アラサーおじさん逆転劇!サラリーマンの前にヴァンパイアハーフ美少女!?

鏡銀鉢

第1話 中二病じゃなくて社二病男子

「さんねんさんくみ、たかさききよふみ♪ しょうらいの夢は、ありません♪ きっとぼくはふつうにサラリーマンになって、ふつうにいきていくと思います♪ おわりぃ♪」

「……えっと、清史君……それでいいの?」

「うん!」


   ◆


 21年後。

「破っぁああああああああああああ嗚呼亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜‼‼」


 東京都心のど真ん中で、俺は吸血犬のどてっ腹を刀で貫いてから、思い切り振り抜いた。


 深夜の東京はあちこちで血飛沫と悲鳴が上がり、元凶である吸血鬼たちと吸血犬たちは俺に殺到してくる。


 俺が立ち回るスクランブル交差点は死体で埋め尽くされ、アスファルトが見えやしない。


 それでもなお仲間の死体を踏み越え襲ってくる吸血鬼を右手の銃で撃ち殺し、吸血犬を左手の刀で斬り殺す。


 上品な剣術なんてしている暇はない。


 獣のように吼えながら、棒切れを振り回すようにブン回し、刃を連中の肉体に叩きつけてやる。返り血にはもうウザイという感想も起こらない。


 狼よりバカデカイ吸血犬が俺の右手に、銃ごとかぶりついてきた。


 熱い、鋭利な感触が骨に到達する前に、引き金を引いて、吸血犬の脳漿をブチまけると、死体の口内からそのまま他の吸血鬼を一人、二人と撃ち抜いていく。


 死体を振りほどく暇がなかったから仕方ないが、流石に命中精度が下がった。


 頭に風穴の空いた死体を蹴り捨ててから撃つ。やはり邪魔がないほうが、弾丸は狙ったところに当たりやすい。


 右手を左わきに突っ込み、背後の吸血鬼を撃って怯ませてから、左手の刀で肩越しに顔面を刺し貫いてやる。


 それからテコの原理を使い、傍目にはまるで一本背負いのようにして、その吸血鬼を前に投げ斬った。


 頭を鼻から頭頂部まで断ち斬られた吸血鬼が痙攣しているので、念のために刀を逆手につかんで、切っ先で心臓を貫いた。気が付くと、もう吸血鬼たちは撤退するところだった。


 周囲から湧き上がる、仲間のハンターたちの歓声を聞きながら、俺は思う。


 もしもタイムマシンがあるのなら、小学生の頃の自分に言ってやりたい。


 ――その作文、書き直せ。


   ◆


 生まれてから三〇年間、刺激的で充実した日を経験したこともなければ、社会の主人公になろうと努力したこともない。


 万能性を持った子供時代でさえ、運動音痴の俺がスポーツ選手になりたいなんて思うわけもなく、学芸発表会は裏方で絵のヘタクソな俺が考えた長編小説は小学校の夏休みの頃にプロローグを書いたところでまとめきれず断念した。


 将来の夢は無いが、無職と言われたくない程度の自尊心はあって、そこそこ勉強してそこそこの大学に入って、今はそこそこの会社で営業事務の平社員をしている。


 彼女ナシ友達ナシ。趣味は惰性で読んでいる漫画雑誌だけど記憶に残っている作品はナシ。どこまでも惰性で、ただなんとなくで生きている。


 そもそも人間はいつかは死ぬ。


 どれだけ努力してどれだけの人間になろうが、死んでしまえばそれまでだ。

 結局のところ、人生とは死ぬまでの暇つぶしでしかない。

 夢も希望もないけど、かと言って死ぬきっかけもないので現状維持。

 死ぬのは怖くない。生きることに執着はないし、別にいつ死んでも構わない。


 きっと、俺は大きな事故や災害に巻き込まれて死に直面しても、何も感じないだろう。


 あー、ここまでなんだ、と思って、仕事が終わった後の作業机を片付けるような気持ちで粛々と人生を終わるだろう。


 今日も家に帰ったら風呂に入って寝て、また明日になったら会社に行って、それを死ぬまで続けるだけの人生だ。いつ終わっても悔いはない。


「ん?」


 マンションの郵便受けには、役所などが使う水色の封筒が入っていた。

いまは六月。


 年金関係の報せは時期外れだし、国民健康保険料の納付書はすでに貰い済みだ。


 エレベーターを待つ間に封筒を破り、中の用紙を取り出す。

 エレベーターに乗り、用紙を広げる。


 監視カメラはあるけど、用紙の文字を読める解像度ではないだろう。

 構うことなく、用紙の文面に目を通した。


 懇切丁寧に格式ばった挨拶から始まり、その後もバカ丁寧な日本語が続く。

 こういうのを読んでいると、眉間にしわが寄ってくる。


 要約すると、四月に実施された全国民一斉血液診断についてお知らせしたいことがあるから指定の場所に来てください、ということだ。


「なんだよ、再検査かよ」


 こっちは酒もたばこも脂っこい居酒屋メニューとも縁遠いってのに、面倒くさい。


 自室に帰ると、玄関でスーツの上着を脱ぎながら廊下を抜けて、リビングのソファに腰を下ろす。


 続けてBGM代わりにテレビをつけると、朝と同じく、連続失踪事件のニュースが流れていた。


 先週、母さんと電話で話したとき、やたらと東京の治安について心配していたな。


 そりゃ、息子の勤務地で連続失踪事件なんて起きれば、母親としては心配にもなるか。


 母さんといえば、あの人も俺と同じで酒もたばこも脂っこい料理も食べないのにコレステロールが高かったな。


 医者が言うには、生活態度に関係なく、コレステロールが高くなってしまう体質らしい。


 なら、息子の俺が同じ体質でもおかしくない。


「まじかよ。まだ俺三〇なのに再検査並のコレステロールって、母さんみたいに薬飲む生活になんのか? まぁ、ここで言っても仕方ないか。つうか呼び出すなら理由くらい書けよ」


 役所の仕事に文句をつけながらテレビを消して、俺は風呂場に向かった。


   ◆


 翌週の土曜日。

 俺は、東京都内のとある医療研究所の一室で待たされていた。


 場所は地下三階。窓もない部屋には、俺以外にも数人の男女が待っていた。

 指定場所が病院ではない時点で妙だとは思っていたが、何かおかしい。


 部屋に用意されたパイプ椅子に座って待っていると、次から次へと人が入ってくる。


 高校生や大学生ぐらいの男女に、俺みたいな大人、中年のおっさんに、おばさん。


 血液検査、じゃなくて血液診断だっけか? どっちでもいいけど、それに引っ掛かるのだから、てっきり俺は中高年の人たちばかりかと思っていたら、意外なほど若い人が多い。


 むしろ、老人は一人もいない。

 全国民一斉診断なのだから、高齢者だって対象のはずだ。

 なのに、どうして十代から五〇代ぐらいの男女だけなんだ?

 しかも、だ。


「すごい! ほんもののまゆりんですか!?」

「僕、ファンなんです! 握手してください!」

「くそ、色紙がない。このシャツにサインお願いできます!?」

「わぁ、嬉しい♪ みんな応援ありがとうねぇ♬」

「「「か、かわいいぃ……」」」


 俺の視線の先にいるのは、確か人気アイドルグループの、まゆりん、とか言われている女だ。俺は興味がないけど、音楽番組やバラエティ番組で何度か見たことがある。


 ああいう芸能人って、事務所が用意した医者とかが診るんじゃないのか? いや知らないけど、俺の勝手なイメージだけど。


 ていうかまゆりんてコレステロール高いの? いや、再検査の理由なんて人それぞれだろうけどさ。


 今回の呼び出しが、ますます不思議になってきて考え込んでしまう。


 もしかして、再検査じゃないのか?


 実は俺たちは超レアな血液型の持ち主で採血させてくださいとか、ドナー登録をお願いしますとか?


 いや、それはないだろう。


 俺は日本人としてはメジャーなO型のRH+だ。それに、ドナー登録ならそれこそ登録お願いのハガキを一枚送れば済む話だ。なら、どうして?


 疑念は深まるばかりで、いよいよ本格的に頭を悩ませようとすると、またドアが開いた。


 今度は、ぱりっとした紺色のスーツに身を包んだ、眼鏡の女性だった。


 彼女で、五〇人目くらいか。


 カツカツとこぎみ良いヒールの音を鳴らしながら、パイプ椅子に座っている俺らと向き合う位置に立つ。


 そして、張りのある声で、淀みなく告げた。


「はじめまして。防衛省直轄、吸血鬼特別対策課、通称特課、部長の牧野玲子です」


 静寂が流れた。


 どうやら、彼女が国の人で、俺らをここに呼んだ理由を説明してくれるようだが、この人、今なんて言った?


