二十七、その時、王城では ~オリヴェル編 2~
「オリヴェル様。思い出すのもお辛いですか?」
おいしいと食べていた鴨料理よりオリヴェルが気になるのか、デシレアの手がすっかり止まってしまっているのを見て、オリヴェルはゆっくり首を横に振った。
「いや。間抜けなことをしてしまったとは思うが、今は君が料理を楽しめなくなってしまったことの方が気になる」
「なら、話ししておしまいなさい。それでデシレアも貴方の思いを共有してくれれば、この先絶対に楽だから」
公爵夫人に言われ、オリヴェルはデシレアの慮るような瞳を見る。
・・・そうか。
この気遣いが、この先俺達の障害になる可能性もあるということか。
気を遣うあまり、余り深い話をオリヴェルとしないようになってしまうデシレア。
そんな、距離の空いたふたりの未来が漸く想像できて、オリヴェルは母を感謝の気持ちで見た。
「まあ。オリヴェルがこちらの意図を汲み取って」
「ああ。こんな日が来るなんて、本当にデシレアには感謝だな」
「え?あの、それはどういう」
喜びを滲ませて言い合う公爵夫妻に、デシレアが戸惑った声をあげる。
「デシレアが、オリヴェルの婚約者になってくれて嬉しい、という話よ」
「ああ。それに、鴨に白山葵をこんもり乗せて食べるところは、アマンダとそっくりだと思ってね」
「そうなのよ、エーミル。わたくしとデシレア、食の好みが似ているの」
アマンダ、エーミルと名前で呼び合って、楽しそうな会話を繰り広げるメシュヴィツ公爵夫妻の邪魔をするわけにもいかず、デシレアがただ置いて行かれた猫の様相で見つめている。
「あー、その、なんだ。デシレア。両親はともかく、あの日の話を君にしてもいいだろうか」
「オリヴェル様がよろしいのなら、是非」
オリヴェルの言葉を聞いた瞬間、オリヴェルへと身体ごと向き直ったデシレアを嬉しく思いながら、オリヴェルはワイングラスを口に運んだ。
「ならばゆっくり、料理とワインを味わいながら聞いてくれ」
それが条件だと笑って言うオリヴェルに、真剣な顔で頷くデシレアを見つめ、オリヴェルはあの日の記憶を呼び覚ます。
「デシレア。今夜は紳士会で出かける。遅くなるから、待っている必要は無い」
その日の朝。
オリヴェルは、憂鬱さを滲ませてデシレアにそう報告した。
「分かりました。今日は、どちらでですか?」
「国王陛下主催、王城で、だ。でなければ欠席でも問題無いのだが」
「お勤めお疲れ様です。それでは、お仕度は王城のお部屋でなさるのですか?」
メシュヴィツ公爵家は、王城に一室を与えられている。
故に、デシレアの問いも納得が出来るオリヴェルだが、実際には苦く首を横に振った。
「いや、一度戻る。父が馬車をこちらへ回してくれるからな。共に行く」
「分かりました」
王家主催の紳士会に招かれているとなれば、それは相当の栄誉で、当然のように馬車で紳士会のためだと大いなる喧伝をしながら登城する。
馬鹿馬鹿しいことではあるが、貴族としては当然の嗜みのように言われているので、下手に違う動きをすれば攻撃の対象となりかねない。
王城の一室で支度をする、などということをすれば、王族の愛人扱い一直線であることは明白。
「はあ。面倒だ」
おまけに、年頃の娘のいる貴族は、こぞって娘自慢からの縁組を示唆する話をして来る。
「お疲れ様です」
ため息を吐くオリヴェルに、デシレアは心底同情した様子で、もう一度そう言った。
「それでは、オリヴェル様。いってらっしゃいませ」
「ああ。行って来る」
「公爵閣下も、お気を付けて」
「ありがとう」
「オリヴェル様、がんばですよ・・・!」
そんな風にデシレアに見送られ、オリヴェルは迎えに来た父と共にメシュヴィツ公爵家の紋入りの馬車に乗り込んだ。
「ん?温かい」
「暖房を馬車内に持ち込んだのです」
当然と言ったオリヴェルに、父であるメシュヴィツ公爵は大きく目を見開く。
