第2話 竜姫の遊覧飛行

 彼女は、なにも知らない僕に色々と説明してくれた。

 

 「竜姫……なかでも竜姫兵は遠隔地へ伝令や輸送をおこなったり、戦いをするのが主な仕事なのよ」

 「いつもは人間の竜兵を乗せて竜兵は行動しているの」

 「たまに飛行体験をしたがる金持ちから、お金を頂いて遊覧飛行をしたりもするわ」

 「竜姫の背中に乗って遊覧なんてできるのは金持ちか、貴族しか出来ないんだから」

 「君は今、とてもラッキーなチャンスが巡ってきてるんだよ?」

 「一生に一度きりの大空を舞うチャンスなんだよ!」


 これまで想像だにしなかったドラゴンへ騎乗に僕の心は揺らいだ。


 異世界で、やってみたいことって何だろう?魔法無双?英雄譚?ハーレム?

 いや!

 ドラゴンに乗れるなんて前世の大富豪でも不可能なことだ。

 異世界でだって、そうそうあるもんじゃない。


 エースパイロットになる子供の頃の夢が、今になってフツフツと蘇り誘惑に魅入られた子犬のように赤い髪の竜姫を見つめた。

 

 「それって普通は平民が乗れるような代物じゃないんですよね?」

 

 「それはそうよ、もし帝都で遊覧飛行をするとなると20分で50万ペコニアよ」

 

 「僕が5年間、暮らしていける金額だ」


「でしょー、チャンスは突然に訪れるものよ」

「でも、君が選択しなければ一瞬で消えてしまうわよ?」


 羊1頭の補填は、これまでコツコツと貯めてきたヘソクリで何とかなるだろう。

 ここは二度と経験できない遊覧飛行の一択だ!

 

 「遊覧飛行したいです!」

 

 「そう!良かった交渉成立ね!」

 

 そう言うと、その竜姫は立ち上がり炎のような瞳が上弦の月のようにニヤリと欠けた。



 竜姫はお尻のについた埃を払いながら空の様子を伺う。

 

 「良い天気ねぇ、でも山の天気は変わりやすいわ!急変する前に…さっさと飛ぶわよ」

 

 そう言うと彼女は手品のように手元から革で作られた奇妙な形の道具を「パッ」と、取り出した。

 

 「これはドラゴンに乗るためのハーネス竜を操る道具よ」


 そう言うと僕に道具を投げ渡してから彼女は巨大なドラゴンへ変身した。

 彼女の指示通り複雑なハーネスを取り付け、命綱となる革紐を腰に巻きつける。


 「しっかり取り付けるのよ!緩んでたら君は地上に真っ逆なんだから」


 ドラゴン姿の竜姫は口を開かずに思念を使って伝える。

 外れたら地上に真っ逆さまという言葉に怯えながら、僕は慎重に締め具合を確認した。


 「さあ、それじゃあ飛ぶわよ」

 

 「え?もう?」

 

 ドラゴンは風を正面で受けるために向きを変えると両翼の翼を広げ2、3回、羽ばたく。

 大きく広げた両方の翼は右端から左端まで、ざっと15メートルほどだ。

 翼に空気を受けると翼膜の上部側が膨らむ。

 

 「うん、良い風ね!飛ぶわよ!」

 

 「え?ちょ!もう飛ぶの?」

 

 僕が狼狽えている間にドラゴンは勢いをつけて数歩だけ前に走り出すと一瞬にして地面から2メートルほど浮遊し、空へと舞い上がる。

 風が耳を切るように鳴り響き僕は慌ててドラゴンにしがみついた。

 眼下には、瞬く間に縮んでいく大地。

 村や川がゲームマップのように2次元へと変わり、視界いっぱいに大空が広がった。




 僕を乗せたドラゴンは谷から吹き上がる上昇風を捕まえると、みるみるうちに高度を上げ地上との高度差を広げていく。

 

 「どう?怖くない」


 ドラゴンが心の中に思念で呼びかけてくれる。


 「大丈夫!すごく気持ちが良いです」


 「よし!それじゃあ山脈の稜線まで上昇するね」


 簡単に言うが目指す山は、人間が踏破したことのない神域、カゼルタ山脈なんだけど?


