第3話

土曜日の朝、久しぶりにのんびりできる日。リビングに差し込む柔らかな日差しを浴びながら、僕はコーヒーを片手にソファでくつろいでいた。玲奈は窓辺の植物たちに水をあげている。彼女は植物をとても大事にしていて、名前まで付けているほどだ。


「この子は元気そうだね」と玲奈が話しかけているのは、白い鉢植えに入ったモンステラ。彼女が特に気に入っている植物の一つだ。


「植物に話しかけると成長が良くなるっていうけど、本当かな?」僕が尋ねると、玲奈は振り返ってニコリと笑った。


「絶対本当よ。だって、この子たちがちゃんと私の言葉に応えてくれるもん。」


「応えてるの?」


「うん、例えば葉っぱの向きが変わったり、成長が早くなったり。私に話しかけられて嬉しいんだと思う。」


そんな微笑ましい会話をしていたその時だった。玲奈の手が止まり、驚いたように植木鉢を見つめている。


「どうしたの?」


「この子が…」玲奈は少し不安そうにモンステラの鉢を指差した。「動いてる。」


「動いてる?」


「うん、絶対に昨日はこの窓辺の右端に置いてたのに、今日は左端に移動してるの!」


動く植木鉢の謎

僕は立ち上がり、窓辺に並んだ植物たちを見渡した。確かにモンステラの鉢は左端にある。


「昨日、他の場所に置き直したんじゃない?」


「置き直してないわよ! 昨日ちゃんと右端に置いたのを覚えてるもん!」


玲奈の目は真剣だった。こういう時、彼女は絶対に自分の記憶に自信を持っている。僕が何を言っても「違う!」と跳ね返されるだろう。


「じゃあ…誰かが動かしたのかな?」


「その可能性もあるけど…」玲奈は腕を組んで考え込んだ。「植物自身が動いたんじゃないかしら。」


「植物が動く?」


「そうよ。この子たち、生きてるんだから、夜中にちょっと散歩するくらいしてもおかしくないと思わない?」


「いや、さすがにそれは…」


玲奈の瞳が輝き始めた。どうやら彼女の探偵スイッチが入ったらしい。


聞き込み調査

玲奈は他の植物たちに話しかけ始めた。


「ねえ、みんな。モンステラちゃんがどうしてここに移動したか知ってる?」


もちろん、植物たちが答えるわけではない。でも玲奈は「うんうん」と頷きながら、まるで本当に返事を聞いているかのようだ。


僕はその姿を眺めながら、どうしたものかと考えていた。いや、ここはあえて彼女の世界観に付き合うべきだろう。


「他の植物たちは何か言ってる?」


「シェフレラちゃんがね、夜中にモンステラちゃんが動いてたのを見たって言ってる。」


「本当に?」僕は驚いたフリをして聞き返した。「それって、どうやって動いたの?」


玲奈は少し考えてから答えた。「根っこをちょっとずつ動かして、ゆっくりと滑るように移動したみたい。」


「…それ、ちょっと面白いな。」


「でしょ? でもどうして移動したのかまでは分からないの。そこをこれから探るのよ!」


現場検証

僕たちは窓辺の周りを調査し始めた。玲奈は床を這いつくばり、モンステラの鉢の底を確認している。


「ほら、この土の粒がちょっとだけ動いた跡があるでしょ?」


「確かに…」僕は驚いた。床に小さな土の粒が散らばっている。それがまるで鉢が移動したような線を描いていた。


「これがモンステラちゃんが歩いた証拠よ!」


玲奈の目が輝いている。僕もだんだんその気になってきて、「じゃあ、次は足跡を探さないとな」と言ってしまった。


解決編

その日の夕方、僕たちはようやく「真相」に辿り着いた。


玲奈がモンステラの鉢を手に取ると、その裏に小さな紙切れが貼り付いていたのだ。紙にはこう書かれていた。


「掃除の邪魔だったので少し動かしました。」


「これ、掃除のお手伝いさんの字だね。」


僕が指摘すると、玲奈は紙切れをしばらく見つめた後、吹き出した。


「なんだ、幽霊じゃなかったのね。」


「いや、幽霊じゃなくて良かったよ。」


玲奈は少し残念そうに微笑んだが、次の瞬間にはいつもの明るい顔に戻っていた。


「でも、植物が動いたって考えるのも楽しいでしょ?」


「そうだね。夜中に植物たちがこっそり動いてる姿を想像すると面白い。」


「また何か不思議なことがあったら、一緒に探偵しようね!」


玲奈のその一言に、僕は微笑んで頷いた。


「もちろん。次の事件もよろしくお願いします、名探偵。」


こうして「動く植木鉢の謎」は解決した。玲奈の笑顔に包まれながら、僕たちのほんわかした日常はまだまだ続いていく。

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