第15話


 ガチャリ


「援助物資持ってきたよ幹明。ほら、君の好きなスナック類」


 部屋のドアが開けられ、夏希が玄関に入ってくる。

 やばい、カギを閉め忘れた。


 開錠は最新の顔認証なのにオートロックじゃないとか、なんて中途半端な学生寮だろ。新築じゃなくてリフォームした改装マンションだけど、改装の基準がおかしいぞ。


 なんて、俺が心の中で学園に文句をつけている間に、夏希は部屋に上がり、爽やかな笑顔でずんずん迫ってくる。


「君は普段、パンの耳しか食べていないからね。バーベキュー味とコンソメ味と、あぁああああああああああ!? なんで美奈穂ちゃんがここにぃ!?」


「いや、夏希、違うんだ、これは!」


「あぁあああああああ! そしてこんなところに大きな穴がぁあああああ! 隣の部屋に繋がっている? ということはまさか幹明のお隣さんは美奈穂ちゃんで壁に空いた穴で二人の部屋は直結!?」


「お前は情報処理の達人か!」

「見損なったよ幹明! 君はなんて奴だ!」


「俺じゃないよ。ただ学園にバレたら俺のせいにされるかもしれないからこのことはどうか内密に」


「金髪碧眼の巨乳美少女と部屋が直結とかなんで幹明だけこんなエロ漫画みたいな展開になっているんだよ!? ズルイやズルイや!」


「どこ拾ってんのさお前は!? 床を転がるな手足をばたつかせるな!」

「黙れエロゲ主人公!」

「はぐぁっ!」


 夏希のアメフトタックルが頭突き気味に俺の腹を直撃。

 俺は春香の住んでいる部屋に面した壁に背中から激突した。


 後頭部もぶつけて、ドン、という大きな音がした。

 お腹に頭をぐりぐり押し付け、抱き着いてくる夏希に抗議をする。


「いてて、おいおいこっちの壁にまで穴が空いたらどうするんだよ?」


 まぁ、マンションの壁が、そう簡単に壊れるわけもないけどね。

 押し入れの穴は、どうやって空けられたんだろう?

 すると、背中の壁に衝撃が走った。



「ちょっと! さっきからうるさいわよ! 静かに」

 ドン

「しなさいよ!」


 拳が擦過して、俺の耳に熱い痛みが走った。

 隣の部屋に住む春香の拳が、俺の視界左端に映っている。


 何を言っているのかわからないと思う。俺もわからない。


 夏希と美奈穂も、目を真ん丸にして、俺に視線を送ってくる。


 俺も、ギリギリと音がしそうなぎこちなさで首を回した。

 俺の部屋の壁から、見慣れた白い腕が生えている。


 すかさず、喉の奥から悲鳴が漏れる。


「ノォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ! 殺されるぅうううううううう!」


 嘘嘘嘘!? え!? 何これ俺ダイブ・アバターしたっけ? 視界の端には暇を持て余して盆踊りをするくまお君が映っている。間違いなくこれは現実だ。


 ワンパンでマンションの壁を貫くとか人間業じゃないよ!

 俺は戦々恐々、腰砕けになりながらその場から逃げようとする。

 夏希と美奈穂は俺を見捨てて逃げようとしている。


「あぁああああ! 二人の薄情者ぉおおお!」


 その一方で、背後からは春香の戸惑う声が漏れてくる。


「あたしをなんだと思っているのよ! ていうか、あれ? 何これ? 紙?」


 春香の腕が巣に戻ると、紙を破く音と、剥がすような音がする。


 俺も、ちょっと冷静になって見てみれば、壁にぽっかり空いた穴の正体は、破けた紙だった。


 びりびりと破けば、穴の向こうに春香の戸惑い顔がある。

 美奈穂が、ぴょこんと身を寄せてきた。


「へぇ、壁と同じ色の紙を張り付けて、穴を隠していたみたいだね」


 前の住人はどんな使い方をしていたんだ?

 どうりで互いの生活音が聞こえやすいと思ったら、これが原因か。

 美奈穂が、穴の向こうに呼びかける。


「このままじゃ話しにくいし、春香もこっちに来てよ」

「ええ、わかったわ」


 ここは俺の部屋だよね?


 なんだか、このまま美奈穂に乗っ取られそうな嫌な予感が、頭の中でフルマラソンの準備をしている。


 そして…………。


「左右のお隣さんは巨乳美少女で部屋直結とか完全にエロゲの設定じゃないかぁ! 何故だぁ! 何故幹明ばかり! そうやって君はいつもいつもボクが欲しいものを何食わぬ顔で奪い独り占めするんだ! 呪ってやるぅ!」


 夏希は一人、駄々っ子でもドン引きしそうな勢いで床を転がり、暴れている。階下の人に迷惑だからやめなさい。


「ん、この穴、狭いわね」

人間は肩さえ通ればどこでも入れる、とテレビでは言っていたけど、あれは嘘だ。


 事実、バンザイ姿勢の春香は肩まで通っているのに、豊満すぎる胸がつかえて、通れない。


 美奈穂のわがままボディを超える傲慢ボディに、つい視線を誘導されてしまう。心が、幸せな気持ちでいっぱいになる。


「ちょっと待ってね、こういう時は」


 一度、部屋に戻った春香は、まず、胸を突き出して、体の双凸(そうとつ)部分を穴の縁に乗せて、それから頭や肩を通した。


 すると、俺の夢と希望で膨らんだおっぱいはやわらかく、むにゅりと押しつぶれながら滑り、彼女の上半身はするりと穴を抜けた。


「へへ、どんなもんよ」


 自慢げにピースをしてくる春香。

 流石は春香。豊乳と共に人生を歩んできた女。


 バストの扱いはお任せあれということか。

 そう、俺が感心したコンマ一秒後。


「あら?」


 両手を床についた、多分四つん這いの姿勢で、春香の動きが止まった。

 どうやら、彼女が誇るもう一組の幸せ発生器が引っ掛かったらしい。


 けど、それを悟られまいとしているのか、愛想笑いを浮かべながら身をよじっている。

 途端に、夏希が跳ね起きた。


「春香ちゃん! 今、ベランダは開いているかな!?」

「え? 開いているけど」

「じゃあボクが押してあげるよ!」


 言って、夏希はうちのベランダに跳び出すと、手すりをつかんで外へまたぎ、高所における泥棒のようにして春香の部屋へ侵入する。


 おいおい、ここは五階だぞ? 落ちたらどうするんだ。

 俺の心配をよそに、夏希は春香の部屋へ潜入したらしい。上機嫌なスキップ音が聞こえる。


 それから。


「う、うぉおおおおおお! 春香ちゃんの無防備な下半身が目の前に、感動だぁ!」

「ちょっと夏希! 変なことしたらただじゃおかな、ひゃんっ!」


 春香の顔に、桃色が走った。

 桃色は顔全体に広がり、やがて赤へと変わる。

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