五十、推しとの再会







「そんなこと、威張って言われても」


 呆れたようにデシレアが言えば、クリスが乾いた笑いを浮かべた。


「確かに。だが、安心してくれ。町には協力者がいるから、手に入れることは可能だ」


「それは良かったです」


「では、手配しに行く時、デシレア嬢の家にも連絡を入れるようにしよう。自分でも、手紙を書くか?」


「はい」


 デシレアの答えに、クリスは直ぐ用意すると言って、席を立つ。


「あ、それと。こちらに、裁縫道具はありますか?」


「無いな」


「では、何か長さを測れるものは?」


「ん?長さを測る物?デシレア嬢。一体それを、何に使うつもりだ?」


「子ども達の身体の大きさを大体把握しないと、服を調達するのにも困りますよね?」


 デシレアが言えば、首を捻っていたクリスが再び固まった。


「なるほど。しかし、長さを測れる物など置いていないな」


「では、長めの紐などでもいいです」


「ああ、それなら任せろ」


 途端、満面の笑みを浮かべたクリスが、ささっと取り出したのは、頑丈そうなロープ。


 それはもう見るからに、大型の獣や、暴れる犯人などの動きも封じられそうな頑丈さ。


「・・・・・これって、もしかして」


「捕獲用の物だ。現場では必需品なのだが、これでは駄目か?」


 不安そうになったクリスは何となく仔犬のよう、などと思い、その仔犬を不安にさせたという謎の罪悪感を覚えたデシレアは、その不安を払拭させようと何とか笑みを浮かべた。


「い、いえ、大丈夫です。因みに、新品ですよね?」


「ああ、もちろん。だが、遠慮なく使っていいぞ」


「では、お借りしますね」


 悪意の欠片も無いクリスに片頬を引き攣らせながら、書くものも用意してもらったデシレアは、眠る子ども達の傍へ行くと、起こさないように大体の大きさを測っては書き付けて行く。


「それで、長さが測れるのか?」


「両手を広げた長さは、ほぼ身長と同じですから。自分のを用いて、大体の大きさは測れます」


「博識だな」


 感心するクリスにも手伝ってもらい、何とか子ども達を起こすことなく測り終えたデシレアは、クリスにその書付を渡した。


「これを、お店の方に見せてください。体重は、平均的と伝えてもらえれば大丈夫かと。小さな子なので、汚すことも多いでしょう。着替えは、多めにお願いします。服だけでなく、下着もお願いしますね」


