第2話 ダンジョン、もらいました!
ダンジョンは所有できる。
世界中に現れた巨大構造物、ダンジョンは現在、その多くがダンジョン企業の所有物になっている。
そうして企業は自社で雇っているプロ冒険者に探索させたり、あるいは一般冒険者から利用料を徴収しつつ、利用者が採取してきた素材を買い取り、流通させて利益を出している。
「でもここ、プレハブ小屋!」
ダンジョンの外観は千差万別だが、どこも巨大構造物という点では一致している。
「うん? ダンジョンの外観は千差万別だから、ボクが管理している自宅ダンジョンはプレハブ小屋っていうだけだよ?」
「ダンジョンのエントランスってこんなホテルみたいなのじゃないだろ!?」
「それもダンジョンによって違うよ? あ、トイレとシャワーはあっちで寝室はあっちね」
淡々と答えながら、彼女は奥の通路をそれぞれ指さした。
「えと、じゃあ、ここが俺のモノとか、ダンジョンマスターって、聞いたことないんだけど?」
次々疑問をぶつける俺だが、彼女の冷静な対応に、俺も勢いを失っていく。
「そのままの意味だよ? ここの所有権はマスターのもので、キミがマスターだ。ここのあらゆる権限はキミにある」
「じゃあその……キミ、は?」
背筋を伸ばして彼女は大きな胸を突き出しながら、誇らしげに手を当てた。
「ボクはマスターを補佐するこのダンジョンの管理人、と、いうわけでボクに名前をちょうだい♪ マスター♪」
甘えるような笑顔で両手を俺に突き出してきて、ぱたぱたと上下させる美人さん。
「ッッ~~!?」
隙のないオトナびたクール美人がこどもっぽい言動をしたときの魅力たるや天上知らずで、俺はもうダンジョンなんてどうでもいいくらいメロメロだった。
「そう、だな、じゃあ……」
あらためて彼女の姿をためつすがめつ、じっくりと鑑賞した。
トップモデル以上のプロポーションに、グラビアモデルを凌駕するバスト、そしてアイドル顔負けの美貌、亜麻色の長い髪に、桜色のくちびる、なにもかもが最&高過ぎて、くびったけになってしまう。
おまけに、これで子猫のようにひとなつっこいのだから至高だ。
でも、俺が一番惹かれたのは、吸い込まれそうになったのは、彼女の光沢を帯びた、透き通る琥珀色の瞳だった。
「コハク」
自然と、その言葉が口をついて出た。
「キミの名前は、コハクだ……」
「それって、ボクの瞳が琥珀色だから?」
頬に指をあてて、彼女こくんと首をかしげると、俺は自分の失言に慌てた。
「てて、てきとうに決めたわけじゃないぞ! そうじゃなくて、俺が一番、綺麗だと思った場所だから……」
何を恥ずかしいことを言っているんだと思い、視線を伏せるも、それしか言えなかった。
彼女の足元に視線を逃がしていると、頭上からくすくすと小鳥が鳴くような声がささやいた。
その笑い声にさそわれて顔を上げると、長いまつ毛にふちどられた切れ長の両目が、にまにまと半月を作っていた。
「マスターってばあわてちゃってかわいい♪ でもそっか、ボクの瞳、そんなに気に入っちゃったんだ? えへへ、うれしいな♪」
「ッッ~~」
コハクにかわいいと言われて、コハクの小悪魔的な笑みを目にして、俺は恥ずかしさと興奮が入り混じった、筆舌尽くし難い感情に支配された。
もう、ずっとこの子を見ていたい。
「じゃあいっぱいキミを見ないとね♪」
言って、彼女はくるくると回りながら俺との距離を詰めてくると、両手を伸ばして俺の肩をわしづかんできた。
琥珀色の瞳が、至近距離がジッと見つめてくる。
彼女の瞳に映る俺の瞳に彼女が映るという合わせ鏡状態に、俺の中で気恥ずかしさが過熱して、とうとう沸点を越えた。
頬と耳の熱を逃がすように、俺は顔を背けた。
「あ、逃げた。ふふ、マスターってピュアなんだね♪」
