世界を旅して魔物を倒す人たちが着るかゆいところに手が届くような服を扱ってます
後藤 悠慈
旅人たちの鎧
天気は晴れ。少し運動すると汗ばむことも考えられる今日は、試作品を試すのに良い日だろう。俺は午前中の業務を一通り落ち着かせ、お店の屋上でさきほど買った屋台飯を頬張りながら、空を眺めている。
珍しく今日はお客も少なく、午後も来客は望めないと思うので、早めに切り上げようと考え、屋台飯を口に放り込み、店の方へ戻る。
アルバイトの学生が本を読みながら店番をしてくれ、交代を伝える。俺は店頭に並んでいる衣服商品を整えていると、声を掛けられた。
「あの、すみませーん」
「はい、どうしましたか?」
「自分、旅人になりたくて、なんか良いトラベルウェアってないですかね~」
「うーん、それならまずは予算がどのくらいですか? 安さを求めるコーナー、高水準の機能を多く持ったコーナーなどで分かれてるんですよ」
「まだ学生なんで、出来るだけ安めに揃えたいんですよね~」
「となると、この辺ですかね。基本的な衣服としてのストレッチ性、防風、耐水性を持たせていて、ここにプラスで魔法加工で魔法耐性を付けてるものです。耐性の種類などを絞っていれば、安くてもそれなりの耐久力を持つことが出来ますよ」
「おー、いいっすね~。……ちなみに、ここってオーダーメイドってやってるんですか~」
「やってますよ。どうしてもそれなりの金額はかかりますがね。ただ性能は自信を持ってます。前も旅人ギルドの高ランクの旅人が魔物討伐に着ていたアウターも、うちでオーダーメイドで作ったやつですし」
「まじっすか~。金あればオーダーメイドにしたいっすね~。ひとまずそれを目標に旅人やりますわ」
「そう言っていただけると嬉しいですね。魔物などの素材持ち込みで、ある程度値段の相談は出来ますからね」
そう言って俺はそのお客から離れた。ちょうどアルバイトが帰ってきた時間で、そのまま俺は店番を交代し、試作品を試すためにそれを着て店を出た。これは防風、透湿性をメインに組まれた基本素材に、火属性と斬撃の耐性を重点的に上げた逸品で、次のシリーズの主力を予定している。俺は一番近い街の出入口へと向かい、近くの林に入る。ここにはいつも試しに使っている場所がある。しかし、今日は女の子の先客がいたようだ。
「君、ここで旅の休憩かい」
「あ、こんにちは。ええ、まあちょっとここで休憩してまして……リザードマンに追われてたんです」
「それって、例えば、あそこに見えるリザードマンみたいなやつかい?」
俺が指さした方を見た旅人の女の子は、叫び声をあげて怯え始める。
「あ、あいつです! あいつに襲われて逃げて来たんです! もう追って来たんだ。逃げましょ!」
「おいおい、そんな逃げ腰で旅人やれるのか?」
「まだ旅人になって数か月なんです! 命大事にしてるんです!」
「命大事にね。そんじゃ、ちょっと営業させてもらおうかな。ちょうど試作品を試せるし」
俺は前に出てリザードマンに挑む。拳を握り、魔法を手のひらに発動出来るように準備する。リザードマンは臆せず剣を構え、振り下ろす。俺は無抵抗にその斬撃を体で受けた。リザードマンの斬撃は試作品の服を傷つけることはなく、だだ鈍器で殴られた程度の衝撃だけで済んだ。少し驚いたような様子のリザードマンのその隙に、俺は水属性の拳を作り出し、剣を叩き壊し、リザードマンの肩だを殴りつけて吹き飛ばす。
「あなたのその服、なんで切られたのに傷もついてないんですか!」
元気な旅人の女の子は声高らかに質問してくる。
「この服にはある魔法加工を施してるんだ。元々は普通の防風ジャケットで撥水とか服としての機能を持ってるけど、俺がちょっとした技術で、斬撃に強い素材を加工してるんだ。だから斬撃に強くなってる。限度はあるけど、旅をする上で想定されるような武器程度なら防げる、ってコンセプトで作ってる。まだ完成してないけど、今の様子を見ると大成功してるな」
「す、すごいです! その服があれば、怖がる必要もないですね!」
旅人が俺に近づいてくる。その時、背後から気配がした。見ると、リザードマンが口を開け、今にも炎を吐き出しそうになっていた。
「あぶねえ!」
俺は旅人を抱きしめ、しゃがむ。同時にリザードマンから炎が吐き出された。背中に当たる炎は俺を貫通することなく放射を終える。俺は即座にリザードマンへと接近し、水属性のグローブで叩きのめし、消滅させた。
「あの、火、大丈夫ですか……?」
「ん、ああ、大丈夫。流石に完全な熱さは防げないけど、炎属性に耐性のある素材も盛り込んでるから貫通はしない。どう、欲しくなったか?」
「ほ、欲しいです! どこで売ってるんですか! 教えてください!」
「俺の店で売ってる。良かったら見に来てくれよ。あと、まあ試作品の実践も出来たし、その機会をくれたってことで、このジャケットは君にあげよう」
俺はそう言ってジャケットを脱ぎ、簡単にたたんで旅人へ名刺と一緒に渡す。
「え、良いんですか! 嬉しいです! なんならこのまま一緒に店に連れてってください!」
「良いぜ。それじゃ行くか」
俺は旅人と一緒に店の帰路に着く。
「俺の店はこういう旅人に需要がありそうな動きやすくて多機能な服とか小物系を売ってる。出来る限り安く売ってるから、揃えやすくなってると思う。もし旅人を続けていくなら、選択肢に入れて損はないはずだぜ」
「多機能な服は旅をする上で絶対に必要ですもんね! でも、なんであなたはそういうお店をやろうって思ったんです? 普通な流れだったら、防具屋になりそうなイメージありますけど」
「まあこうなった流れはめっちゃ色々とあるんだが、簡単なところで言えば、防具屋のような重苦しい鎧があんまり好きじゃないんだ。旅人は出来る限りの身軽さが必要だろう。だから、身軽さと耐久力を両立したアウターとか、レイヤーやパンツ、手袋とかの小物系を開発したいって思ったんだ。いわゆる、旅人の鎧を作り出したいのさ。そのための技術も世界を旅して身に着けた。それで、数か月前からあの店を開いたんだ」
俺は空を見上げる。旅人が本当に必要なもの。それを追求したい信念は、今も心に燃え上がっている。
世界を旅して魔物を倒す人たちが着るかゆいところに手が届くような服を扱ってます 後藤 悠慈 @yuji4633
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