自宅に現れたダンジョンが全力で俺を接待してくれます

鏡銀鉢

第1話

「えー! 加橋くんって20レベルになったの!? すっごーい!」

「中三で20レベル代とか三大企業入り確実じゃーん!」

「ふっ、まぁな」


 教室で女子たちの黄色い声を浴びながら、クラスメイトの加橋は得意げだった。


 元からルックスよしで実家は金持ち、おまけに運動も勉強もできる。


 これで女子たちがほうっておくわけもなく、加橋は入学式から女子をはべらせていた。


 いつもの光景を、俺は自分の席でスマホをいじりながら聞き流していた。


「それとオレ、Dランクに昇格したから、オレの引率があればみんな、6階層に行けるぜ」


「え、いきたーい!」

「ねぇねぇ、放課後一緒にダンジョン行こう♪」

「いいぜ、元からそのつもりだったし」

「やたー♪」

「加橋くん頼りになるぅ♪」


 ダンジョンというのは、30年前、突如として世界中に現れた巨大構造物の総称だ。


 中は別空間に繋がっている。


 そこで手に入る【素材】は現代科学の壁を超える貴重品ばかりだ。


 最初は警戒していた各国の政府も、金になるとわかれば対応は早かった。


 むしろ、国力向上のため、他国に負けじと、積極的に国民をダンジョンへ走らせ、素材を買い取り、流通させ、ダンジョンは正体不明のまま、世界経済を動かす超巨大市場へと成長した。


