五十六、推しと騎士と子ども達との奇妙な同居生活 4
はわぁ。
幸せな家族の情景、って感じ。
癒されるぅ。
外干しした洗濯物。
気持ち良く風に靡くそれらが、満遍なく陽に当たるよう干し変えながら、デシレアは居間で遊ぶオリヴェルと子ども達を窓越しに見ては、嬉しそうに微笑む。
この奇妙な同居生活も、今日で六日目。
相変わらずクリスは忙しそうに出かけて行き、デシレアが頼んだ生鮮食品を買って帰って来る。
『もっと早く解決したかったのだが。長く迷惑をかけることになって、すまない』
そう言ってクリスは、眠る子ども達の頭を撫で、オリヴェルとデシレアに頭を下げた。
『犯人の目的は分かったのか?』
『親後さん達の方は、無事なの?』
オリヴェルとデシレアの問いに、クリスは迷うようにデシレアを見る。
『親御さんへの被害は無い。犯人の目的は、その・・子どもの実験体と、その実験費用を手に入れることだから』
『っ!』
『デシレア』
実験体。
余りの事にふらつくデシレアを、オリヴェルがそっと支えた。
『そんな・・・。では以前にも、そのような被害に遭った子がいるのですか?』
『今回の件を調べるうち、その実験施設の存在が浮上した。潜入捜査に当たっている者の報告では、幾人かの子供が囚われているらしい』
そして、その攫われた子の家に、子どもの無事を盾に身代金を要求しているのだとクリスから聞いたデシレアは、今卒倒しかけたのが嘘のように、くわっと目を見開いて、クリスに力強く、ずいと迫る。
『クリス様。そんな極悪非道な
結構な圧で言われ、クリスは思わずこくこくと頷いた。
『もちろんだ。我々を信じて欲しい』
『世界の平和のため、安心安全な世の中のため、いつもありがとうございます。そして、この件もよろしくお願いします。あ、もちろん、ご自分達の身の安全も大事にしてくださいね』
言うだけ言うとデシレアは、むにゃむにゃと何か寝言を言いながら布団を蹴り飛ばしたエディの元へと行ってしまう。
『・・・・・素敵なご婚約者ですね』
『貴族令嬢としては、変わっているだろう』
『それ。だけど人間としては最高、って言っていますね』
『だが、鈍い』
『それは・・・頑張ってください?』
複雑な笑みを浮かべたクリスに、苦い顔をしたオリヴェル。
そこへ戻ったデシレアは、何とも言えない目でふたりが自分を見ているのに気づき、首を傾げた。
『何かありましたか?』
『ああ、デシレア嬢・・・いや、その』
『何でもない』
『何か、付いています?』
そう言って、身なりを気にしたデシレアは、意味深なオリヴェルの瞳に目を細める。
『あ。また何か、私のことで言いましたね?』
『何を根拠に』
『オリヴェル様が、そういう目をするときって、私に失礼なこと言ったり考えたりしている時なんですよ』
デシレアの指摘に、クリスが思わずオリヴェルを見た。
『鈍くないじゃないですか』
『局所的に、だ』
『あ、やっぱり!』
その言葉にデシレアがぷりぷり怒りだし、オリヴェルは子供たちが起きる、という逃げの文句を発動する。
『うう。仕方なし』
そうすれば、デシレアは不服そうにしながらも口を噤み、その場は丸く収まった。
「上手くいけば、今日か明日にも施設に囚われている子ども達を解放出来る、ってクリス様は仰っていたけど」
呟いて、デシレアは洗濯物の傍に佇んだまま、オリヴェルと遊ぶ子ども達を見つめた。
事件が解決すれば、当然の如く子ども達は親元へ帰る。
それが彼等の幸せだと分かっていても、慣れた今となっては寂しくも感じてしまう。
ここへ来てから、デシレアは、朝、子ども達より早く起きて洗濯をするという技を覚え、その後朝食の仕度、そして朝食、その後朝食の後片付け、それから掃除という生活も板について来た。
そして、そのすべてをオリヴェルも当たり前のように共に熟すことに、デシレアは驚きを禁じ得ないでいる。
何不自由なく、育った筈なのに。
名ばかり貴族のデシレアと違い、名門富豪の公爵家嫡男として生まれ育ったオリヴェルが、意外にも器用に様々な家事を率先して行う姿など、デシレアは想像したことも無かった。
私は、必要に迫られて覚えたけど・・って、あ。
そうだ。
魔王討伐の旅。
それに、野営もあると仰っていたっけ。
恐らくオリヴェルはそういった際に、高位貴族、特に優れた魔法師という立場を利用することなく、必要に応じた動きをして来たのだろうとデシレアは思う。
一兵卒なら当たり前だけど・・って、オリヴェル様にもそんな時代があったのかしら?