「分かった。デシレア嬢、手紙を」


「はい」


「・・・・・それだけ?」


 デシレアが騎士団の便箋にしたためたのは《無事です。デシレア》という、極簡単なもので、クリスは戸惑うも、デシレアはそれでいいと頷いた。


「余り色々書いてしまうと、秘密が守れなくなりそうです。私が書いてしまうのは、まずいのですよね?」


「ああ。それはすまない、デシレア嬢の言う通りだ。では、詳細はこちらで必ず伝えるから安心してくれ」


「信用しています」


 クリスからの伝達は騎士団の極秘書類扱いとなり、相手に詳細を伝えられると聞いていたデシレアは、これでオリヴェルに心配をかけることもないと安堵する。


「それで、デシレアの家は?」


「伝達は、家ではなく、この町の宿にお願いします。そこに宿泊している、メシュヴィツ公爵子息オリヴェル様にお伝え願います」


「メシュヴィツ公子息?」


「はい。一緒に来ているので、戻らなければ心配させてしまいます」


「メシュヴィツ公子息。では、貴女は」


「婚約者です」


 一応であろうと契約であろうと、婚約者であることに間違いはないと言い切ったデシレアを、クリスが何とも言えない目で見た。


「メシュヴィツ公子息、か。なるほど。それであの使い魔」


 これはとんでも無い相手を、と現実逃避するように目を遠くへ泳がせたクリスに、デシレアが迫る。


「使い魔、って。かるかんが、どうかしたのですか?まさか、傷つけたりなんて」


「していない!ただ、気絶させて魔封じの鳥籠に入れてある」


「会わせてください」


 きっ、とクリスを睨みつけるデシレアに両手を挙げて降参の意を示し、クリスは鳥籠を取りに行く。


「私も行きます」


「こちらだ」


 拒むことなくクリスがデシレアを連れて行った先の部屋に、かるかんは居た。


「かるかん!」


 しかし、鳥籠の中のかるかんにデシレアが呼びかけるも、ぴくりともしない。


「心配ない。魔法で眠らせてあるだけだ」


「本当ですね?」


「誓って」


「はあ。よかった」


 心から安堵して、そっと鳥籠のなかに指を差し入れ、その真っ白な身体を優しく撫でるデシレアに、クリスが小さく頭を下げた。


「その。すまない」


「謝らないでください。これも、任務のためですよね?かるかんが居ると、オリヴェル様が探知出来てしまうから」


 デシレアの危機はオリヴェルに、オリヴェルの危機はデシレアに伝わると言っていたオリヴェルを思い出し、デシレアは息を吐いた。


「かるかんがここに居るということは、オリヴェル様に今回の事は未だ伝わっていないでしょうから、そこは安し・・・・ん?」


 言いかけて、ふとデシレアは思い出す。


 自分が気を失う前、何かの羽音と呻きを聞いた。


 あれが、かるかんだったのなら。


「クリス様!かるかんを気絶させたときの状況は!?」


「何処かへ報告をしようとしていたため、気絶させ、魔封じの袋へ入れた」


 報告のように告げるクリスの言葉に、デシレアは真っ青になった。




 それって、オリヴェル様は中途な報告を受けているということ!?




 可能性に気づき、焦ったデシレアはクリスへと真っ直ぐ向き直る。


「一刻も早く、オリヴェル様に私の無事を伝えてください!」


「分かった。子ども達を頼む」


「そちらは、お任せを」


 鬼気迫るデシレアの声にクリスも即刻頷き、そのまま報告と調達に、町へと出かけて行った。








「ええと。起きたらまず、湯冷ましを飲ませて。それから」


 独りごとを言いながら、デシレアは、クリスに使用許可を貰った厨房で簡単なクッキーを焼く。


 着替えの事はまったく頭になかったクリスだが、子ども達の飢えは気にしたらしく、きちんと食材が揃えられていた。


「新鮮なミルクもあるということは、昨日あたりには整えたということよね。それにしても、ここにも保冷庫があるとは」


 自分の提案した魔石から、保冷庫を思いつくなど流石オリヴェル様、しかも凄まじき速さで普及させてしまうとは、と感心しながら、デシレアは居間へと戻る。


「まあ、起きていたのね」


「・・・・・」


 戻ると男の子が既に起きていて、寝かされていたソファに、所在無さげに座っていた。


 男の子には大まかな状況と自分が騎士である事を説明してある、とクリスから聞いていたデシレアはそっと彼にカップを渡す。


「はい、湯冷まし」


「あの。きしさまは?」


「今、お出かけしているの。私はデシレア。心配しなくても、騎士様もすぐに戻られるわ」


「はい。ありがとうございます。ぼくは、エディといいます。ごさいです」


「はっきりご挨拶出来て、偉いわ」


「ごさいなのですから、あたりまえのことです」


 しっかりとしたその態度に、小さな紳士さん、とデシレアが頭を撫でると、エディはくすぐったそうに笑う。


「んー・・・でち?」


 するとマーユも起き出して、寝ぼけ眼のままデシレアにぴっとりと張り付いた。


「でしー、おはよう・・・あ、あさじゃなかった」


「別にいいじゃない。挨拶は大事よ。おはよう、フレヤ」


 続いて起きたフレヤと、張り付いたままだったマーユを、クッションを支えにきちんと座らせ、湯冷ましを与えると、デシレアは厨房からクッキーと温めたミルクを運んで三人に食べさせる。


「おいちい!」


 両手を頬に当て、満面の笑みを浮かべるマーユの隣で、フレヤもエディも目を輝かせてクッキーを口へ運ぶ。


「ほんとに、おいしい」


「うん。おいしい」


 未だ覚束ない仕草でクッキーをもぐもぐしているマーユとフレヤに時折手を貸し、しっかり自分で食べているエディの口の周りを拭ってやりながら、のほほんのんびりと、子どもが幸せそうにお菓子を食べる姿は癒される、とデシレアが思っていると、急に邸の入り口付近が騒がしくなった。


 咄嗟に三人を抱き寄せたデシレアに、三人もしっかりと抱き付く。


「でち」


「でしー」


「でしれあ」


「大丈夫よ。きっとクリスが帰って来ただけ」


 それにしては、騒がしく複数の足音がする、と耳をそばだてたデシレアは、今ここで聞く筈の無い声の主に名を呼ばれ目を見開く。


「デシレア!」


 しかし、聞き間違いなどでは無かった。


 それが証に、クリスより先、大きな荷物を抱えて居間へと飛び込んで来たのは、メシュヴィツ公子息オリヴェルそのひと。


「オリヴェル様」


「デシレア!怪我は!?痛いところは無いか!?」


 一体何が起こっているのか理解できないまま、デシレアは呆然とオリヴェルが走り寄って来るのを見ていた。



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