●異世界帰りで中学浪人生の俺、パワードスーツ女子高でコーチ無双します

鏡銀鉢

第1話 中学浪人の俺、女子寮の前に立つ!

「異世界を救ってくれて感謝します。報酬として地球に転生させてあげましょう」


 魔王と相打ちになった俺が目を覚ますと、見覚えのある図書館の椅子に座っていた。


 天井まで届く本棚に囲まれた、古色蒼然とした内装を見渡してから、俺はたおやかな声の持ち主に視線を合わせた。


 木製テーブルを挟んだ向こう側には、金髪碧眼の美少女が上品に微笑みながら、椅子に腰を落ち着けていた。


「久しぶりですね、女神様。こうして顔を合わせるのは、俺が地球で死んだ以来ですか?」


「そうですね。そして、貴方のおかげで魔王は倒され、この世界は救われました。重ね、感謝を捧げます」


 しとやかに頭を下げる美少女に、俺は微笑を浮かべた。


「頭を上げてください。俺が戦えたのは貴女からもらったチートがあったからだ。俺こそ、地球で死んだ俺をこの世界に呼んでくれて、みんなを守らせてくれて、ありがとうございました」


 額がテーブルにつきそうなくらい、俺が深く頭を下げると、鈴を転がしたように愛らしい笑い声が聞こえてきた。


 顔を上げると、女神様が幼い表情で笑っていた。


「大人になりましたね。最初はチーレムライフのことばかりだったのに」


 俺は昔の自分を思い出しながら、苦笑を浮かべた。


「いや、それは割と今でも欲しいですね。地球でチーレムさせてくれません?」

「それは無理ですが、より良い人生は保証しますよ。比較的裕福な家庭で、才能は全て水準以上になるよう、全才覚スキルFをあげます」


「はっ、そりゃいいですね。ついでに美人で血のつながらない姉がいると言うことなしですね」


「あ、それなら適任者がいます」


 女神さまがぽんと手を打った。


「適任者?」

「では、そろそろ時間ですね。それと、地球でも良い人生を送ったなら、今度はこの天界で一緒に暮らしましょう。貴方なら、天人の資格は十分です」


 女神さまが指を鳴らすと、図書館の壁にしつらえられた扉が開いた。

 左右に開いた扉の向こう側は白い光に溢れていて、何も見通すことができない。

 けれど不安は無くて、俺の心は落ち着いていた。


「……我が故郷、地球への帰還か……行く前にひとつ、教えてください」

「なんでしょう?」

「俺がいなくなったあとの世界はどうなるんですか?」

「……それは、誰にもわかりません」


 女神さまは厳格な声音を響かせ、眼差しを引き締めた。


「魔王も勇者もいなくなった世界がどう転ぶのか、それは人類が選び取るものです。ただ、少なくとも幸福をつかみ取る弊害は貴方が取り除きました。願わくば、恒久的な平和と安寧を望みます」


「そっか、ならまた俺を呼べよ」

「え?」


 俺は椅子から立ち上がると、肩越しに女神さまに笑いかけた。


「担当の世界に何かあったら責任は取らされるのに手は出せない。末端の女神さまは辛いよな。だからまたあの世界がヤバくなったら俺を呼べよ。あんたならキス一回で助けてやるからさ」


