第14話
貴佐美とのバトルが決まった放課後。
俺は目の回るような絶望感と共に、学生寮に帰宅した。
あれから、MRバトルの実技で俺は、貴佐美美咲の主席たるゆえんを、まざまざと見せつけられた。
狙いは的確、ガードは固い。
両手の剣と八本の浮遊剣を縦横無尽に使いこなし、必殺技のフェンリル召喚を使うタイミングもばっちりだった。
召喚術学園アバター同士のプレイ動画なら何度も見たことはあるけど、俺には貴佐美が、プロ顔負けの一流選手に見えて、息を呑んだ。
クラスが同じだから、彼女の実力はこの半月で、何度も見てきた。
ただ、今までは観客気分だった。
けれど今日は、自分が戦う相手で、勝てなければパン耳生活延長&ゴールデンウィーク引きこもりというペナルティ付きだ。
貴佐美のスーパーテクにすっかり圧倒され、心はぼろぼろだ。
この後、夏希がお菓子を買って来て作戦会議だけど、まるで勝てるビジョンが浮かばない。
顔認証システムで部屋のロックを解除して、自室に入る。
靴を脱いで玄関に上がると、気が抜けたのかドッと疲れが吹き出し背中に圧し掛かる。
このままベッドに倒れ込みたい気分だ。
足取りは重く、足を引きずるようにして歩いた。
リビングへの廊下を抜け、ドアを開けると、まっすぐベッドへと体を向けた。
金髪碧眼の美少女が、腹ばいに寝転がっていた。
白のワンピース姿が、とても愛らしい。
虚空をしげしげと眺めている。どうやら、MRウィンドウとは違い、自分にしか見えないARウィンドウでネットサーフィンをしているらしい。
「いやなんで美奈穂がここにいるんだよ!?」
部屋を間違えた、なんてベタなことは言わない。
俺の顔認証で開いた、俺の部屋だ。ここは俺の部屋で間違いない。
疲れなんて吹っ飛ぶ驚きと共に、怒鳴りつけてやる。
「あ、幹明おかえりぃ」
気安く手を上げた挨拶。
俺にセクシーなヒップラインを向けた姿勢から起き上がり、美奈穂はベッドに深く座った。
普段俺が被っている布団を、美奈穂がお尻の下に敷いている。
なんだか、妙な気分だ。こう、体温が上がる。
まったく、俺をパン耳地獄に突き落とした極悪非道の悪魔のくせに、本当に外見と表情と雰囲気と下心のない純真な性格だけは最高の女なんだから困ってしまう。
俺は、努めて興奮しながら、美奈穂を責め立てた。
「おかえりぃ、じゃない! なんで俺の部屋にいるんだよ!?」
「ここ、壁に穴空いているよ。押し入れ繋がっている」
「え?」
きょとんと瞬きをしてから、まさかと思う。
言われた通り、すぐ近くの押し入れを開けた。
引っ越したばかりで私物は少なく、冬服なんかも実家に置いたままなので、押し入れはがらがらだ。
この半月で、半分も使っていない。
その、今まで使っていなかったもう片面を開ける。
そこには薄暗い空っぽの空間が広がっているはずだった。
けど、俺の前には剥がれた学園のイベントポスターと、丸く切り取られた隣の部屋が広がっていた。
穴は狭いけど、頑張ればなんとか、人一人が通れそうではある。
俺があんぐりと口を開けて驚いていると、背後から美奈穂の呑気な声がする。
「わたしもさっき気づいたんだよね。だから一緒に学生サポートセンター行こうと思って」
確かに、こんなものがあってはプライバシーもへったくれもない。
それに、この諸悪の根源たるパンツデビルの部屋と物理的につながっているなんて、不吉で仕方ない。
学園に相談して、すぐに塞いでもらうべきだろう。
というか、美奈穂ってお隣さんだったんだな。
表札が出ていないから、てっきり空き部屋だと思っていた。
つまり、俺の部屋はバーバリアンとパンツデビルに挟まれたヘルサンドイッチということか。
なんという運命のいたずら。
この世に神がいるなら恨むし、むしろ、この神のいたずらとしか言えない出来事こそが、神のいる証明とも言える。
「よし、さっそく学園に報告だ」
「うん、学園にお願いして、ちゃんとしたドアをつけてもらおうね」
「広げるなぁ!」
この悪魔は笑顔で何を言っているんだ。
けど、美奈穂は人差し指を頬に当て、心底不思議そうだ。
「え? だってそのほうが行き来が便利でしょ?」
「なっ……!?」
この女はスポンジか。なんて恐ろしい。
だんだん、彼女の将来が不安になってくる。
「あ、あのねぇ……穴が開いているっていうことは、俺もそっちの部屋に行けちゃうんだよ? それって、すごくいけないことだとは思わない?」
「なんで?」
う、うわぁ…………。
一歩退く。二歩退いてから、三歩退いた。
ここまでくると、純真とか、天真爛漫とかいうのとは違う気がする。
男子と事実上の同居をすることの危険性がわからないって……。
なんていうか、リアルでこの年でこんなことを言われると、引く。
「だって他の男子ならともかく、幹明なら変なことしないでしょ? 夏希や春香を見ていたらわかるよ」
ほにゃっと、ほどけるような笑顔の魅力に心臓を射抜かれ琴線が千切れて腰砕けになり、罪悪感でその場に膝をついた。
美奈穂は、危機感が足りない子なんかじゃなかった。
あくまでも、俺という人となりを見て、俺を信用した上で、同居を良しとしているのだ。
未だかつて、ここまで俺のことを信頼してくれた女子がいただろうか?
穂奈美美奈穂、最高かよ。
そんな彼女へ邪心を抱いてしまった後ろめたさに震えながら、俺はなんとか返事をする。
「じゃ、じゃあ一緒に学生サポートセンターに……はっ!?」
頭に嫌な予感が駆け抜ける。
普通、こんな大きな穴が開いていたら引っ越し初日に気づきそうなものだ。
それを半月も経ってから気づいたなんて、信じてもらえるだろうか?
俺らが空けた穴だと思われたら、そして修理費用をマネーポイントから払えなんて言われたら、最下位から抜け出しても、パン耳生活から抜け出せないんじゃないのかな?
嫌な予感は確信に変わり、俺はぐっと息を呑んだ。
「美奈穂、このことは二人だけの秘密にしない?」
「ん? なんで?」
「ほ、ほら、俺らが空けた穴だと思われたら濡れ衣じゃないか。だから、ね?」
身振り手振りを加えながら、俺は必死に彼女を説得する。
「う~ん、幹明がそう言うならいいよ」
俺の熱意が伝わったのか、美奈穂は了承してくれた。
ふう、これで一安心だ。
安堵の息をついて、胸をなでおろした。
ガチャリ
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