第13話 このダンジョン管理人が可愛すぎて憎い
「じゃあ、部屋だけあっても仕方ないし、家具、買いそろえに行こうか? その、俺と一緒に……」
彼女の返事を、まるで一世一代の告白の返答のようにして、俺は固唾をのんで待った。
すると、コハクは両眉の端を垂らして、ちょっと難しい顔をした。
――まずったか。
心臓が凍り付くような恐怖が、全身を駆け抜けた。
距離感を間違った。
これじゃデート。
コハクの好きはそういう好きじゃなかった?
マスターが管理人にデートを強要。
パワハラ? セクハラ?
勘違いさせちゃってごめんね。
ボクそういうつもりじゃなかったんだけど。
思春期男子がやりがちな失敗。
俺のことが好きだと思って告白したら勘違いだったの巻。
最悪の想像が次から次へと浮かんで止まらない。
でも、次に彼女が口にした言葉はまったく予想外なものだった。
「まぁ、一日くらいなら平気かな」
自身の胸の谷間に手を当てる姿は、まるで体調を気にする病人のようだった。
「何か気になるのか?」
俺の問いかけに、コハクはややはかなげな、弱々しい笑みを作った。
「ボクらは、このダンジョンを管理するために生まれた神造人間。フラスコの中の小人、ホムンクルスがフラスコが出たら死ぬように、キミたち地球人が地球から出たら生きていけないように、ボクらダンジョン人は、ダンジョンから出ると生きていけないんだ」
「ッ……」
辛すぎる現実に、俺は言葉が無かった。
なんだ、そのふざけたルールは?
ダンジョンの管理をするために生まれてから、ダンジョンから出たら生きていけない?
じゃあ、コハクは一生この狭いエントランスに囚われたまま、外の世界を知らずに生きて行くのか?
頭の中で、牢獄の中に監禁されたコハクを想像して、俺は胸が辛くなった。
それが表情に出ていたのか、コハクは愛想笑いを浮かべた。
「あ、でも気にしなくていいよ。言ったでしょ? 神の子の人間だって地球から出たら生きていけないし、生き物には生息領域っていうのがあるし、ボクらはダンジョン人だからダンジョンで生きるって、それだけだし」
俺を安心させるように俺の手を取って、彼女はまっすぐにこちらを見つめてきた。
「それに出たらすぐ死ぬわけじゃないんだ。言っただろ? 一日くらいなら平気だって。24時間以内に息継ぎしにダンジョンに戻れば大丈夫だから」
「息継ぎって、でもずっと苦しんだろ?」
「もののたとえだよ。出た瞬間苦しわけじゃなくて、24時間経ったら少しずつ苦しくなるって感じかな? したことないから知識だけだけど」
「知識って、何かに書いているのか?」
「ううん、聞いたことない? ホムンクルスは生まれながらにこの世の全ての知識を持っているって」
「そういえば、そんな伝説あったな。パラケルスス、とかいう錬金術師が作ったんだっけ?」
「うん。ボクらダンジョン人も同じで、自分とダンジョンの全て、あと、外の世界の基本的な知識は最初から持っているんだ。だからスマホも使えたんだよ」
俺があげたスマホを突き出されて、俺はそういうことだったのかと納得した。
「話を戻すけど、それにボクって外に興味ないんだよね。マスターだって地球の外、たとえば土星とか天王星とか木星に行きたいとか思う?」
「それは……」
どんなものだろうかと、なんとなくの興味はあるけどその程度だ。
それほど行きたいとは思わないし、一生行けなくても構わない。
「そういうこと。ボクにとってはこのダンジョンが世界の全てだし、マスターがいてくれたら、ボクは寂しくないよ」
途端に無邪気な笑みを作って、ぴょこんと一歩と近づいてきた。
その姿が可愛くて、いじらしくて、だけどどこかはかなげで、俺はたまらない気持ちになった。
「待っていろ!」
俺は彼女から手を離すと、家に戻った。
そして、合鍵を手にダンジョンへ戻ると、コハクに手渡した。
「これ、俺の家の合鍵だ。俺がいたら寂しくないなら、じゃあ俺のいる俺の家にいつでも来い!」
念を押すように俺が語気を強めると、コハクは目を丸くして身を固くした。
でも、静かに顔を伏せて視線を手の合鍵に落とすと、顔の緊張が徐々にほぐれていった。
そうして、その顔が小悪魔めいて笑った。
「えへ♪ 合鍵もらっちゃった♪」
長い亜麻色のまつ毛に縁どられた、大きな瞳が三日月を描く。
桜色の愛らしいくちびるが、やわらかい弧を描く。
幼子のように無邪気で透き通るような声が、優しく響く。
そこにいたのは、世界一可愛い小悪魔だった。
合鍵を抱きしめ、コハクが夢中になっていると、ふと、俺の視界にある表示が映った。
ダンジョンウィンドウの施設一覧の中に、【管理人アップグレード】という項目がある。
なんのことだろうとタップして、俺はまばたきを忘れて見入った。
【管理人をヒューマンからハイヒューマンに進化させます。ダンジョンの外でも生きていけます】必要ポイント100万。
◆
「ここが俺の家だ。ダンジョンの延長だと思って上がってくれ」
「はーい、でも一応、おじゃまします」
小さく会釈をすると、コハクは靴を脱いで、玄関の上がりかまちに足を乗せた。
どこにでもある一般家庭の玄関を、だけどコハクは物珍しそうにしげしげと眺めまわしていた。
「メイド服姿じゃ目立つからな。てきとうに着替えてくれ」
階段を上り、二階にある俺の部屋のドアを開けた。
そこには小学生時代から使っている学習机に電気スタンド、隣にはノートパソコン用のデスク。
反対側にはゲームソフトや漫画の並ぶ本棚と、そしてベッドが置いてある。
学習机は小学生時代に張った人気漫画のシールが貼ってあって、にぎやかな側面をしているのがちょっと恥ずかしい。
「へぇ、ここがマスターの部屋かぁ」
――よく考えると、女の子を部屋に入れるのって初めてだな。
なんだかドキドキしていると、コハクが猫のようにジャンプした。
「えいっ」
ばふっと音を立てて、コハクは俺のベッドにダイブ。
枕に顔を押し付けて、左右にぐしぐしと動かした。
「おい、何やってんだよ!?」
「ん~、マスターの匂いがするぅぅ」
「やめて! 恥ずかしいから! かがないで! 深呼吸しないで! 許して!」
俺が涙目ですがりつく、勇気はないので触れる一センチ手前で手を止めお願いしていると、コハクはニヤニヤと勝者の笑みで見上げてきた。
――くっ、なんて小憎らしい子だろう。可愛くて仕方ない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます