第2話 今日からヴァンパイアハンター
ガラスの壁と、その向こうに広がる惨状が覆い隠されると、今度は正真正銘、白いスクリーンが天井から降りてくる。
「人の血を吸う鬼、吸血鬼、彼らは実在します」
牧野さんが説明するあいだに、スクリーンには映像が流れた。
自衛隊、いや、警察のSATだろうか、とにかく銃を持った特殊部隊らしき人々が、黒スーツに身を包んだ数人の成人男性相手に一方的に殺されるシーンだ。それも、素手で。
どう見ても新作アクション映画かゲームのPVにしか見えない映像は、けれどさっきの男が持つ再生力を見たせいか、妙にリアリティがあった。
黒スーツの男たちは銃弾をかわし、一瞬で兵士の背後へ回り込み、素手で体を貫通している。ひとりの男が兵士の首をつかんで、無造作に投げた。兵士は人形のように軽々と、そしてボールのように飛んでいく。
そんな映像が延々と、次々流れるなかで、牧野さんはクールな表情を崩さず、冷静な口調で説明を続けた。
「今から二〇年前、一九九九年七月。彼らは突如として日本政府に接触し、宣戦布告をしてきました。我々の支配を受け入れろと。それから徐々に彼らの活動はエスカレート。今、世間で騒がれている連続失踪事件も、彼らの犯行です」
この人は何を言っているんだろう。
それが俺の素直な感想だった。
なんだその中二病の中学生が考えたような雑で大味な設定は。そんなのに騙されると思っているのか?
「そして昨年度、彼らは二〇一九年に、地球、人間牧場化計画を始めると宣言しました」
決まりだ。これはドッキリだ。仕込みだ。
やっぱりさっきのはCG映像で、本物だとか言っていた男は仕掛け人だろう。
悪いけど、こんな幼稚な芝居に付き合う義理はない。こんなのに騙されれば、会社でいい笑い者だ。とにかく、何も言わず、他の人たちの様子を見よう。
「吸血鬼たちの目的は人類を支配下に置いて、自分たちの食料にすること。ただし直接統治ではなく、各国の政府を介しての間接統治で、基本はこれまで通りですが、毎日食料となる人間を供給するよう要求しています」
「あの、それが本当だとして、なんでいまさら?」
ようやく質問した誰かの言う通りだ。
本当に吸血鬼なんていうものが存在するのだとしたら、今まで隠れていた理由がわからない。設定ミスだな。
「彼らの話によれば、食料となる人間が増えるまで、数百年間休眠していたそうです。けれど、人類が十分に増えたため、活動を再開したと。日本を最初の標的にしたのは、世界に影響力のある先進国のひとつで食料となる人口と人口密度が高いから。今問題になっている失踪事件、吸血鬼の被害者はこれからも増え続けるでしょう。しかし、残念ながら我々には吸血鬼と戦える戦力がありません。伝説の通り、太陽の光を浴びると体が燃えるという弱点はありますが、彼らは夜にしか現れません。また、伝説の吸血UMAチュパカブラの正体と思われる小型吸血恐竜、ラケルタという透明化能力を備えた生物を使役しており、これらは昼間でも活動可能のようです」
また、誰かが口を挟む。
「いやいや、自衛隊って何万人もいるんですよね? 確かにヴァンパイアは強いけど、数で押せば……ヴァンパイアってそんなにたくさんいるんですか?」
その問いに、牧野さんは何も言わず、スクリーンを見上げた。
ちょうど、スクリーンに映った戦闘が終わったところだった。すると、殺されたはずの兵士というか、隊員の人たちが起き上がり、画面の外へと歩き、姿を消してしまう。
「彼らの爪と牙に触れると、ヴァンパイアウィルスに感染して死んだのち、動く死体、グールとしてヴァンパイアの操り人形になります。実際、一部の寄生虫は宿主の脳細胞を操り行動を支配しますが、ここまで高度な、しかも死体を操るモノは例がありません。なので、数で攻めれば相手の手駒を増やすだけです。なお、ラケルタとグールを合わせて、我々は眷属と呼称しています」
部屋がざわつく。
じゃあどうするの、対応しようがないじゃん、と口々に呟き始める。
というか、みんなはこんなのを信じているのだろうか?
もしかするとドッキリのターゲットは俺ひとりで、この場にいる全員が仕掛け人なのか?
実際、前にそういうドッキリをテレビで見たことがある。
恥はかきたくない。
とにかく、この場は無反応でいよう。
「ですが、我々はこの二〇年の研究の結果、ごく稀にですが吸血鬼ウィルスに耐性を持つ人間がいることを突き止めました。そうした人は吸血鬼ウィルスに感染しても支配を受けず、吸血鬼の身体能力を手に入れつつも太陽という弱点もない、まさに吸血鬼対策にはうってつけの人材というわけです。そして、その体質は、簡単な血液検査で判別することができます。もうおわかりですね、つまり、貴方たちです」
次の展開は、すぐに想像できた、ようするに、だ。
「なので貴方たちには吸血鬼ウィルスを投与して超人、デイウォーカーになってもらい、今日から泊まり込みで訓練を受け、吸血鬼と戦うハンターとなって頂きたいのです。また、人工ウィルスの効果は一か月程度なので、定期的なウィルス投与を中止すれば人間に戻れるので安心して下さい」
再びの静寂が訪れる。
けれど、今度の静寂はすぐに破られる。
「ふざけんなよ!」
声を張り上げたのは、若い男だった。多分、高校生だろう。
「なんで俺らがそんなことしないとなんねぇーんだよ! そういうのは警察とか自衛隊の仕事だろ!? 何万人もいるんだから、その中から耐性ある奴探せよ!」
「すでに選定済みです。ですが、警察自衛隊合わせても二〇人にも届きません。彼らは既にウィルスを投与し、貴方がたを率いる隊長になるための教育に入っています」
「勝手に決めんなよ!」
「そ、そうだ。あんな映像を見せられて、了承できるわけがないだろう」
続けて、バーコード頭のサラリーマン風の人も加勢に入る。その次は若い女だ。
「ていうか私、喧嘩とかしたことないし、急に戦えとか、そうだ、こんなの憲法違反です! 明日だって仕事があるんですよ私!」
「では、ハンターの待遇についてご説明します」
牧野さんには、そんな苦情はどこ吹く風らしい。
「最初に説明した通り、これは人類の危機です。ハンターになっていただける場合、国家公務員として最高の待遇をお約束します。今の職場には、国家プロジェクトの一員に選ばれたとして穏便に休職できるようにしますし、世帯主の方が死んだ場合は、遺族に年金が支払われます」
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