フライト・ゲーム

平成ソーダ割り

プロローグ

 いおりは、目の前の暗闇に閉じ込められているような感覚に襲われていた。冷たい手が無遠慮に彼女の首を締めつけ、視界はぼやけ、音が遠のいていく。全身が麻痺していくような感覚に包まれ、まるで時間が止まったかのように思えた。必死に手を伸ばし、相手の腕を掴もうとするが、その力は強すぎて指が滑るばかりだった。


「___お前は、何もわかってない」


 耳元で響く低い声が、冷たく、そして確かな威圧感を伴っていおりの鼓膜を揺さぶった。冷や汗が背中を伝うのを感じながら、彼女は頭の中で必死に状況を整理しようとする。痛みがじわじわと増していき、息苦しさが胸に圧し掛かる。


 何が起きている?どうしてこんなことに…?


 視界がますます暗くなり、息が詰まる中で、彼女は最後の力を振り絞り、震えた声で言葉を紡いだ。


「な、なん…で…?」


 その問いがやっと口をついて出たが、すぐに冷酷な答えが返ってきた。


「……お前が、俺を裏切ったから」


 その言葉に、いおりの胸が締め付けられる。過去の記憶が急速に蘇る。あの時、彼の顔が見えた瞬間――その目、無表情な唇から漏れた一言が、今も心に深く刻まれている。


 突然、首にかかっていた圧力が緩む。ようやく意識が戻り、肺に空気が流れ込んでいく感覚が蘇る。


「全部めちゃくちゃだ、お前のせいで。地獄に落ちろ――白羽しらはいおり」

「っ……」

「今度は俺が、全部壊してやる」


 その言葉は、まるで呪いのようにいおりの耳元で響き渡る。背筋を冷たいものが走り、身体が震える。首にかかる冷たい手の感触が、まるで自分の存在そのものを消し去ろうとするように感じられた。


「い……や、だ……」


 その瞬間、相手が一歩近づいてきたのがわかる。息のぬくもりが彼女の顔に感じられ、いおりは息を呑んだ。その目が、すべてを見透かすように、静かに彼女を捉えているのがわかる。


「約束だとか、信念だとか――復讐だとか。んなもん、全部どうでもいい」


 その言葉の一つ一つに鋭い感情がこもっている。いおりはその感情の正体を知る由もないが、胸の中で何かが重く圧し掛かる。


 そして、突然、冷たい手が完全に離れた。息を呑む間もなく、いおりは肩を大きく上下させて息を吸い込む。ようやく空気が肺に流れ込み、全身の力が抜ける。


「この試合、覚悟しとけよ――お前を壊すのは、俺しかいない」


 その言葉を最後に、相手は静かに立ち去った。暗闇の中に残されたいおりは、ふらつきながらも必死に立ち上がろうとする。だが、足元はふらつき、視界がまたぼやけていく。


 試合直前。観客たちの歓声とシャトルの音が遠くで響くなか、いおりは立ち竦む。何が起きているのか、いおりは理解できない。彼は何を求めているのか。頭の中は疑問でいっぱいだ。

 


――だが、確かなのは、もう戻ることができないということだけだ。

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