六十二、推しと遠乗り・・・の、筈が。







「デシレア。ここから王城まで、歩けるか?」


「はい。大丈夫です」


 オリヴェルに聞かれ、デシレアはこくりと頷いた。


 


 全然、問題ないわね。


 だって未だ、王都からさして離れてもいないのだから。


 


 思いつつ、デシレアは視界の先に見える城郭を見る。


 王都全体を守るその壁は、頑強で高さもある。


 そしてその巨大さ故に、かなり離れた場所からも確認できるそれはしかし、ヘイムダルをゆっくり歩かせていた事もあって、今もってかなりの威容を示す大きさを誇ってデシレアの前にそそり立っていた。




 歩くと言っても、ここから城郭と、城郭から王城までが同じくらいかな。




「この埋め合わせは、必ずする」


 デシレアを引き寄せたままのオリヴェルは申し訳なさそうに言うが、聖女の願いをこれ以上無碍に出来ないことはデシレアにもよく分かる。


「楽しみに、していますね」


「ああ。期待しているといい」


 国が大切にする聖女とデシレアでは、どちらを優先すべきかなど、考えるべくもない。


 思うデシレアが期待はせずともそう言えば、少し明るい表情になって言うオリヴェルに、聖女が満面の笑みで手を伸べて来た。


「さあ、オリヴェル。乗せて頂戴」


「馬車の踏み台を、これへ」


 しかしオリヴェルは聖女に手を貸すことなく、侍女にそう指示をすると、更に聖女の騎士に手を貸すように告げる。


「何を言っているの?オリヴェルが、わたくしを抱き上げてくれればいいじゃない。踏み台も騎士も必要無いわ」


「先ほども言った筈だ。俺は、聖女の騎士でも婚約者でもないと」


「そんなの気にすること!?おかしいわ、そんな」


「婚約者のいる身で、みだりに婚約者以外の異性に触れるものではない」


 オリヴェルの言葉に、聖女は悔しそうに唇を噛んだ。


「今、目の前にデシレアさんが居るから?だから、そんなことを言うの?オリヴェル」


「傍に居る時であろうと、離れている時であろうと。俺はデシレア以外に触れたいと思わない」


「・・・・・まあ、いいわ。馬には乗せてくれるのだから。触れ合わない、ねえ」


 そう言うと聖女は、勝ち誇った瞳をデシレアへと向けた。




 わああ。


 今、ぞくっとしましたよ。




 思わず自分の腕を擦るデシレアの手を、オリヴェルが優しく握る。


「デシレアなら、問題無いと思うが。足が辛くなったら、すぐに言え」


「はい。オリヴェル様」


 素直に返事をしつつ、しかりデシレアは内心でにやりと笑った。




 やだ、オリヴェル様可愛い!


 すぐに言うとはいっても、私は歩きでオリヴェル様は馬上。


 つまり、すぐに言うのはとてもじゃないけど無理なのに、気づいた様子も無いなんて。


 でも、王城まで歩けということは、このまま私だけ帰れというわけじゃない。


 つまり、待ち合わせしてくれるんだと思うから、その時少し意地悪して、おどかしちゃうのもあり?


 疲れた、足が痛い、って言って。


 泣きまね・・・は、私には無理か。


 


