第21話


 地獄の暴れん坊将軍様がその怒りを沈めてから十五分後。

 将軍様、もとい、クレアの横を、俺は蹌踉と歩いていた。

 大通りとはいえまだ昼間、酔っ払いが歩くにはまだ早い。


 一月の寒空の下、むすっとした美少女クレアと、千鳥足の俺の取り合わせを、通行人はどんな気持ちで見ているのだろうか。


「うぅ、痛いぃ……」

「だから悪かったわよ。ていうかちゃんと回復魔法で治してあげたじゃない」


 クレアは、不機嫌そうに唇を尖らせる。


「いや、骨折を一分で治すお前の腕前は凄いんだけどね、つか、そんなの王城の宮廷魔法使いでもできねーよ。ただな、精神的に辛いんだよ」

「そんなの気持ちの問題でしょ。じゃあほら」


 俺の右側に回り込むと、クレアは上着の前を開いてから、俺の首に細い腕を回して、体を抱き寄せた。


 粉砕から蘇った俺の右わき腹に、クレアの豊乳が押し当てられた。


 生地が厚めの冬服越しでも、そのやわらかさと弾力は健在で、思春期のハートは激しく揺さぶられた。


 それはもう、精神力を一滴残らず絞り上げるような気持ちよさだった。

 骨を折られてこの快楽を味わえるなら、むしろお釣りがくるとすら思える。


 クレアのおっぱいがぐにゅりと押し潰れるほど、脇腹との接地面積が増えて、その分だけ幸福度も上がった。むしろ倍々ゲーム式に幸せが大きく膨らんだ。おっぱいだけに。


「気持ちの問題なら、気持ちいいことしたら治るんじゃない? 気持ちいいでしょ?」


 歯を見せて作る、蠱惑的な笑みから逃げるように、俺は顔を逸らした。


「き、気持ちよくなんてないもん……」


 少しも隠せていなかった。

 精神的痛み? んなものコンマ一秒で完治した。


 クレアもそのことは先刻承知済みのようで、目つきが満足げだった。


 くそぉ、若さが憎い……ん?


 顔を逸らした先で、俺はとある人物を目にした。

 軽装鎧を着た衛兵が、腰に二本の杖を挿している。


 他にも、よく見れば、マジックアイテムの杖を二本も三本も挿している傭兵風の人やヒーラー風の人が歩いている。


 中には、左右の腰に五本もの杖を挿して、カチャカチャ音を立てながら歩いている人もいた。


 なんだか、邪魔そうだな……。


「なぁクレア、俺は魔法式についてよく知らないんだけどよ。一本で複数の魔法を使える杖ってのは作れないのか?」

「無理よ。粗悪品の魔石じゃ一種類の魔法式を組み込むのがやっとだもの。質のいい魔石なら二つ組み込めるけど、素人が魔力を通したらふたつの魔法が同時に発動しちゃうわ」


 クレアは、ちょっと残念そうに呟く。


「じゃあ、魔石を付け替えたら色々な魔法が使えるってのは?」

「ッ!?」


 彼女の大きな瞳が凍り付く。

 うつむいて、なにごとかを高速でぶつぶつと喋ってから、


「アレク! あんた天才!」


 俺の手を握って、


「走るわよ!」


 疾風のように駆け出した。

 馬よりも早く、牛よりも力強く。


「ぬぉおおおおおおおお!?」


 俺は、軍馬に引きずられる罪人のように哀れな悲鳴を上げて、連行されていった。

 王様。俺よりもクレアを徴兵した方が役に立ったんじゃないですか?


   ◆


 自宅に戻ったクレアは、作業場で魔石とシャフトに魔力を注入しながら、急いで魔法式を組んでいた。

 魔石とシャフトが光り輝き、その周囲には意味不明の幾何学模様が回転している。


「属性変化と前方への放出、共通する魔法式はシャフトに、属性変化で何にするか、射出の仕方、固有の魔法式だけを魔石に……そうすれば魔石に組み込む魔法式を遥かに短縮できる。一人で杖を何本も持つ必要はないし、あたしが魔石に魔法式を組み込む効率も遥かに向上する。大量生産体制を整えられるわ」


「お前すごいな……」


 魔石の付け替えは俺のアイディアだけど、クレアはそれをさらに発展させて、生産効率まで上げている。


「凄いのはあんたよ。あんたが魔石の付け替えを提案しなかったら、こんなの思いつかなったもの」


 熱意溢れる声と視線。

 今、クレアは最高に集中していた。

 元になるアイディアを発展応用、すぐ実行に移す。


 これが天才を越えた、超天才。

 クレアの才能に、俺は感心を越えて、感動してしまう。


「くっ、ダメだわ。魔石と違って霊木には多くの魔法式を込められないし、霊木じゃ魔法式を処理する力が弱い……霊木に魔石をもう一つ埋め込む? いや、そんなことしたらコストと製作時間が……」


 クレアは額に拳を当てて、苦悩する。

 彼女の吐き出した問題を聞いて、俺はあることを思い出す。


「なぁ、俺は魔法の素人だけどよ、確か魔石を溶かし込んだ液体に魔力を溜めておく話があったと思うんだけど、魔石って溶けても効果あるのか?」


「ん? 魔石の破片同士が近くにあればね。液体状だと細かい魔石の粒子が隣り合っているから問題ないわ。魔石同士の間には特殊なマジックフィールドが形成されて、その中は魔石と同じ効果があって魔力を固定化することが出来るの」


 何を言っているのかまるで分からない。

 分からないけど、分かる必要もない。

 大事なのは、細かくなっても大丈夫という事だ。


「なら、魔石を削って出た削りカスを粉末状にして、ニスとか塗料に混ぜてシャフトに塗ったらダメか?」


 クレアの口がぽかんと開いた。

 え? 何か俺、変なこと言ったか?

 次の瞬間、クレアが飛び掛かってきた。

 まずい、また関節技をかけられる!

 全力で身構える俺の体を、クレアは全力でホールドして、


「アレク♪ あんた本物の天才よ♪」


 むぎゅうううっと、抱きしめてきた。

 クレアの豊乳が押し潰れて、俺の胸板全体を覆いつくす。凄く気持ちいい。

 クレアの首筋が俺の首筋に絡んできて、その体温が俺の血を熱くする。心地いい。

 クレアの長く艶やかな髪から香り立つ匂いが、鼻腔いっぱいに広がる。香水じゃない、クレア自身の香りだ。気分いい。


「えへへ♪ アレク♪ アレク♪」

 

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