 ダンジョン探索をする人は冒険者と呼ばれ、子供たちの将来の夢はプロ冒険者になって一獲千金、それが世間の常識だ。


 とはいえ、俺には縁のない話である。

 出入口近くで、とある男子たちがスマホをいじりながら頭を悩ませる。


「どうする? 放課後ダンジョンに行くメンバー、足りないぞ」

「今日に限ってみんな予定あるしなぁ」

「ん~、奥井は? あいつ一緒に行ったことなくね?」


 思いがけず自分の名前が飛び出し、俺はスマホをスクロールする指を止めた。


「つかあいつがダンジョンに行くの見たことないよな? 冒険者資格持ってんのか」

「あ~、無理無理、あいつはダメだって」


 男子の一人が呆れ口調で笑いだした。


「中一の時に何回か行ってそれっきり。いまどきダンジョンも行かない陰キャだぜ?」

「なんで?」


 男子は声をひそめた。


「なんかあいつのせいでパーティー全滅しかけたとか、仲間置いて逃げたとか」

「うわキッツ、じゃあやめとくか」


 小声のつもりなのだろうが、十分聞こえる。

 好き勝手な噂話に、俺は反論する気もなかった。


「なぁなぁ加橋ぃ、ちょっと聞こえちゃったんだけど、お前、6階層に行けるんだよな?」


「オレらも連れて行ってくれよぉ」

「いいけど、ちゃんと役に立てよ?」

「やりぃ!」


 女子からもてはやされ、男子たちから頼りにされて、加橋はますます得意げだった。


 やがてチャイムが昼休み終了を告げ、生徒たちは自分の席に戻っていく。

 俺もノートと教科書を広げ、黙って教科担任が来るのを待った。


   ◆


 その日の帰り。


 俺は駅のホームで列車を待ちながら、ダンジョンについて考えていた。


 ダンジョンはお金儲けの場所ではなく、レジャー施設としても人気がある。


 別空間に繋がっているそこは、迷宮、森、草原、海、あらゆる世界が広がり、お手軽に冒険感覚を味わえるからだ。


 上の階層へ行くほど手に入る素材の価値が上がる一方で、危険も増える。

けれど、下の階層なら安全にスリルを味わいながら、お小遣い稼ぎができる。


 こんなおいしい話は他にない。


 中学生になって冒険者資格を取れるようになれば、誰でも放課後はダンジョンで遊ぶのが常識だ。


『まもなく、列車が到着いたします。白線のうしろまで、お下がりください』


 到着した列車が空気が抜けるような音を立て、開いたドアから乗車すると、他校の男子たちが目についた。


 座席でスマホ片手に盛り上がる彼らは、どうやらこれからダンジョンへ向かうらしい。


 小学校時代、俺はああいう中学生活を夢見たし、かつてはああして過ごした時期も確かにあったのだ。


 でも、それもいまは遠い黒歴史だ。


 列車が走りだし、背後へ流れていく風景をなんとなしに眺めながら、俺は沈鬱な溜息を吐き出した。


 二年前、小学校を卒業した俺は、仲間たちと一緒にすぐ冒険者資格を取り、ダンジョンへ向かった。


 でも、そこで俺はやりたくないポジションを押し付けられて、その上、探索の失敗をなすりつけられた。


 教室という狭い世界しか知らない中学生は噂話が大好きで、噂話は人から人へ伝わるたび、まるで餌をむさぼる家畜のように肥大化し、結果がさっきのあれだ。


 俺は独断行動で仲間を危険にさらした挙句、一人で逃げた卑怯者、というレッテルを張られ、誰も俺をダンジョンに誘わなくなった。


 俺にとってダンジョンは憧れの遊び場から、黒歴史の象徴になった。


 俺だって、本当はダンジョンに行きたい。

 でも、一人じゃ限界があるし、ソロプレイを他人に見られるのは恥ずかしい。


 俺にだって、最低限のプライドはある。

 ラノベ主人公のような最強のソロプレイヤーなら格好もつくだろう。


 でも、底辺階層をひとりでうろつく男子なんて、噂話のマトでしかない。


 最寄り駅で降りた俺は、両親のいない自宅へ帰ると、リビングで撮り溜めていたアニメを消化し続けた。


 二年も前の話なのに、それを蒸し返されて、なんだか何もする気が起きなかったのだ。


 テレビ画面の中では、人気ジャンルのダンジョンアニメの主人公たちが剣を振るい、火炎魔術を放ち、恐ろしいモンスターの攻撃にさらされると、仲間から回復の呪文をかけてもらっていた。


 ――俺も、こんな風にダンジョンでカッコよく戦いたかったな……。


 アニメの主人公を自分に置き換えて、仲間たちと協力しながらダンジョンでモンスターを倒し、その牙やツノなどの素材を手に入れ、換金してお金を稼ぎ、周囲から賞賛される自分を想像する。