俺が視線を逸らすと、視界の端でコハクは幼児のようにきゃっきゃっとハシャいだ。
「う~ん、でもマスターは瞳フェチかぁ、ねぇねぇ、ボクの髪は綺麗じゃない?」
右手で自身の艶やかな亜麻色の横髪をつまみながら、左手で腰まで伸びた後ろ髪をさらりとかきあげた。
サラサラと流れるようなやわらかさと、シャンデリアの照明を反射する艶に目を奪われながら、俺は急いで答えた。
「も、もちろん綺麗だぞっ」
「じゃあボクのくちびるは好き?」
ちゅっとキスをするようにくちびるを尖らせてくるコハク。
不意打ちのキス顔に、俺は面食らいつつ即答した。
「好きだぞ!」
「白い肌は好き?」
両手で髪をかきあげ、血色の良いミルク色の頬を、首筋を、耳を露出させながら蠱惑的な流し目を送って来るコハクに、俺は即答する。
「好きだ!」
「細い指は好き?」
「好きだ!」
「ボクの眉毛、キレイ?」
「綺麗だ!」
「大きなおっぱいコーフンする? 挟んで欲しい?」
「凄い興奮するし挟んで欲しい! ……ッッ~~」
コハクがニヤリと悪い顔をした、俺は自分の失言に死にたくなった。
「ふぅん、そっかそっかー、よかったー、マスターが小さい派閥だったらどうしようかとおもったよぉ♪」
権力者の弱みを握った詐欺師のような口調で、コハクは体を上下にぴょんぴょんさせた。
一緒に、彼女の豊満な胸も、たぽたぽ揺れた。
その動きから視線を外せなかったのは、一生の不覚である。
穴があったら入りたいくらい恥ずかしいけど、穴がないので俺は代わりにしゃがみこんだ。
もう何も見ないぞ、とばかりに俺が両手で顔を覆うと、コハクの嬉しそうな笑い声と一緒に、衣擦れの音がした。
「ふふ、ごめんねマスター。じゃあそろそろ、マスター権限について説明するよ」
至近距離からの声。
どうやら、俺に目線を合わせるためにしゃがんだらしい。
俺は両手を開いて、指の隙間から外の様子をうかがった。
「ッッッッ■■!?」
目の前の光景に、口から五十音では表現できない音が弾けた。
彼女がしゃがみこむと、スカートの中身が丸見えだった。
初めてナマで見る女の子の無修正に、俺は両目を剥いてガン見したまま止められなかった。
「あ、あの、コハクさま?」
「ん? なぁに?」
「なんで、はいて、らっしゃらない?」
「はく? ちゃんとスカートはいて――」
彼女がうつむいて自身の下半身を見やると口を閉ざし、その白い顔がフラッシュ的に赤く固まった。
両手でスカート越しに股間を押さえながら勢いよく立ち上がり、前かがみになりながらコハクは金属をひんまげるような硬い笑みを作った。
「ア、アハ、アハハ、どう元気出た? ママ、マスター、ボクの色仕掛けにメロメロで困っちゃうな、じゃあダンジョンの説明するね」
無理やり話題を変えるように、まくし立てるコハク。
そのギャップが可愛すぎて、俺はもうこのダンジョンに骨を埋めたかった。
「じゃあまず、マスターの戦闘スタイルを決めて!」
さっきまでのことをなかったことにしようとするかのように、コハクは勢いよく声を張り上げた。
「自宅ダンジョンはマスターによるマスターのためのマスターのダンジョン。どんなことも思いのまま! このダンジョンではマスターのあらゆる願いが叶うよ! まず、希望の戦闘スタイルを教えて!」
コハクがクロークルームへ消えると、中からキャスター付きのウッドロッカーを押して出てきた。
彼女が軽快にロッカーの前を通り過ぎながら、リズミカルにノックしていくと、扉が次々開いた。
中には剣、槍、弓、斧、盾、あらゆる武器が入っていた。
その光景に俺は二年前を思い出す。
やりたくないポジションを押し付けられて、だけど嫌とは言えなくて……みんなのためにって我慢して、だけどそれは最悪の結果を招いた。
「剣士、槍兵、弓兵、重戦士、魔術師、回復師、錬金術師、竜騎士、召喚術師、どんな戦闘スタイルも自宅ダンジョンでは思いのままだよ!」
