第11話 ダンジョン拡張

 二時間後。

 オークションが終わると、別室で競売品の受け渡しが行われた。


 五人の落札者はそれぞれ一本のアークポーションと鑑定書を受け取り、目に涙を浮かべていた。


「これで妻の病気が治る……くぅっ」

「これで娘は歩けるように、夢のようだ」

「母さんの認知症が治る、私のことを思い出してくれるんだ」

「旦那様、いま、貴方の目に光を取り戻してさしあげますよ」

「これさえあれば、孫息子は学校に行けるんだ。待っていろ、すぐに届けるぞ」


 五人は万感の思いを噛みしめながらアークポーションを抱きしめていた。

 その姿に、俺はお金に圧倒されていた思考が戻ってきた。


 最初は世界中が混乱すると思ったけれど、今となっては出品してよかったと素直に思えた。


 ――これからも、アークポーション生成は続けようかな。


 オークションでは、出品者の情報は守られる。

 向こうは俺のことなんて知らないだろうけど、中学生がうろついていたら目立つだろう。


 俺はアークポーションの受け渡しを見届けると、部屋を出ようとした。

 そこへ、先ほどのオークショニアが立ち塞がった。


「奥井様、この度は貴重品の出品を、心より感謝いたします」


 見た目は若々しいが声には壮年の深みを感じる年齢不詳のオークショニアに緊張しながら、俺は遠慮がちに笑った。


「いやいや、運がよかっただけですよ」

「では後日、こちらの額を口座に振り込ませていただきます」


 オークショニアは手元のスマホを操作すると、俺のスマホが震動した。


 すると新着メッセージが届いており、明細が添付されていた。


 明細画像を開くと、そこには落札金額からオークション側の取り分や税金が引かれた、最終振込金額が記載されていた。


「ッッッ!?」


 落札金額は知っている。

 だから、その数字は想定内ではあるものの、あらためてこれが口座に振り込まれますと言われると、全身が総毛立つような震えが背筋に入った。


 こうして、俺は一夜で数百億万長者になってしまった。


   ◆


「うーん」


 オークションから翌日の朝。

 俺は庭から自宅を見上げて、腕を組んだ。


「どうしたのマスター?」

 プレハブ小屋の開けっ放しのドアの奥から、コハクが俺に声をかけてきた。



「いや、せっかくお金入ったし、家、建て替えようかと思ったんだけど、急に俺が豪邸建てたら周囲の人たち変に思うかなって」


「ダメなの?」

「これでも中学生だからな」


 溜息を吐きながら、俺はコハクに歩み寄った。


「俺がダンジョン所有者でレベル28で億万長者なんて、未だにちょっと信じられないよ。ただ、現実味は無いけど事実は事実だ。でも、しばらくは秘密にしたいんだ」


「どうして?」

「利用されるからだよ。俺みたいに中学生がこんなすごいもの持っていたら、どんな連中が群がって来るかわかったもんじゃないだろ?」


 プレハブ小屋にしか見えない自宅ダンジョンの壁に触れて、俺は天井を見上げた。


「もちろん、いつまでもは隠しておけないと思う。だから俺はいつかこのダンジョンの存在を明らかにして、一流冒険者としてやっていきたい。でも、今はまだ早いってことだな」


 視線を下ろすと、そこには不機嫌そうなコハクの顔があった。

 ウィスキーのような琥珀色の目をジトりと細めて、右頬をちょっと膨らませながら、こちらを睨みつけてくる。


「ど、どうしたんですか、コハクさん?」


 敬語で尋ねると、コハクはちゅっと唇を尖らせてきた。


「だっていまだに信じられないとか現実味がないとか言うんだもん」


 コハクは俺の手を握って来ると、そのままダンジョンの中に引きこんだ。

 ふわりと、甘い香りが鼻腔をくすぐり、コハクという存在が俺の中に流れ込んでくるような気がした。


 そうして、彼女は目を潤ませながら俺の腰に手を回した。


「マスター、ボクはここにいるよ。ボクって、現実味ない?」


 ――ある意味まったくありません。


 という言葉を飲み込んで、俺は照れ笑った。


「そういう意味じゃなくて、幸せ過ぎるってことだよ。コハクはすごく綺麗だし、こんな綺麗な子が俺に好意的に接してくれるなんて、夢みたいだなって」

「えへへぇ」


 潤んだ目は一瞬で笑みに代わり、コハクは無邪気に抱き着いてきた。


「マスター大好き♪」

「ッッ~~」


 コハクが感情的に抱き着いてくると、常識外れの乳量を誇る低反発力が俺の胸いっぱいに押し付けられて、俺も体が感情的になりそうだった。


「あの、コハクさん……」

「なぁに、マスター?」


 耳の中に熱い吐息が吹き込まれて、背筋がゾクリと震えた。


 さらに、コハクは体を小刻みに揺らして、豊満なモノを、たぷたぽぐにゅもにゅんと自己主張させてくる。


「ちょっと離れてくれませんかね?」

「えぇ~、なんでぇ~、どうして離れないといけないのかマスターのお口で言ってくれないとボクわかんなぁい」


 ――わざとだぁ! こいつ絶対にスベテを熟知した上でわざとやっているぅ!


 俺は文明人の名誉にかけて己を律し、捕食者から逃げ隠れる小動物のようにぷるぷると震え続けた。


 すると、そんな弱弱しい無力な俺の無様な姿に満足したのか、コハクは離れてくれた。


「はい、マスター成分補給完了♪」

「なんの成分だよ」

「えへへ、じゃあマスター、家の代わりにダンジョンの拡張する?」

「どういうことだ?」

「エントランス部分は生活居住区だからね。ほら」


 コハクがウィンドウを開くと、このダンジョンのホーム画面らしきものが開いた。

 そこには、【ホーム】【検索】【階層】【配合】の他に【施設】という項目があった。

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