 俺のささやかな、そして悲しい趣味だ。


 次のアニメも同じダンジョンアニメだ。


 ただし、こちらは孤高を貫く最強のソロプレイヤーが、ダンジョン最上階層を目指しながら、途中で知り合う人々を華麗に助けていくという、痛快無双作品だ。


 主人公の俺様TUEEぶりに、妄想がはかどる。


 ――仲間と助け合うパーティー戦もいいけど、こういう最強ソロプレイにも憧れちゃうよな。


 他人を気にせず、ただ目の前の敵に集中しながら無敵に力を振るい、縦横無尽に大暴れし、最後に立っているのは俺一人。カッコイイじゃないか。


 実際、少数ではあるものの、世間にはそういうプロ冒険者もいるし、全男子憧れのマトだ。


 そうして、アニメが終わると、現実に引き戻され、興奮の熱は急に冷えきった。

 俺には一緒にダンジョンへ入ってくれる仲間も、一人で活躍する能力もない。


 大人は生意気だと言うけれど、情報の氾濫したいまどきの中学三年生なら知っている。


 人は、夢を叶えられる人とそうでない人に分かれている。

 そして、俺は後者だ。


 テレビの電源を落とすと、俺は自嘲気味に笑ってから自分の部屋に戻った。


   ◆


 翌朝、目を覚ますと、俺は自室のカーテンを開けた。

 残暑の残る9月の朝日を目に浴びながら、俺はあくびをひとつ。

 それから、我が家の庭を見下ろし目を止めた。


「んぁ?」


 変な声が出たのも仕方がない。

 そこには、明らかに見慣れないモノがあった。


 プレハブ小屋。


 どこからどう見てもまごうことなきプレハブ小屋だ。


 知らな人が見れば、何がおかしいと首をひねるのだろうが、断言する。我が家の庭にこんなものは無い。


 小学生の頃から10年近く住む家の庭を見間違えるはずもなく、俺は真相を確かめるべく外へ向かった。


   ◆


「かきわり、じゃないよな?」


 急いでジャージに着替えた俺が庭に出ると、プレハブ小屋は我がもの顔で庭に鎮座していた。


 一瞬、どこぞの迷惑系ユーチューバーがイタズラでかきわりでも置いていったかと思ったが、どうやら違うらしい。


 曇りガラスで中の様子はうかがい知れないも、周囲をぐるりと一周しても、壁を叩いても、360度全方位に向けてプレハブ小屋100パーセントである。


 コンクリートブロックの上に、四角い鉄の箱がドテンと乗っかり、アルミサッシの引き戸が設えられている。


 かつて戦国武将の豊臣秀吉は一夜で城を作ったと言うけれど、人の庭に一夜で音も無くプレハブ小屋を作るのは無理だろう。


 完成したプレハブ小屋を巨大ヘリコプターかクレーンで運んで来れば、時間の問題は解決できるが、そんな大掛かりなことをする意味がわからない。


 プレハブ小屋の中身は気になるが、何か変なものが出てきたらどうしようと言う恐怖もある。


 責任者よ出てこい。


 と、思いながら朝日満ちる庭を見回すも、犯人が出てくるわけもない。


 隣の家の愛犬が塀の穴ごしに、わふわふと可愛い姿を見せるだけだった。


 突如現れた正体不明のプレハブ小屋を警戒しているのかもしれない。


 こいつにも、番犬としてのプライドがあるようだ。


 俺はポケットに入っていた個包装クッキーをあげてから、顎の下をなでてやる。

すると、隣の愛犬は満足げに顔をひっこめた。


 ――うん、こいつに番犬のプライドは無いな。


 謎の納得をすると、少し落ち着いた。


 警察に電話するべきか悩みつつ、やはりプレハブ小屋の中身は気になる。


 見る限り、鍵穴はない。


 施錠できないタイプなのだろうか。


 扉に手をかけると、警戒心と怖いもの見たさがせめぎ合う、俺は中に不審者がいる可能性を考慮して、ゆっくりとドアを開けた。一センチだけ。俺のチキン。


 そして、目をぎょっとさせた。


「は?」


 隙間から覗く中の様子が信じられず、俺は警戒心を忘れて、勢いよくドアを開いた。


 そして、絶句した。


 ――なんだ、ここは……!?