「では、行こうか」


 泣きまねは高難度が過ぎる、などと、少しばかりの悪戯を楽しく考えていたデシレアは、そのまま馬の手綱を取り、デシレアの手を引いて歩き出したオリヴェルに絶句した。


「ちょっとオリヴェル!何をしているのよ!」


 先ほどまで、デシレアを馬上から悠然と見下ろしていた聖女も、焦ったような声を出す。


「聖女が、俺の馬に乗りたいと言ったから叶えただけだ」


 しれっと答えたオリヴェルが、デシレアへと向き直った。


「そうだ、デシレア。先ほど通って来た時、この辺りで青いシッパの花が見えたように思う」


「え?本当ですか?」


「ああ。デシレアは背を向けている方向だったから、気づいていないと思う。不確かだったから、言わずにいたのだが」


 そう言ってオリヴェルが、街道脇へと目を走らせる。


 青いシッパの花は、この辺りでは春を告げる花のひとつであり、見られれば幸運を得られると言われる希少な花でもある。


「ああ、ほらデシレア。あそこに」


「え?どこですか?」


「あの少し大きめの岩から、向かって左に一馬身くらい先だ。群生、というほどではないが、そこそこの数があるだろう?」


「一馬身、ってオリヴェル様・・あっ、ありました!ほんとだ、きれい、可愛い!」


 はしゃぐデシレアが目を輝かせてシッパの花とオリヴェルとを交互に見つめるのを、オリヴェルもまた嬉しそうに見つめた。


「え?オリヴェル様?」


 そんなオリヴェルの顔が、とてつもなく近づいた、と思った時には、額の生え際に軽く唇を寄せられていて、デシレアはそのままの状態で目を見開いてしまう。


「突然すまない。急に、愛でたくなってしまった」


「めでたい」


「いや、その言い方だと違うように聞こえる」


 苦笑するオリヴェルに、しかし未だふわふわとした感覚のデシレアは上手く対応できない。




 オリヴェル様が、私の額に・・・・・。




「ちょっと!何をしているのよ、オリヴェル!」


「ああ。婚約者が可愛くて、つい」


 そして馬上から聖女が感情的に叫ぶも、オリヴェルは躊躇せず事実を淡々と述べた。


 その間にも一行はを進め、無事城郭へと辿り着き、王都内へと入る。




 すっごく、人目を引いていますよ。


 まあ、無理ないですよね。




 オリヴェルと手を繋いで歩きつつ、デシレアは驚愕の眼差しを無理からぬと受け止めた。


 何といってもこの一行、ヘイムダルに乗る聖女と、その手綱を引きながら歩いている英雄のひとりであるオリヴェル、そしてその手をしっかりと繋いで歩いているデシレア、というだけでもかなり異様なのに、更にその後ろには誰も乗っていない王家の馬車と徒歩の侍女、騎馬兵までもが続いているのである。




 何があったのか、って囁かれていますよ。


 オリヴェル様は、動揺なしの通常仕様ですけれど、聖女様は真っ赤なご様子。




 オリヴェルとデシレアに背を向ける形で馬に乗っている聖女の顔は見えないが、その耳が真っ赤で肩が震えていることから、かなりの羞恥を感じているのだろう、とデシレアはその精神を慮った。