「暖房を?しかし、火は見えないが」
忙しなく瞳を動かす公爵に、オリヴェルが楽しそうに答える。
「自身が熱を持つ魔石を箱に入れて、足元に仕込んであります」
「火災になったりしないのか?」
父公爵が、興味を持った様子ながらも尤もな疑問を持つのにオリヴェルは、おかしみの籠った目で眼鏡の細い縁をくいっとあげる。
「デシレアと協議を重ねましたし、色々試してもみたので大丈夫です」
「デシレアと、か。あの魔法警備も凄かったが、お前から聞いた
「父上。デシレアは、多くの物を考案しますが、法律関係にはとても疎いので、騙されることがないよう気を付ける必要があります」
オリヴェルが言えば、メシュヴィツ公爵は面白い物を見たような目で、一人息子を見つめた。
「それは、お前がしっかり押さえてやればいいだろう」
「もちろんそのつもりですが、デシレアの才覚はかなり突飛です。故に、メシュヴィツ公爵家としてもお願いできれば、更に心強いので」
日頃、余り父を頼らない、というよりも公爵家であることを面倒に思っている節もあるオリヴェルの言葉に、メシュヴィツ公爵は真顔になって頷きを返す。
「もちろんだ。デシレアは、我が公爵家の大切な嫁。名誉であろうと、その身体であろうと、傷つける者は容赦しない」
「お願いします」
真摯に頭を下げる息子に、メシュヴィツ公爵は真摯な瞳で答えた。
「だが、まあ。その心を護れるのは、お前ひとりだがな」
ほっとしたように言うオリヴェルに、メシュヴィツ公爵は再び揶揄うような目を向けた。
「メシュヴィツ公爵令息。一戦如何ですかな」
「これは、宰相閣下。喜んでお相手いたします」
国王主催の紳士会とあって、選ばれて出席している貴族は皆、自分より上位な者、仕事上の繋がりが欲しい者と接点を持とうとしている様子が伺える。
その点だけでも、オリヴェルの想う”くだらない紳士会”とは一線を画していて、オリヴェルは受け取ったワインのグラスを手に、安堵のため息を吐いていた。
これなら、今日は煩わしい事はないか。
いついかなる時も避けられない娘自慢もそのうち始まるだろうが、商売、身上を気に掛ける貴族は、きちんと自分の足元を見ている者が多い。
そんななか、然程の警戒は不要だと思ったところでの、尊敬する宰相からのチェスへの誘い。
しかも、周りには騒ぐだけの煩い取り巻きもいないという嬉しい誘いに、オリヴェルは嬉々として乗った。
「こちらこそ、是非。よろしくお願いします」
二心なく同意すれば、早速と付き従う互いの侍従によって場が整えられていく。
「聞くところによれば、メシュヴィツ公爵子息は、既にご婚約者と同居されているとか。大層仲がおよろしくて、子息におかれては、既に数多の紳士会をお断りになっているとお聞きしております。であれば、今宵は寂しがられたのではありませんか?」
場が整っていく、その様子を見ながら、何かを慮るように、または何かを煽るように言われるも、オリヴェルは予測通りと顔色ひとつ変えることは無い。
「今宵の紳士会に参加するにあたっては、お疲れ様と、それから、楽しい時を過ごせるようにと言ってくれました」
『今日の紳士会が、オリヴェル様にとって、有意義なものでありますように』
そう言って笑ってくれたデシレアを思い出し、オリヴェルは何となくポーンを見る。
デシレアは、クイーンというよりポーンだな。
最高位のクイーンではなく、むしろ最下位のポーンだと評する。
そんなことをすれば、大抵の貴族令嬢はたじろぎ、嫌悪するだろうが、デシレアは違うとオリヴェルは断言できる。
「ご婚約者を、誰よりも信じていらっしゃるのですね」
デシレアを信じ断言するオリヴェルを、宰相は温かな目で見つめた。
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