 そこは、一流ホテルのエントランスを彷彿とさせる空間だった。


 床を覆う赤じゅうたん、高い天井にシャンデリア、瀟洒で落ち着いた雰囲気の壁面にカウンター、壁際に並ぶ高級そうなソアに大理石のテーブル。


 その奥に、誰かが立っていた。


 不審者、犯人、一体誰だ。


 全力で警戒してしかるべき状況に、だけど俺は唖然とその場に立ち尽くした。


 信じられない気持ちで、一歩、二歩と俺は無防備に歩み寄り、そして視界の中で、彼方の少女は確かな像を結んだ。




 エントランスの奥に立っていたのは、心を奪われるような【真正】の美少女だった。


 音を失う静寂の中で、俺は自分の息が止まる音を聞いた。


 腰まで伸びた亜麻色の髪に、大きな琥珀色の瞳。


 CGヒロインのように美しく整ったクールな顔立ちは、切れ長の目に愛らしい桜色のくちびるが印象的だった。


 飾り気のない古風なメイド姿で背は高く、手足はすらりと長く、腰の位置は高くウエストは細く短く、だけどそれら全てを相反するように、胸回りは大きく膨らんでいた。


 メイクも、アクセサリーも、笑顔すらない、けれど、それでもなお彼女は、俺が今目にした何よりも美しく、そして魅力的だった。


 故に彼女は、【真正】の美少女なのだ。


 一目ぼれというものがあるのならば、俺はこの瞬間、確かに彼女に恋をしていた。


 人を見た目で判断してはいけないという言葉がかすむほどに彼女は美しく、彼女が手に入るなら、俺の全てを捧げても良いと思えるほどに彼女は魅力的だった。


 彼女と目が合うと、向こうもこちらに注目しているのがわかる。


 まぶたを数ミリ持ち上げて、透き通るような琥珀色の瞳に俺を映しているのがわかる。


 すると次の瞬間、証明写真でも撮るような彼女の無表情が、はじけるようにほどけた。


「待っていたよ。キミが、ボクらのマスターだね」


 ――え?


 クール美人の見せた輝くような笑みというとびきりの魅力に俺が絶句する間に、彼女は猫のようにやわらかい足取りで迫ってきた。


 長い亜麻色の髪をなびかせ、スカートをふわりとゆらしながら、彼女の甘い笑顔が視界いっぱいに広がって、やがて桜色のくちびるが俺の口を、琥珀色の瞳が俺の視界を独占した。


「ッッ!?」


 くちびるを覆うやわらかくてみずみずしい感触。

 口の中に熱く濡れた舌が滑り込んできて、俺の舌に絡みついてくる甘い感覚。

 彼女の舌が激しく俺を求めてきて、まるで脳髄をかき回されているような、得も言われぬ快楽に思考がしびれていく。


 背中に回された腕が力強くを俺を抱き寄せ、胸板には量感たっぷりのバストが押し当てられて、心地よい肉感と低反発力が広がっていき、身も心も骨抜きになっていく。


 女の子と体温と共有する快感と、ファーストキスを奪われた衝撃がないまぜになって、俺は全身を硬直させて、彼女に身を任せるしかなかった。


「「ぷはっ」」


 長くて深いキスが終わっても、俺は体から熱としびれは抜けなくて、彼女に体重を預けてしまった。


 すると、彼女は華奢な体と豊満なむねで俺を抱き留め、しっかり支えてくれた。


「ふふ、これで契約完了だね、マスター♪」


 クールな美貌を無邪気にはずませながら、彼女は桜色の舌先でぷるんとしたくちびるをひとなめした。


 その光景があまりにエロティックで、俺は体内でY染色体に由来する衝動がうずきかけるのを感じてしまい、自分を恥じた。


「あの、きみは……!?」


 俺が尋ねると、突然現れたウィンドウに言葉を遮られた。


 それはダンジョン、あるいは冒険者特有のウィンドウ画面だった。


 ディスプレイもなく、空間に展開されたウィンドウには自身のステータス情報や、ダンジョンからのメッセージが表示される。


 俺の前には、中一以来目にしていないステータス画面が表示され、その上に重なる形でメッセージダイアログが表示された。



【奥井育雄はダンジョンマスタージョブを手に入れた】



「は?」


 俺が間の抜けた声を漏らすと、不意に彼女は俺から離れた。


 支えを失った俺がたたらを踏むと、彼女はダンサーのようにくるりと機敏に回転しながらホールの中央へステップを踏んだ。


 スカートと両手を横いっぱいに広げて、妖艶な脚線美を見せつけながら、彼女はテーマパークを案内する司会者のように声高らかに叫んだ。


「おめでとうマスター! いま、この瞬間! この時を以って! この自宅ダンジョンの全てがキミのモノだよ♪」


「え? えぇええええええええええええええ!? ここってやっぱり、ダンジョンなのか!? ていうか俺のモノって、え!? え!?」


 あまりの出来事に、俺は絶叫に近い悲鳴を上げていた。


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