って、あったわよね。
初めから、魔法師団の師団長な訳は無いものね。
思えば不思議な感じがする、とデシレアが思っていると、思い切りオリヴェルと目が合った。
どうしよう。
何か、どきどきする。
デシレアが、ひとりバルコニーでどぎまぎしていると、オリヴェルが窓を開けてデシレアへと声をかける。
「竈は、大丈夫なのか?」
「あっ」
その言葉に、デシレアは慌てて厨房へと走った。
「間に合った!問題無し!」
そして、竈から取り出した程よい焼き加減のクッキーを見て、額の汗を拭うが如く、ふう、と息を吐き出しつつ手の甲で額を触る。
「なち!」
「なし!」
「でしれあ。なにが、なし?」
すると、いつのまにか付いて来ていた子ども達が、嬉しそうに、あるいは不思議そうにデシレアを見た。
「焼け焦げクッキーを食べずに済んだ、ということだ」
そんな子ども達に、オリヴェルがにやりと笑って言う。
「そんな、意地悪な顔をしても無駄ですよ。焦げなかったので、何を言われても平気ですー・・・あ、オリヴェル様。熱いので子ども達を」
「分かった」
万が一にも焼けた鉄板に触ったりしないよう、オリヴェルが三人を抱き寄せ、デシレアが焼き上がったクッキーを取り出し、冷ましていく。
「いいにおい!」
「でち!まあうも、おいちい、ちる!」
「おいしそう。でも、へんなかたち」
「確かに、面白い形をしている。エディは、観察力があるな」
フレヤとマーユがオリヴェルに、時には腕、時には腹を取られ、抱えられつつも、既に食べる気満々で飛び跳ねる横で、エディが首を傾げ、オリヴェルはそんなエディに頷きを返す。
「かんさ・・りょ・・?」
「観察力。物事を見て、変化や違いに気づく能力のことだ」
「・・・・・・・・・・」
「ああ、つまり。今、エディはこのクッキーの形を見て、変わっている、と言っただろう?」
「はい」
「それは、前に見たクッキーと比べている、ということだ。その違いに気づけたのは凄いぞ」
オリヴェルの言葉に、エディは真剣な顔で考え始めた。
「このあいだ、でしれあがつくってくれたのも、おうちでたべるのと、ちがいました」
「そうなのか?」
「はい。でしれあのは、えがかいてあって、たのしかった・・です」
笑顔で言うエディの頭を、オリヴェルがそっと撫でる。
「そうやって考えられるのは、凄いことだ。エディはよく見ているな」
オリヴェルに褒められ、エディの表情が、ぱあっと明るくなった。
「っと、ほら。もう少しじっとしていろ」
「たべゆ!」
「でち!ちょうらい!」
その間にも、クッキーへと向かおうとするフレヤとマーユを、オリヴェルは捕まえ、あやす。
「ほら、高い高い」
「きゃああ!」
「まあうも!」
「ああ、いいぞ。ほら、エディも順番だ」
「ふふ。みんな、手を洗って、あっちでオリヴェル様といい子で待っていられる?」
その様子を見ながらデシレアがクッキーを皿に盛り、洗い物を片付けて行く。
「うんっ」
「できゆ」
「もちろんです!」
そして、デシレアの問いに自信満々で答える子ども達。
「なら、行くぞ。歩行、始め!」
「「め!」」
「はいっ」
オリヴェルの号令で、三人は手を洗うべく厨房を出て行く。
「・・・・・『歩行、始め』って。訓練じゃないんだから」
仲良く歩いて行く四人を見送りながら、デシレアは楽しそうに五人分のカップを取り出した。
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