五十五、推しと騎士と子ども達との奇妙な同居生活 3



 




 <騎士様と賊>というのは、子どもの遊びのひとつで、騎士役と賊役に別れ、騎士役の者が賊役を捕まえるという、追いかけったのようなもの。


 そして当然の如く、行う場所が広ければ広いだけ、走る範囲も広がり子どもを運動させるには最適なうえ、社会性もあるという遊びである。


 


 まあ、広いとはいえ邸の中だから平気かな。


 でも小さい子って意外と俊敏に、しかも長時間動き回るのよねえ。 




 余り体力に自信の無いデシレアは、多少不安に思いつつ組み分けに挑んだ。


 因みに、オリヴェルにもデシレアにも、大人はふたりだけだから違う組に、という考えは無い。


 何故なら稀なる偶然ではあるが、ふたりともに己が子どもの時代、そういった扱いを受けていなかったからである。


「いい?ぼくとふれやが、きしさまだから、でしれあとおりべうさま、それからまーゆをつかまえるんだよ」


 今回、騎士役となったエディが、同じく騎士役となったフレヤに言えば、フレヤは嬉しそうにエディにしがみ付いた。


「ちゅかまえた!」


「もう。ちがうよ、ふれや。ぼくじゃなくて」


「ほら、フレヤいらっしゃい!私のこと、捕まえられるかしら?」


 何やら揉めそうな気配に、慌ててデシレアが間に入れば、途端フレヤが嬉しそうにエディの手を引く。


「でしー、ちゅかまえゆ!」


「うん・・・あ、ほら。いくからまって。ころばないように」


 そしてそのままエディの手を掴んで走り出そうとするフレヤに、エディも慌てて走り出した。




 可愛い!




 幼いながらもフレヤを気にしながら走るエディと、その手を夢中で掴んで自分へと走って来るフレヤが可愛いと、デシレアは顔が緩むのを感じる。


「エディ、フレヤ。俺とマーユはこちらだぞ」


 そんなふたりにオリヴェルがわざと挑発するように声をかければ、オリヴェルの周りを走るマーユも、きゃっきゃきゃっきゃと楽しそうな声をあげた。


「ほらほら今度は、私とオリヴェル様が騎士様よ」


「でしー、ちゅかまえゆ!」


「ちがうよ、ふれや。こんどは、ぼくたちが、ああ、つかまってしまうから、こっち」


「こっちー」


 デシレアへと走り出そうとするフレヤの腕を掴むエディに、オリヴェルが大仰に両手を伸ばしながら接近した。


「エディもフレヤも、一網打尽だな」


「ほら、にげるよ、ふれや」


「あいっ」


「わあ、オリヴェル様。騎士様というより、悪役のよう」


「でち!どーん!」


「あら、マーユは自分から捕まりに来てくれたの?」


 わざと動きが大きくゆっくりになったり、突然早く走り出したりと、エディとフレヤを上手く走らせているオリヴェルを微笑ましく見つめていると、マーユが真っ直ぐに突撃して来たので、デシレアは迷わず抱き上げた。


「でち!」


 何が楽しいのか、と思うほど両手両足を動かして楽しそうに笑うマーユに、デシレアは思わず頬刷りしてしまう。


「エディ、フレヤ、確保!」


「かくほ!」


 捕まったというのに、フレヤは嬉しそうにオリヴェルに抱き上げられ、エディも頬を薔薇色に染めてオリヴェルに頭を撫でられている。




 ご両親は、さぞかしご心配されているでしょうね。




 こうして遊ぶ姿を見ていても、食事をしている姿を見ても、三人がとても愛され大切にされていることが窺える。




 早く犯人が捕まりますように。




 そして今自分に出来るのは、三人が不安にならないよう共にあることだと、デシレアは強く思った。








「ここのバルコニー、広いですよね」


 海に面した広い居間から続くバルコニーは、相当な広さがあり、テーブルと椅子も用意されている。


「出ればいいだろう」


 羨望の籠ったデシレアの呟きに、オリヴェルが即答した。


 その目には、何をわざわざ、と書いてあるようで、デシレアは思わず笑ってしまう。


「いえ、ただ出たいのではなく。あのテーブルで食事をしたら、海が一望できて気持ちいいだろうなと思ったのです。今日はお日様も当たって、暖かそうですし」


「なら、そうすればいい」


「え?いいのですか?」


「何故、いけないと思う?」


 オリヴェルに心底不思議そうに問われ、デシレアはその考えを口にする。


「だって、ここに子ども達を避難させているのですよね?犯人から隠して。ならば、余り目立つ行為はしない方が良いのではないですか?」


「ああ、なるほど。それなら心配には及ばない。ここは、海からしか見られない」


「え?」


 呆けたような声を出したデシレアに、オリヴェルはとある方向を指さした。


「ここからは見えないが、あちらの方に浜へと続く坂がある。しかし突き出た半島のような地形になっているため、陸側からはここへも浜へも行くことが出来ず、海からしか行けない個人の館、とここは思われている」


