全てを奪われた元王子、仮面の軍師となり、暗躍無双して復讐を誓う

三日月猫@剣聖メイド3巻12月25日発売

幼年期編 第1話 王子グレイスと幼馴染たち


 ―――王城。中庭にある稽古場。


 僕はそこでゼェゼェと荒く息を吐き、地面に膝を付いていた。


 目の前にいるのは、鎧甲冑を着た偉丈夫の騎士。


 ただの子供である10歳の僕が、大人の騎士に敵う道理などないだろう。


 だが……僕は騎士王の息子。王子だ。


 例え稽古だとしても、いずれこのランベール王国をしょって立つ立場にある僕が、弱音など吐いてはいられない。


「とりゃぁあ‼」


 立ち上がると、僕は上段に木剣を構え跳躍し、目の前にいる騎士へと斬りかかる。


 頭部を狙った、上段による重い一撃。


 だが騎士はその剣を木剣で軽く弾くと、僕のお腹に蹴りを放ってきた。


「かはっ!」


 肺の中の空気を押し出され、僕は思わずよろめいてしまう。


 当然、その隙を騎士が見逃すことは無く。彼はそのまま僕の頭に目掛け木剣を振り降ろしてきた。


「お、おりゃぁぁぁぁっ!」


 その時だった。


 騎士の背後から、木剣を構えた少年が、騎士に向かって斬り掛かった。


 騎士はその不意打ちに気付くと、即座に背後を振り返り、木剣を横薙ぎに放つ。


 少年は何とか木剣を横にして防ぐが、完全に威力を殺すことは出来ず。


 彼はそのまま、後方へと吹き飛ばされて行ってしまった。


「うわぁ⁉」


「アルフォンス! くそっ!」


 僕は立ち上がると、すかさず騎士に向けて木剣を振った。


 だが騎士はその木剣を難なく腕の籠手に当て、簡単に防いでみせる。


「まだまだ踏み込みが甘いですな、殿下」


「あぐぁっ⁉」


 木剣を振るわれる。その剣は、僕の腹部に直撃した。


 その威力に、僕は為す術もなくゴロゴロと地面を転がっていき―――中庭の木に激突してしまった。


 ドッシーンと激しく後頭部を殴打した後、頭上からパラパラと木の葉が落ちてくる。


 とても痛い。頭がクラクラする。


「い、いててて……」


 片手で後頭部を押さえながら、木剣を握り、即座に立ち上がると……僕は騎士を睨み付けた。

 

 そんなこちらの姿を見て、騎士は兜を脱ぐ、


 そこにあったのは、穏やかな笑みを携えた、白髪オールバックの60代後半くらいの男性だった。


「今日の稽古はここまでにしておきましょうか、グレイス殿下」


「……まだだ! 僕はまだ戦えるぞ、ギルベルト!」


「殿下、無理はしてはなりません。貴方様はまだ10歳。過度な修行は身体の毒です」


「でも……!」


「焦らなくても大丈夫ですぞ、殿下。貴方様には才能がある。そして、貴方様は何を隠そう、騎士王家の血を引く王子。いずれはこの私など超えて、必ずや陛下のような立派な騎士王になられることでしょう。元騎士団長である、私が保障致します」


「……僕は、今すぐ強くなりたいんだ」


「それは、何故でしょうか?」


 穏やかな表情を浮かべた老騎士―――ギルベルトは、僕の傍に近寄るとこちらに手を差し伸べ、顔を覗いてくる。


 僕はそんな彼の手を受け取り立ち上がると、視線を横に逸らし、唇を尖らせ、口を開いた。


「……先月亡くなったお母様と約束したんだ。僕が王位を継いだら、乱世が続くこの世界を平和にしてみせるって」


「カトレア様と、そんなお約束を?」


「あぁ。だから僕は、今すぐにでも力を付けなきゃいけな―――」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」


 その時。一緒に剣の稽古を受けていた金髪の少年、アルフォンスが、泣きながら中庭から逃げて行った。


 その姿を見て、ギルベルトは呆れたようにため息を吐く。


「まったく、この程度の稽古で弱音を上げるとは……我が孫ながら恥ずかしい限りです。アルフォンスは、いずれグレイス様の騎士にしようと考えていたのですが、あの有様では、殿下の御身を守るには不安要素が大きいですな」