 ひとり馬上で目立ちますし、何かのパレードみたいかも。




「デシレア。俺の蔭に来るか?」


「え?」


「悪目立ちして、いたたまれないだろう」


 言われ、デシレアはオリヴェルの心遣いを嬉しく思う。


「大丈夫ですよ。オリヴェル様の美しさに霞んで、私は皆さんからは見えませんよ、絶対」


「絶対、って」


「あ、また苦笑してる。でも、本当に絶対です。オリヴェル様の美しさは、無敵なんですから」


「それほど真剣に、真顔で言うことか?・・・まあ、いい。それなら、デシレアも俺を見て、無敵化しておけ」


 その提案に、デシレアは瞳を輝かせた。


「オリヴェル様の美しさを見つめて無敵化なんて、素敵です。最高」


「そうか。デシレアだけの特権だ。存分に使え」


 そして、デシレアを見つめて優しく微笑んだ、そのオリヴェルを見た見物人から、悲鳴のような声があがる。


「おお。オリヴェル様は、やはり人気ですね」


「そうか?」


「そうですよ。ほら『オリヴェルさま・・うっとり』って声が聞こえるじゃないですか」


「俺には、うっとりと言う声は聞こえないが」


「うっとりは、その声の響きを表したものです。うっとり揺れているのです」


 胸を張って答えるデシレアにオリヴェルが苦笑し、益々集まる沿道の群衆に見守られ、一行は城門を潜った。








「ここも、ひとりだと凄く広く感じますね」


 呟き、デシレアは立ったまま座り慣れたソファの背に触れる。


『デシレア。ここが一番安全だから、少し待っていてくれ。あと、これを着けておけ』


 王城へ着くなり、オリヴェルはそう言ってデシレアを自分の執務室へ連れて来ると、何故か亀の形のブローチを握らせ、急いで王子カールの元へと向かって行った。


「聖女様を王子殿下の所へお送りするだけなら、あのまま行った方が早かったのに。オリヴェル様、私の事も気遣ってくれて」


 ヘイムダルから下りる時も騎士の手を借りて、だった聖女は、憎々し気にデシレアを見ていたけれど、やはり王都内でのパレードもどきでかなり精神を疲弊していたのか、その鋭さには陰りがあった、とデシレアは回想する。


「今頃、王子殿下とオリヴェル様に癒されているのかな。それなら、時間もかかるだろうし、私は先に帰った方が良かったような気もする」


 王城の厩舎に預けられたヘイムダルも気になるし、様子見がてら先に帰るという手も、お休みとはいえ使用人の方はいるのだから、オリヴェル様に言伝を頼んで、とデシレアが扉に向かったところで、慌ただしくオリヴェルが戻って来た。


「デシレア、待たせたな。では、行こう」


「あの、オリヴェル様。聖女様は大丈夫なのですか?」


「聖女?聖女は、ヘイムダルに乗っていただけなのだから、心配するような疲労はしていないだろう。むしろ、歩かせてしまったデシレアの方が、俺は心配だが?」


 オリヴェルの言葉に、デシレアは慌てて首を横に振る。


「いえ、あの。街の人達の注目を集めてしまったので、お心が疲れているのでは、と」


「俺も聖女も、あのように衆目を集めることには慣れている。王城務めの者もな。と考えれば、やはりこちらも不慣れなデシレアの負担が大きかっただろう。本当にすまない」


 言いつつ、オリヴェルは再びデシレアの手を引いて歩き出す。


「そう言いながらの提案で申し訳ないが。ヘイムダルを迎えに行って、そのまま出発しても問題無いか?」


「はい。大丈夫です」


 そう迷わず返事をしたものの、デシレアは内心残念でならなかった。




 隣街の露店。


 オリヴェル様と見て歩きたかったな。




 仕方が無いとは思いつつ、油断すればため息が出てしまいそうで、デシレアは殊更口角に力を込める。


「王都を出たら、少し飛ばす。怖かったら、言え」


「はい・・・え?王都を出る、ですか?」


 そして厩舎で水を貰っていたヘイムダルにデシレアを乗せ、自分もその後ろに収まったオリヴェルの言葉に、デシレアは思わず振り返った。


「その顔。邸に帰ると思ったな?」


「違うのですか?」


 悪戯が成功した子どものような顔で言われ、デシレアは首を捻る。


「違うな。このまま隣街へ向かう」


「え?でも時間が」


「大丈夫だ。祭りは夜もやっているそうだから」


「そうなのですね!嬉しいです!あ、でも夜に馬を駆けるのは危険なのではないですか?」


 王都内をゆっくりヘイムダルに乗って進みながら、帰りは夜になる、とデシレアが心配事を口にした。


「もちろん、そんな無鉄砲な事はしない。今日は、このまま隣街で泊まって、明日も祭りを楽しんでから帰って来よう」


「明日も?ですが」


「祭りは数日行われているし、休暇の件はカールに任せて来た。聖女の行動のせいで、俺の休暇は潰されたのだからな。当然の権利だ。ああ、泊まる場所も心配ない。メシュヴィツで懇意にしている宿がある」


 弾んだ口調で計画を述べるオリヴェルに、デシレアも次第に胸が高鳴って行く。


「すっごく楽しそうです」


 これから馬を飛ばして隣街まで行き、祭りを楽しむ。


 想像するだけで、デシレアの気持ちは鉋屑かんなくずのようにふわふわと浮き立った。


「では、飛ばすぞ。しっかり掴まっていろ」


「はい!」


 そして王都を抜け、先ほども通った街道を、先ほどとは比べ物にならない速さで、ヘイムダルは駆け抜けた。



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