 俺の耳が腐っていなければ『吸血鬼特別対策課』とか言っていた。

 俺の聞き間違いか、でなければ壮大なボケなのかもしれない。


 もしそうなら早く誰かツッコんでやれよ、と思って辺りを見回すけど、みんなも同じ心境らしい。隣近所と目が合ってしまった。


 そして、誰かがツッコむ前に、牧野さんは続けて言った。


「皆さんをここにお呼びした理由ですが、単刀直入に言っても信じて貰えないと思うので、まずはこちらをご覧ください」


 冷静な声で淡々と告げながら、牧野さんはポケットから取り出したリモコンのボタンを押した。


 すると、牧野さんのうしろの壁が動いた。それも驚くほど静かな音で、スゥーっとスクリーンの幕が上がるような動作だった。


 一体何を見せてくれるんだ、と思いながら少し前のめりになって、やや呆気に取られた。


 だって、そこにあった、というか、いたのは、ひとりの拘束された男だったのだから。


 壁が無くなると、今度はガラスの壁があった。


 そのガラスの向こうは何もない白い部屋で、俺から見て右端の壁際に、金属製の拘束具で拘束された若い男が椅子に座っていた。


 下着姿で、両手と両足を椅子に固定されている。


 黒い革製のマスクまでされて、口も利けないようだ。


 重低音の音に首を回すと、今度は反対側の壁から、機関銃が生えていた。


 まさか、と思うより早く、機関銃が火を噴いた。


 ガラスの壁に遮音性があるのか、アクション映画で聞く、ズキューンとか、ズガンという鋭い金属音はしない。


 ガラス越しに、トトトトトトトトトト、という迫力のない音がした。

 でも、だからこそ視界の情報が鮮明に知覚できた。


 全身に銃弾を浴びて、男は血飛沫を上げて、椅子の下に血肉や内臓をぶちまげながら暴れだす。


 誰も悲鳴を上げなかった。

 俺も、そしてきっとみんなも、ただ目の前の、不意打ちのような光景に思考が停止していた。


でも、本当に悲鳴を上げるべき驚きは次の瞬間に起きた。


 機関銃の暴挙が終わったのは、男が銃撃の衝撃で椅子ごと壁に押し付けられて、椅子の足が折れて、男の体が椅子の底ごと床に落ちてからだった。


 三秒後、男の体から流れる血が止まった。

 そのまま男は顔を上げ、剥き出しの骨に筋肉が生え、剥き出しの筋肉には皮膚が張られていく。まるでSF映画のワンシーンを見せられているような光景だった。


 放っておけば、このまま内臓まで生々しく再生するだろうと思われた直後、男は動いた。


 千切れかけた左腕を強引に持ち上げ、力任せに千切り、千切れた断面から手を生やすと、剥き出しの肋骨に手を突っ込んだ。


 その位置と角度から、自分の心臓をつかんでいるようにも見える。

 牧野さんが叫んだ。


「まさかあの男!」


 男は一度大きく痙攣してから、だらりと全身を弛緩させた。


 ありきたりな表現だけど、突然糸を切られたマリオネットのようだった。


 あとに残されたのは、壊れた椅子に座る死体と、血に染まった床だった。


 何も言えない俺らとは違い、牧野さんは苛立たし気に舌打ちをした。


「ちっ、貴重なサンプルだったけど、仕方ないわね。データは十分に取っているし、よしとしましょう」


 牧野さんとはうってかわり、俺らは茫然自失。

 ここに呼ばれた理由を説明してもらえるはずが、何ひとつわからずじまいだ。


 それより今の光景は、いや、きっとこれは巨大スクリーンで、あの男はCG映像に決まっている。だって、こんなことは絶対にあり得ない。


 やがて、ひとりの男性がよろよろとガラスの壁に近寄り、その表面を手でなでる。


「……これ、テレビじゃないぞ」


 それから、男の死体が見える角度が変わるか確かめているのだろう。男性は横に移動しながら、男の死体を注視してから、息を呑んだ。


「本物だ………………」

「ええ、本物ですよ。本物の吸血鬼……ヴァンパイアです」


 冷たい声音で答えてから、牧野さんはリモコンを操作して、再び壁を下した。

 ガラスの壁と、その向こうに広がる惨状が覆い隠されると、今度は正真正銘、白いスクリーンが天井から降りてくる。

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