「ギルベルト。僕は、アルフォンスのことは誰よりも信頼しているよ。一緒にこの王宮で育った幼馴染なんだ。僕の騎士になるのは、あいつしかいないと思っている」


 そう言って僕はギルベルトに木剣を渡すと、中庭の端に立っていたメイドのハンナに近付き、彼女からタオルを貰った。 


「グレイス様、お疲れ様でした」


「ありがとう、ハンナ」


 タオルを受け取った後、顔の汗を拭い、ふぅと息を吐く。


 そして、踵を返すと……僕は、中庭を出て、アルフォンスの元へと向かうことに決めた。


「殿下、どちらへ?」


「アルフォンスと話してくるよ。あいつが行った場所は何となく分かるから」


「殿下。貴方様のお優しいところは素晴らしい美徳だと思います。ですが、こと騎士を選ぶ際には、友情ではなく、剣の腕がある者をお選びになるのをお忘れなきよう。貴方様は、未来の王国を背負う王子なのですから。幼馴染というだけで我が孫を騎士に選定するのだけはお止めください」


「ちゃんと分かっているさ。それと、友達だからといって僕はアルフォンスを騎士にしたいわけじゃない。あいつは泣き虫だが、剣の才能は間違いなくあると、僕は踏んでいる。この僕に分かるくらいなのだから、ギルベルトにも既に分かっているんだろう?」


「それは、まぁ……ですが、あの性格では……」


「人は変わるものだ。では、行ってくるよ、ハンナ、ギルベルト。悪いけれど後片付けは、任せる」


「はい。行ってらっしゃいませ、グレイス様」


「行ってらっしゃいませ、グレイス殿下」


 そう言って僕は、メイドのハンナと剣術指南役のギルベルトと別れ、中庭を去って行った。





    ◇  ◇  ◇  ◇  ◇




 王宮から少し離れた、小高い丘陵。


 丘の上には、広大な青空と、そよ風に靡く草原地帯が広がっていた。


「やっぱりここにいたのか、アルフォンス」


 丘の上に一本聳え立つ、木の下。そこには一か月前に亡くなった王妃、母上のお墓があった。


 この丘の上からは城下が一望でき、母上は生前、この場所を気に入ってよくここに来ていた。


 そのお墓の前で……アルフォンスは三角座りをして、俯いて泣いていた。


 僕はそんな彼の横に座り、声を掛ける。


「アルフォンスは、幼い頃に母を亡くして以来、僕の母上のことを本当の母親のように慕ってくれていたな。僕も王宮で一緒に育ったお前のことは、本当の兄弟のように思っているよ」


「ぐっす、ひっぐ……グレイス君。僕は、駄目な奴だ。騎士の家に産まれたのに、剣の才も無く、勇気もない。グレイス君のように何度負けても、お爺様に挑むことができなかった。これじゃあ君の騎士になんて、なれないよ……ぐすっ、カトレア様からグレイス君のことを頼まれたのに、これじゃ約束も守れない……」


「お前は人一倍優しい奴だ、アルフォンス。だから、剣を振ることにいちいち躊躇してしまう。元々戦いが嫌いなんだ。優しい奴には、武芸は向かない」


「……」


「だけど、そんなお前だからこそ、僕はお前に騎士になって欲しいと思っている。今、この大陸にある三か国は、いつ戦争になってもおかしくない緊迫した状況にある。王国は豊かな地故に、争いが少ない国だったが……いつこの地も戦乱の最中に落ちるかは分かったものではない。そんな状況だからこそ、平和を求める騎士の存在が重要になってくる」


「グレイス君……」


「前にも話したが、僕の夢は、争いのない平和な世界を作ることだ、アルフォンス」


 そう言って僕は立ち上がり、丘の上から城下町を見下ろした。


「良いか、アルフォンス。母上と約束した通り、僕はこの国をより良い国に変えるつもりだ。だけど僕は剣を扱うよりも、どうやら頭を使う方が得意らしい。だから……僕が知でこの国を統治し、お前が武でこの国を守る、というのはどうだ? 僕たち二人で、この国を……いや、この大陸全土を平和な地に変えるんだ!」


