大変だった。
シャッターさえきればいいと思っていたのだが、良いカメラであるがゆえに操作が難しく、一枚しかまともに撮れなかった。
(俺ってカッコ悪ぃ)
そう思いながら、光里は筋肉痛で悲鳴をあげる足を撫でた。
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