第24話


「う、嘘だ! なんで魔族の眷属が抜けるんだ! さてはお前、聖剣になにか呪いをかけたな! そうだ、そうに決まっている!」


「してねぇよ! つうか聖剣に呪いが効くわけないだろ!」

「でもおかしいだろ! オレですら抜けないモノが! なんで! なんで魔族なんかに!」

「でも現に抜けているじゃないか」


 桜月が俺の横に並んで、口を挟んできた。


「だいいち、魔族の眷属に聖剣が抜けない根拠は?」

「馬鹿かよお前! 聖剣は魔を払う聖なる剣だ! 邪悪な魔、そのものの魔族に使う資格がわるわけないだろ!」


「つまり、お前の勝手な想像で、根拠はないんだね? 魔族には抜けませんていう説明書があるわけじゃないんだろ?」

「そ、それは……」


 言い淀む辰馬に、桜月は頭の悪い生徒に呆れる教師のようにため息をついた。


「だいたい聖剣が払うのは【魔】じゃなくて【邪】だろ? お前ら人間も魔力で魔法を使っているくせに何を言っているんだか」


 桜月の言う通りだ。

 魔法が得意だから魔族なわけで、魔とは本来、超自然的な事柄を指す言葉だ。


 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、ということわざの通り、五〇〇年前の戦争で魔族のイメージが悪くなり、同時に魔という単語のイメージも悪くなった。


 そのせいか、最近は【魔力】や【魔法】の名前を変えようという動きもあるらしい。


「現実を見ろよ。お前は聖剣を抜けなかった、コナタの朝俊は抜けた。それが、揺るがぬ真実だ」

「な、ぐ……」


 辰馬が、顔を真っ赤にして言葉に詰まると、桜月は訳知り顔で語り始めた。


「そもそも、勇者の血筋じゃないと使えない、なんて誰が言ったんだい? レガリアとは、選ばれし者にしか使えない選定の宝器。そして、聖剣エクスカリバーを使う条件は、救世主たる高潔な魂の持ち主であることだ!」


 良く通る美声で、調子よく喋り続ける桜月は、徐々に声のボリュームを上げていく。


 まるで、観客全員に、そして、LIVE配信を見ている世界中の人に語り掛けるようだった。


「なのに、その男、龍崎辰馬はどうだい? ここにいる朝俊が自分以上の戦果を挙げるとやっかみ喧嘩を吹っ掛けて、魔法が主力の朝俊が不利になるよう、決闘直前にルールを変更して、魔法が禁止の武器バトルにした挙句、自分はちゃっかり聖剣を用意して、決闘に負けるとルール違反をして魔法を使う。彼のどこに高潔さがあるんだい?」


 握り拳を震わせて、ただ睨むことしかできない辰馬を一瞥してから、桜月は穏やかな声で続けた。


「人類の悪いクセだ。子供を、親と同一視する。でもね、【道楽息子】や【バカ息子】、【息子は選べないが婿は選べる】なんて言葉があるように、親が優秀だからと言って子供も優秀とは限らない。実際、そこの自称勇者は、のぼせ上ったただのタカビー野郎じゃないか。コナタが初代勇者なら、子孫の不出来を嘆くね。何が未来のハイヒューマンだ。お前はハイヒューマンの子孫かもしれないけど、ただの劣化品じゃないか」


「魔族が勇者を語るなぁ!」


 桜月の言葉に、精神の沸点を越えた辰馬が、両手をかざして桜月に雷撃を放った。

 一瞬の閃光に、俺は咄嗟にかばえなかった。


 けれど、雷光は桜月の一歩手前で雲散霧消して、足跡を残さず、この世から消滅した。


 まさに、ホテルの屋上で戦った、エルフの青年軍人、エルーバの再現だ。


「おま、いま、何をして……」

「何って、知らないのかい? 魔法バトルは魔力の戦い。ようは、お前が殺意を込めた必殺の魔法よりも、コナタが吐息も同然に垂れ流している魔力の波動のほうが強いってことさ」


 桜月の口角が残酷に、ゆっくりと吊り上がった。


「コナタの産毛に触れたかったら、今の一〇〇倍は持ってきなよ。もっとも、コナタの肌に産毛はないけどね」


 自身の白い美肌を自慢するように、桜月は手の甲をなでた。

 辰馬は、憤死しそうな勢いで唸ってから、その場に崩れ落ちて地面を殴りつけた。

 そこへ、桜月とは別の、少女の声が割って入った。


「龍崎親子、狼藉はそこまでだ」


 凛とした力強い声は、この国の姫様、帝宮神楽に他ならない。

 ロープで区切った通路から、軍人のようにキビキビとした歩調でフィールに入ってくると、誰もが彼女に注視した。


 姫様は、その場の空気を一瞬で支配して、采配を振るった。


「この決闘の勝者は、桐生朝俊二等兵とする!」

「お待ちください。その者はルールを破り、魔法を使いました!」

「龍臣、貴君はその年で耄碌したか? 先に魔法を使ったのは貴君の息子であろう?」


「ですが、そうです、魔剣を使うのは反則です! この決闘は借り物の力で戦うその男を糾弾するモノ! 魔剣を使うのは理念に反する!」


「そのような理念をいつ作った? 武器を自由にしたのはそちらだと聞いているぞ? 己は息子に聖剣を与えておきながら、相手には武器の借用を禁ずるのか?」


 立て板に水の勢いで論破される龍臣は、それでもなお、姫様に食い下がった。


「ならば互いに反則行為をしたのですから、この決闘は無効です! 没収試合です!」

「くどい!」


 姫様の一喝で、龍臣は背筋を正した。


「これが勇者家筆頭、龍崎家の人間のすることか。都城司令の言う通り、貴君らでは聖剣を抜けないのも納得だ」


 姫様は目を閉じると、残念そうに嘆息を漏らした。

 けれど、次に目を開けると、その瞳には鋼のような意思が戻っていた。


「本日を以って、聖剣エクスカリバーの所有権を、桐生朝俊へと移譲したことを認める!」


 誰もが驚愕の声を漏らしてから、龍臣は食って掛かった。

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