「そ、そんな大事な役目……僕なんかに任せて本当に良いの?」


「当たり前だ。僕の騎士になるのは、お前しかいない、アルフォンス・ベルク・ファルシオン。僕と共に、二人でこれから来る戦乱の世を乗り越えるぞ」


「うん……!」


 アルフォンスは涙を拭うと、僕の手を取り、立ち上がる。


 ……その時だった。


 近くにあった木の頭上から、声が聞こえてきた。


「相変わらずの仲良しぶりねー、あんたたち。男の友情って奴? 暑苦しいったらありゃしないわ」


 声が聞こえてきた方向を見上げて見ると、そこには、木の枝に座りリンゴを齧るドレス姿の少女が居た。


 オレンジ色のハーフツインのその少女は僕たちを見下ろすと、ピョンと飛び降りて来る。


 そして、僕たちの前に立つと、呆れたように肩を竦めた。


「本当、よくそんなヘナチョコな奴を自分の騎士にしようと思うわね、グレイス。あたしの方がそこのヘナチョコよりも剣の腕、あると思うわよ? どう? 今からあたしを騎士にする気はないわけ?」


「リリエット……。君はそもそも伯爵家の娘で、騎士の家系じゃないだろう……」


「フン。貴族のご令嬢っていうのは、あたしにはどうにも性に合わないのよ。お茶の作法も座学も、どうでもいいわ。そうね……いつか、あたしは剣を持って、女冒険者にでもなってみたいわね。そうなったら、あたしは前衛職で、グレイスは後方支援役ね。アルフォンスは……荷物持ちね。役に立たなそうだし」


「何で僕が荷物持ちなんだよ……ちょっと酷くない、リリエット」


「あんたみたいな弱虫は、どうせ戦いになったら怖くて逃げるだけだからね。さっきの稽古も遠くから見させてもらったわ。騎士団長の孫というのが嘘のような情けない姿だったわね」


「な、なんだよ、酷いことばっかり言って……みんなの前だと、猫被ってる癖に」


 その発言に、リリエットは手に持っていた林檎を地面に落とすと、アルフォンスの頬を両手で引っ張った。


「何か言ったかしら? 弱虫アルフォンス君?」


「い、いひゃい、いひゃい! やめへよ、リリエッヒョ!」


 僕はリリエットを宥めて、アルフォンスの頬から彼女の手を剥がした。


 フンと不機嫌そうに顔を背け、腕を組むリリエットと、頬を摩って涙目になるアルフォンス。


 この二人とは、幼い頃から王宮でよく一緒に遊んだ、気心の知れた幼馴染という奴だ。


 お転婆で口の悪い伯爵令嬢、リリエット・フォン・ブランシェット。10歳。


 元騎士団長の孫、アルフォンス・ベルク・ファルシオン。10歳。


 二人は、僕の大事な幼馴染であり、大切な友人たちだ。


「そうだ、グレイス。あんたに教えなきゃいけないことがあったんだった」


 何かを思い出したのか、掌を拳で叩き、リリエットが僕に視線を向けてくる。


 その後、彼女は何故か頬を真っ赤にして、髪の毛に指を通し、弄り始めた。


「? どうしたんだ? リリエット? 教えたいことって?」


「その……昨日、お父様と使用人の会話を盗み聞きしてしまったのよ」


「会話を盗み聞き?」


「うん。でね、そのお話が……」


 リリエットは俺に視線を戻すと、不機嫌そうに口をへの字にする。


 そして彼女は、ゆっくりと口を開いた。


「あんたとあたし、どうやら、正式に婚約を結ぶことになったらしいの。それで……今晩の王宮で開かれる晩餐会で、大々的に婚約を発表するらしいわ」


「え……えぇ⁉ 僕とリリエットが……婚約⁉」


 その言葉に、リリエットは、頬をリンゴのように染めてコクリと頷くのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

第一話を読んでくださって、ありがとうございました。

これから出来る限り毎日投稿していこうかと思います。

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