ステージ司会者のマイクパフォーマンスよろしく、ハイテンションに声を張り上げながら、コハクは両手を広げた。
彼女の笑顔に、明るい声に、俺はずっと言いたかった、二年前に呑み込んだ言葉を口にした。
「俺、魔術師がいい。いろんな魔術を状況に応じて使い分けて、どんな敵でも圧倒する、最高にカッコイイ魔術師になりたいんだ」
コハクの口角が上がり、白い歯が光った。
「なら、これだね♪」
コハクがロッカーの端を蹴り飛ばすと、ロッカーはぐるりと反転。
反対側の閉ざされた扉のひとつをコハクがノックすると、俺を歓迎するように扉が開かれた。
そこには、灰色の革靴にスラックス、ネクタイ、ベスト、ジャケット、そして白のワイシャツという、3ピーススーツと、筆記体の刻印がされた10個の指輪がそろっていた。
「うわ、大人っぽくてカッコイイな。それにこの指輪もしかして」
俺が彼女を見やると、コハクは頷いた。
「うん。魔術の指輪だよ」
人差し指を立てて、コハクはちょっと先生口調になる。
「一応、ダンジョンの成長システムについておさらいするね」
彼女の声に合わせて、巨大なウィンドウが展開。
そこには、アニメ調にデフォルメされた、四頭身のミニコハクが映っていた。
横には、レベルや筋力、速力などの各項目すべてが1のステータスが表示されている。
「すべての人はレベル1からスタート。この状態だとただの人。だけどダンジョンの中に潜むモンスターを倒すとステータス画面にEXPが加算されて、一定以上溜まるとレベルアップ♪」
コハクがパチンと指を鳴らすと、レベルが1から2に増えた。
ミニコハクがガッツポーズを取る。かわいい。
「この時、各ステータスは過去の戦い方に応じてグンとアップ♪」
ミニコハクが剣を振るうと、筋力が上昇。
盾を手に構えると、耐久が上昇。
走りまわり、落下物を避けると、速力が上昇。
手から火炎魔術を出すと、魔力が上昇した。
「魔術の威力を上げるには魔力を上げないといけない。魔力を上げるには魔術を使わないといけない。でも魔術を使える人なんていない。じゃあ最初の一歩目はどうするか、それが各種魔術アイテム♪ これさえあれば誰でも最下級魔術が使える♪ これを使って敵を倒してレベルアップすればステータスが上がるだけじゃなくて魔術を習得。もうアイテムがなくても平気ってわけ♪ そしてこの自宅ダンジョンでは最初から、火、雷、土、鋼、水、風、光、音、冷、氷属性の指輪がそろっているから、マスターは十種類の魔術を使えるよ♪」
「至れり尽くせりだな!」
普通、魔術師は属性ごとにひとつずつお金を払ってレンタルしたり、ダンジョン内で手に入れる必要がある。
最初から十属性を用意してくれるなんて、贅沢すぎるだろう。
「さ、着替えて着替えて♪」
コハクに急かされて、俺はその場でジャージを脱ごうとして、手を止めた。
「いや、お前はどっか行けよ」
「え、でもボクだけ見られて不公平じゃない?」
「オレハナニモ見テイマセン」
俺が棒読みを返すと、コハクは赤い顔ですねたようにくちびるを尖らせた。かわいい。
「じゃあボクはバックヤードにいるから、着替え終わったら言ってね。エレベーターでベストフロアに案内するから」
「は? エレベーター?」
俺がぎょっとすると、コハクはきょとんと頷いた。
「そうだよ。だってここはマスターのダンジョンだもん。わざわざ一階から地道に攻略する必要なんてないよ♪」
コハクの笑顔が合図だったように、ポォンと電子音が鳴った。
そちらへ首を回すと、壁際にライトが光っていて、ドアが左右に開いた。
紛れもないエレベーターに、俺は頬が引きつった。
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