 敬語を捨てた俺が歯を見せると、女神さまの顔がぽっと赤く染まった。


「あなたッ!」


 かざることのない、年相応の少女らしく狼狽する姿に、俺の胸は充実感でいっぱいになった。


「はは、異世界転生してから、ずっとあんたのその顔が見たかったんだ。そんじゃ、来世で天人ライフできるようせいぜいお利口にさせてもらうよ」


 そう言って、俺は開け放たれた扉に向かって歩きながら、最後に振り返って一言。


「じゃあな女神さま♪ また来世♪」


 図書館の床を蹴って、俺は背中から白い世界に倒れ込んだ。

 最後に見た彼女は、悔しそうに涙を浮かべながら笑っていた。

 おかげで、俺は異世界への未練を全て断ち切れた。


 ――さようなら、俺の第二の故郷。


 短いの別れの挨拶とともに、俺の意識は混濁していった。


   ◆


 意識を自覚して、俺は次の人生が来たことを悟った。


 あたたかい、そしてやわらかいものにくるまれているのがわかる。

 これは地球から異世界に転生した時と同じだ。

 きっと、ベビーベッドで寝ているに違いない。


 触覚に続けて、聴覚に優しい声が触れた。


「わーい、あかちゃーん♪」


 幼い声。

 どうやら、女神さまは約束通り、本当に姉のいる家庭に転生させてくれたらしい。


 背中になにかが潜り込み、持ち上げられる浮遊感。

 どうやら、姉に抱き上げられているようだ。


 何も見えない視覚に薄い光が差し込んできて、徐々に目が開いていく。


 すると、視界の中央では、なんとも愛らしい美幼女がくりくりのお目めを輝かせていた。


 俺は何かしゃべろうとするも、歯が無いし声帯も赤ちゃんなので、あぶあぶ、としか喋れなかった。


「あはは、かわいい♪ わたしがお姉ちゃんだよぉ♪」


 幼女はニコニコ笑顔で俺を抱きしめて、ちゅっとキスをするようにくちびるの先を尖らせた。

 可愛い。

 この子は将来、きっと美人になるだろう。

 俺がちょっとテンションを上げると、彼女は愛らしいお顔をこくんと傾けた。


「あれ? きみ……」


 桜色のくちびるが問いかけてきた。


「転生している?」


 ――は?


 俺は思い出した。

 女神さまが、適任者がいると言っていたことを。


   ◆


 十五年後。

 中学校を卒業した俺は、とある学園の学生寮前に立っていた。


 今日から俺は、この学園に通うことになる。


 姉に言われて、半ば強引に決められた進路だけど、五年ぶりに合う幼馴染の敷島も同じ教室らしいので心強い。


「敷島の奴、久しぶりだなぁ」


 小学生時代を思い出すと、自然と笑みが吹きこぼれた。


 敷島里桜。

 平和主義者の俺と違い、彼は勇猛果敢にして勇往邁進、ワイルドでホットでクールでクレバーで雄大にして己がイズムと信念に従って生きるナイスガイだ。


 弱き民である俺が、隣のクラスの傍若無人なる暴君、五郎丸君にタルモンカードを奪われた時のことは一生忘れない。


 敷島は五郎丸君の顔面に飛び膝蹴りをかましてKO。

 そして、



「覚えておきな。正義のヒーロー、シキシマンはダチのピンチを見逃さない!」



「カッコよかったなぁ、シキシマン……」


 俺が小学生時代の記憶に思いを馳せていると、背後から足音が近づいてきた。

 なんの気なしに振り返ると、そこには学園の制服を着た女子が立っていた。


「なぁ……あ……」


 彼女は俺を見るなり目を丸くして、身を引いて固まり口をわなわなさせていた。


「ん? あぁ、寮に行くのか?」


 気づかいのつもりで、俺は道を開けたのだが、女子は悲鳴をあげた。


「なんでここに男子がいるのよっ!? 誰か来てぇぇええええ! 不審者よぉおおおおおおおおおおおおおおお!」

「へ? え? えぇ!?」


 女子に続けて、俺も悲鳴を上げた。


   ◆


 女子寮のとある一室で、アレクシア・ヴァルトシュタインは女性用の高級スーツを脱いで、下着姿になった。


 ドイツからの留学生である彼女は、ありていに言えば、美しかった。


 金髪碧眼に白い肌という、わかりやすいタグに加えて、顔立ちは目鼻立ちのくっきりとした、類まれなる美貌のソレだった。


 十代の少女としての幼さを残しつつ、切れ長の凛とした目は長いまつ毛に縁どられ、桜色のくちびるはセクシーな厚みと形で、口紅を塗らなくても魅力的だ。


 誰もが目を見張るような勇壮な美人でありながら、わずかに残る少女のあどけなさが相手を必要以上に威圧しない、そんな無類の美少女だった。


「……」


 細かい刺繍とレースに溢れた、白い下着姿の自身を、アレクシアは姿見に映した。


 手足はモデルのようにスラリと長く、背はバスケやバレーボールの選手を彷彿とさせるほどに高い。


 だが、バストとヒップはセクシー女優ですら及ばないほどに発育がよく、スポーツには不向きな印象だ。


「……」


 何故自分はここにいるのか。

 己のなすべきことは何か。

 アレクシアは鏡の自分に問いかけるように、青い瞳を見つめた。


「……愚問だな」


 自身の存在価値など決まっていると、彼女は弱い自分を叱責するように吐き捨て、静かに目を閉じた。


 少女の悲鳴が聞こえたのは、アレクシアが強い自分になろうと、闘志を奮い立たせた直後だった。



「なんでここに男子がいるのよっ!? 誰か来てぇぇええええ! 不審者よぉおおおおおおおおおおおおおおお!」



「賊か!?」


 彼女はベッドに立てかけておいたサーベルを手にすると、窓から外に飛び出した。

 部屋には、彼女が脱いだスーツだが残されていた。

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