「海からしか。となると、船が必須ということですね」


「ああ。だがそれは表向きで、実際は森からの隠し通路がある」


「森からの隠し通路・・・あっ、それで私は気絶させられたのですね。秘密保持のために」


 デシレアが言えば、オリヴェルが苦い顔になる。


「そうだ」


「なるほど、納得です」


「俺は、腹立たし」


「あ、そういえば!かるかんは、大丈夫なのでしょうか?」


 デシレアを気絶させたことは、秘密保持のためだったと言われれば納得するしかない、しかし、と言いかけたオリヴェルを、デシレアは気付きもせずに思い切り遮った。


「・・・・・かるかんは、問題無い。だが、ここは騎士団の管轄だからな。勝手に目覚めさせるわけにもいかない」


「あの状態で、寒いなどということは?お腹がすいたり」


「無いから、安心しろ」


「それなら、良かったです。帰ったら、おいしいものをあげなくては」


 デシレアの呟きに、オリヴェルとデシレアの周りで遊んでいたフレヤとマーユ、そしてエディが顔を輝かせる。


「おいちいもの!」


「でち!おなかしゅいた!」


「ぼくも!」


「そういえば、そろそろお昼ごはんの時間ね。うーん、何にしよう。バルコニーで食べるのなら、ちょっとピクニックみたいにしたいかな」


 三人に強請られ、デシレアは献立を考えながら厨房へと向かう。


「一緒に行くか?」


「「「うんっ」」」


 そんなデシレアの後ろでオリヴェルが問えば、三人は一斉に頷きを返した。






「さあ、準備出来ました。みんな、お手伝いありがとう」


 デシレア念願のバルコニーでの食事に、子ども達もはしゃいだ声を出す。


「ごはん!」


「おしょと!」


「でしれあ。これ、どうするの?」


 わくわくとした目でテーブルの上を見つめるエディに、デシレアは薄く切ったパンを一枚手に取った。


「見ていてね。これに、こうやって具材を乗せて、くるくるくるり」


 そう言ったデシレアが、用意したハムと野菜をパンに乗せ、そのままくるっと巻いて見せれば、三人の目がきらきらと輝く。


「ぼくも、やる!」


「なら、エディは俺と一緒にやってみるか」


「うんっ」


「フレヤとマーユは?どれがいい?」


 用意した具材、卵やお肉、お魚を揚げたものなどをふたりは真剣に見つめ、それぞれ食べたい物を指さした。


「まあゆが、しゆ」


 そして、そのまま巻こうとしたデシレアにマーユが言えば、フレヤも真剣な顔で具材を乗せたパンを受け取る。


「くりゅくりゅくりゅりゅ」


「ふたりとも、上手よ」


 ともすれば具材が落ちそうになるのをさり気なく戻し、デシレアが手伝いながら巻き終えたそれを、ふたりは美味しそうに頬張った。


「おいちい!」


「おいしいっ」


「うんっ。おいしい!」


 オリヴェルの横で、同じように弾けた笑顔を見せるエディに安堵し、デシレアも自分の分を作る。


「はあ、癒される。あの、そういえば。オリヴェル様」


「ん?どうした?」


 今度はこれ、と言っているエディの面倒を見ながら、オリヴェルは、何か言い難そうにしているデシレアへと視線を移した。


「はい、あの。お参りは、無事にお済みでしたか?もしや、かるかんから中途な情報がいって、お邪魔をしたのでは、と」


 そろりとオリヴェルを見るデシレアに、オリヴェルは首を横に振った。


「それなら問題無い。聖女の祈りは済んでいた」


「それなら、良かったです」


「良くない」


「ひぇっ」


 ほっとしたように言うデシレアにオリヴェルが鋭い声を出し、その場が一気に凍り付く。


 そして、子ども達の目に、見る間に溜まっていく涙。


「あ、ああ、違う!デシレアに怒ったのではない。ただ、あの時俺が離れなければ、デシレアは危険に晒されなかったと・・・ほ、ほらフレヤ、トマトだ。マーユはブロッコリーだったか?エディは肉か」


 ご機嫌で、もぐもぐしていた口の動きをぴたりと止めてしまった三人に、オリヴェルが必死に話しかけた。


「オリヴェル様。私は、魚の揚げたのがいいです」


「そうか。では、口を開けろ」


「え?」


「魚の揚げたのがいいのだろう?ほら、あーんだ、あーん」


 必死に子ども達が泣かないようにするオリヴェル様も可愛い、などと思い、揶揄うつもりで言ったデシレアは、意趣返しの如く魚の揚げ物を差し出すオリヴェルに、にやりと笑われたのだった。


「なかよち!」


「よち!」


「なかよしですね!」


 そして、子ども達にも笑顔で言われ、デシレアはひとり、頬を引き攣らせた。




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