第15話 ダンジョン管理人と日記帳
「じゃあ次はボクが探していたやつね」
――え?
カーテンが開いた時、彼女が着ていたのは、ディアンドルという民族衣装風の服だった。
この衣装はその外観の可愛らしさからアニメや漫画でもよく使われるのだけれど、可愛さと並んでもうひとつ、隠れた魅力がある。
それは、胸を強調したデザインということだ。
もちろん、ディアンドルにも種類はあるし、男性の視線を集めるため、今風に改良された、改造ディアンドルだとは思う。
しかし、とにもかくにも起源はどうあれ、いま、コハクが着ているのはバスト周りを黒いベストでぎゅっと締めて、胸をむぎゅっと上に持ち上げ強調した、極めてセクシーなものだった。
スカートも短めで、健康的な膝が魅力的だった。
「だ、駄目だ駄目だ! そんなの着たら色々まずいだろ」
「え~、でもボクこれがいいなぁ。マスターも喜んでいるみたいだし」
コハクはにやにやと笑いながら、スカートをひらひらさせる。
そのたび、俺の視線もちらちらと下を向いてしまい、誘惑に打ち勝つのに必死だった。
「う~ん、じゃあこれは家用にしてあげる♪ そとにはマスターの選んだ服を着てあげるね♪」
「是非そうしてくれ」
――ん?
カーテンが閉まってから、俺は気が付いた
――いつの間にか、あの服を着るのは決定になってないか?
着るかどうかの話が、いつの間にかどこで切るかにすり替わっている。
手のひらの上で転がされている感覚に、俺は恥ずかしさと悔しさでいっぱいになった。
◆
俺が選んだのは、どれも彼女のボディラインを隠す、ゆったりとしたものだった。
下はズボンではなくぶかぶかのバルーンスカートで、上は半そでのゆったりとしたシャツに、胸のふくらみを隠すよう、フリルティアードベストを羽織ってもらった。
フリルのついたベストは体の凹凸を隠して、彼女をかわいいシルエットで包み込んでくれた。
「へぇ、マスターってこういうのが好きなんだ?」
「ああ、可愛くていいぞ」
「……うん、じゃあマスターとお出かけする時は、これ着てあげるね♪」
コハクがニッコリ微笑むと、俺のハートは大きめの矢に射抜かれた気がする。
「じゃあ着替えるからちょっと待ってて」
いきなりベストを脱ぐコハクから目をそらそうとして、俺は見逃せないものを見つけてしまった。
ゆったりとした服でもなおそれなりには自己主張するコハクの胸だけど、その先端に、俺は注目してしまう。
「あの、コハク様……下着、は?」
「え? つけてないけど?」
「ッッッ~~~~~~!?」
そういえばそうだった。
この子は付けていない子だった。
ということは、あの時も、この時も、その時も。
いままでコハクが俺に抱き着いてきたときのことが、走馬灯のように溢れて止まらない。
どうりで柔らかすぎると思った。
どうりで気持ち良すぎると思った。
どうりで肉感たっぷりすぎると思った。
そしてコハクが邪悪を煮詰めたような悪い顔をしている。
「ねぇねぇ、マスターはボクにぃ、下着、つけて欲しいんだよね? じゃあ次は、下着売り場に行こ♪」
彼女の手が俺に伸びててきて、俺は脊髄反射でバックステップを踏んだ。
ダンジョンでモンスターに襲われた時よりも機敏だった自信がある。
「すいません、そこの店員さん、彼女に下着を見繕ってあげてくれませんか? お高いのでもいいので」
俺が財布から万札を取り出すと、店員さんは笑顔でコハクを連れて行った。
「ちぇー」
あてが外れたコハクはくちびるを可愛く尖らせるも、すぐに悪事を閃いた顔で振り返った。
「じゃあマスター、家に帰ったら下着ファッションショーしてあげるね♪」
「うぐぅっ」
この短時間で、コハクがみるみる悪い遊びを覚えている気がした。
◆
コハクが下着を購入してから、俺らはようやく本来の目的である家具売り場を訪ねた。
「じゃあまず机だけど、どうする? ダンジョンに合うのはウッド調のだと思うけど、今風の金属製のもあるぞ」
コハクは並んだ机を手でなで回すと、首をひねった。
「う~ん、ボクはウッド調のほうがいいかな。木目のほうが優しい感じがするし」
「じゃあ椅子も合わせたほうがいいな。今日買った服を入れるクローゼットは……」
――なんか、今の俺、彼女との新生活を始める彼氏みたいじゃないか?
ふとした感想に、つい頬が熱くなった。
控えめに言って、かなり楽しい。
思えば、女の子とこうしてショッピングをするなんて初めてのことだ。
いや、別に彼氏づらをする気はない。
俺はダンジョンのオーナーで、コハクは管理人、英語で言うならコンシェルジュだ。
でも、彼女とは言わなくても、友達、ぐらいには思わせてほしい。
友達と街で遊ぶ、ショッピングをする。
誰もが通る当たり前の日常で、俺も小学生まではそこにいた。
でも、二年前にダンジョンで探索失敗の責任を押し付けられて以来、周囲とは疎遠になってしまった。
誰かと一緒にこうしてお出かけする機会なんてなくて、アニメの主人公たちを見て、憧れるだけだった。
――コハク、俺のところに来てくれて、ありがとうな。
自宅ダンジョンがどうして我が家の庭に現れたのか、それはわからない。
だけど、今はただ、彼女に感謝したかった。
「あ、マスター、これ」
「ん?」
コハクが目を付けたのは、家具売り場の隣にある、日用品コーナーだった。
そこに、古めかしい革製の本風カバーの日記帳が陳列してあった。
外観のせいで、なんだか大航海時代の航海日誌を思わせてくれる。
俺もちょっと欲しい、けど。
「日記帳か、今どきはみんなスマホに書くから、買うのは高齢者と子供、いや、子供もいまはスマホやタブレットか」
「ボク、これが欲しいな、ダメ?」
日記帳をぽよんと胸の上に乗せて、甘え声を出すコハク。
ぽよんというはずみはさておき、俺は咳ばらいをした。
「日記なら俺があげたスマホに書けばいいじゃないか」
「ううん、マスターとの思い出は、ボクの手で、ボクの字で、形にして残したいの。タイプ文字なんて味気ないよ。だから、ね♪」
あまりに可愛いおねだりに、コハクという存在すべてに感謝したくなってしまう。
「ああ、いいぞ。その代わり、三日坊主になるなよ」
「だいじょうぶ、マスターとの思い出は書ききれないから♪」
そう言って、彼女は無邪気に笑った。
そんな彼女に、俺はちょっと勇気を出してみた。
「じゃあマスター、家具もだいたい見終わったし、そろそろ帰ろうか?」
「コハク」
彼女の名前を呼んで、俺は琥珀色の瞳を見据えた。
「日記帳に書く内容、まだ足りないんじゃないか?」
「え?」
「このあと、一緒に街で遊ぼうか?」
わずかに驚いた表情をしてから、コハクは愛らしく笑った。
「…………うん♪」
その笑顔に、俺は幸せを貰った。
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