 ドラゴンは優雅に直線飛行をしながらも上昇を続ける。

 雪に覆われた神々しい山脈は、いつも遠くから眺めていたときと異なり目の前に荒々しい岩肌を見せつける。

 ふと視線を落とし赤い鱗を触ってみた。

 ツヤツヤとしたエナメル質のような赤い鱗は万年床のような羊とは大違、アレルギーで痒くなることも無い。


 「僕の名前はマドベ・ヴォーラント、お姉さんの名前は何っていうんですか?」


 テンションが上がっているので、ついつい竜姫の名前を聞いてみた。


 「私の名はルフス・ドライグの子、ルフィナ・ドライグ」

 「ルフィナで良いよ、少年」


 万年雪が残るカゼルタ山脈の稜線まで上昇すると寒く、薄く透き通った冷たい空気の中で白い息が口元から漏れる。


 「この山を飛んだ人間って、いるんですかね?」


 「ドラゴンじゃないんだから、いるわけないでしょ」


 ごもっとも……。


 竜姫は、この美しい自然の中で翼を羽ばたくたび、光が鱗に反射してきらめき、ドラゴンの背中はまるで太陽のかけらをまとったかのように輝いている。

 なんて美しい存在なんだろう。

 僕は、ふと思いついた。


 異世界でドラゴンと空を飛ばずして、何が異世界ライフだ?

 

 「ルフィナさん!僕でも竜騎兵になることって可能ですか?」


 「え?感動して竜騎兵になりたくなっちゃった?」

 「チョロくない?」


 結構、図星なことを突いてくるなぁ……。


 「そうだねえ……少年、君は恐らく平民でしょ?」


 実際には奴隷なんだけどね……。


 「当然、平民ですよ!貴族に羊飼いなんていないでしょ?」


 「それもそうね」

 「でも羊飼いから皇帝になった人だっているんだからワンチャン、君も貴族にななったりして……」


 無い無いwww。

 

 「でも平民から竜騎兵になるのは至難の業ね、騎兵や近衛とも違って竜騎兵は別格なんだよ」

 「竜騎兵は名門貴族や伝統ある武家の出身者が殆どで、よほどの飛行センスでもないと無理よ」

 

 「そうですかぁ……」


 僕は肩を落とし諦めたように返事をした。


 「でもね……1つだけ、お姉さんが良い方法を教えてあげよう!」

 「竜姫兵は帝国の正規軍なんだけど住んでいる場所は民間ギルドが運営している施設なのよ」

 「竜姫兵舎って言うんだけどね」

 「そこには私たち竜姫の身の回りのお世話をする、世話係って言う仕事があるの」

 

 「世話係」そんなワードを聞いて僕は嬉しくなり、ついついドラゴンの顔に身を近づけた。


 「それじゃあ、世話係になれば良いわけですね!」


 「まあまあ、落ち着いて」

 「世話係は竜姫の食事や体調管理、訓練フライトなどをすべてこなす仕事で、休日は皆無」

 「この世話係を3年間続けるか、世話係をしながら総フライト時間1000時間を達成して、やっと竜騎兵の試験資格を得られるの」

 「でも、世話係は本当に大変よぉ~、竜姫ってのは我が儘で自由奔放」

 「世話係ってのは名ばかりで実質、召使いみたいなもんよ」

 「それでも竜騎兵を目指すって言うんなら、頑張ってみなさい」

 「平民がドラゴンに乗るには、それしか方法がないからね」




 山脈の稜線を越えると尾根の反対側から湧き上がる雲が見えてきた。

 カゼルタ山脈の向こうには僕が、いままで見た事のない山々が連なり遠方には平野や川を眺めることができる。


 「この先を進んでいくと帝都が、あるんだよ」

 

 竜姫ルフィナは遠くを見つめながら教えてくれた。

 どこまでも続く全てが異世界だ。

 水平線の緩やかな湾曲は前世で旅客機の窓から見た地球の大地より大きいと感じさせる。


 「ねえ、ちょっと……寄りたい場所が、あるんだけど寄って良い?」

 

 ルフィナは返事も待たずに大きく右へ旋回し、標高4300メートルのカゼルタ山を目指し始めた。

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