番外編 バレンタイン狂詩曲(ラプソディ) ~オリヴェル編 2~







 デシレアと言えば鈴蘭。


 鈴蘭と言えばデシレア。


 自分にとって、鈴蘭はだからこそ特別、と精一杯伝えようとしていたオリヴェルは、《毒》のひと言に己の失態を悟った。




 そうだった!


 鈴蘭には、かなり強い毒が。


 これでは、デシレアが毒を含んでいると言っているような・・・いや、待てよ。


 ただ可憐に咲く花よりも、デシレアに相応しくないか?




「オリヴェル様?」


「ふむ。考えたのだが。毒がある。だからこそ、デシレアに相応しくないか?ただ可憐に咲いて愛でられるのではなく、己も他に抗する力を持っているのだから。聞いたことはないか?鈴蘭は、その毒性ゆえに野生動物も決して口にしないと」


 言われて、デシレアは苦笑した。


「あります。葉も茎も花も根も!どっこも食べられない植物。この場合の食べられない、って相手が食べたくても食べられない、っていう意味と、毒があるから食べられないで済む、っていう二重の意味を持つんでしょうか」


「どちらにせよ、最強じゃないか」


「がお」


「・・・・・」


 唐突に、猫が両手を振り上げるように胸の前で構え、『がお』と、確かにそう言ったデシレアを、オリヴェルは呆然と眺める。




 猫・・・?


 いや、今の話の流れから、もしかして野獣か何かの真似なのか?




 思うものの、声にすることなく沈黙したままのオリヴェルに耐え切れなくなったのか、デシレアが両手で顔を覆った。


「うううう。忘れてください。でもだって、オリヴェル様が最強とか言うから」


「それで、あれか?あれでは、最強とは言い難いだろう。せいぜい野獣の子どもだ」


「子どもだって、牙をむけば・・・!」


「俺は、成獣にも負けた事ないがな」


「おお!流石オリヴェル様!やっぱり、お強いんですねえ。魔法も剣も強くて、槍も扱えるとか。最強はオリヴェル様ですね」


 途端に目をきらきらさせて言うデシレアに、オリヴェルは優しい目を向ける。


「誰よりも鍛えた。そして俺は、環境に恵まれていた。それだけだ」


「そうですよね。誰よりも努力する。それなしでは、何も成し得ないですよね」


「っ」


 こういう話をするとき、大抵の場合は環境に恵まれたという方に話は流れる。


 そして、オリヴェルが公爵家の跡取りであるということに繋がっていくのだが。




 デシレアは、本当に。




 公爵家や環境よりも、本人の努力を重視する。


 オリヴェルの事を見てくれる。


 そのようなこと、望んでいるとさえ自覚したことは無かったのに、デシレアの言葉がとても嬉しい。


 そして、そんなデシレアと居ると、自分も知らなかった自分の感情と出会うことがある。




 もしかして、これが翻弄されているというものか?


 だが、悪くない。




「いいじゃないか。表だっては俺が強くて、裏では君が毒をもって制する。それこそ、最強じゃないか」


「オリヴェル様。実際の私は鈴蘭ではないので、毒なんて持っていません。なので、裏でのお役には・・・あ!そのチョコレート!入れてあるのは、ほんとにちゃんとお酒で!毒も入っていませんから!私、本当に毒持ちじゃないですし!」


 途中まで呆れたようにオリヴェルに言いかけたデシレアが、あたふたと両手を振って無実を訴える。


「新しい物を考え、生み出す。それが、君の武器だろう」


「・・・はへ?」


「間抜けな顔と声だ」


 思わず手を伸ばしてデシレアの額をつつき、オリヴェルは満面の笑みを浮かべた。


「むう。遊ばれている感が半端ない。珍獣を越えてのおもちゃ感覚?・・・・・あ、ありがとう。後は、私がするわ」


 ぶつぶつと言っていたデシレアがぱっと顔をあげ、近づいて来る侍女達に指示を出す。


「つやつやしていて綺麗だな」


「チョコレートをかけてあるんです。間には、チェリーブランデーを入れたクリームを挟んであって」


 言いつつデシレアが、そのケーキをオリヴェルの前に置く。


「はあああ。いい。素晴らしい。このオリヴェル様の姿絵も欲しい」


「自由に描いたらいいじゃないか。うん、いい香りだ。この上に乗っているのはラズベリーか?彩もいいな」


「オリヴェル様!?今なんと!?」


「ん?ああ、彩もいいし香りもいい、と」


「あ、ありがとうございます!ですが、その前!その前におっしゃったのは!?」


 テーブルに思い切り乗り出すという、淑女らしからぬ動きにも気づいていないのか、デシレアが必死の形相でオリヴェルに問う。


「その前?何か言ったか?」


 まさか、そこまで喰いつくとは思っていなかったオリヴェルがわざとらしく惚けるも、デシレアの勢いは止まらない。


「言いましたよ!とっても大事なこと!オリヴェル様の姿絵!勝手に描いていいと!」


「そんなもの。デシレアなら、自由にするといい」


「はわゎぁ。ありがとうございます。あ、ではではあとひとつ!紳士会でのオリヴェル様を、何方かに描いていただいてもよろしいでしょうか!」


「紳士会の?」


「はい!私は、行くことが出来ませんので!」


「ああ、なるほど。だが、そちらは少し待て。しかし、俺の絵など好きに描いているのかと思ったが」


 英雄ケーキをほのめかして言えば、デシレアがきりりとした顔になった。


「あれは、きちんと申請しました。衣装なども公式の場で着られていた物にしています。ですが、私が日常でときめいたオリヴェル様を勝手に描くのは、隠しど・・隠し描き?隠し姿絵?ともかく、いけないことではないですか」


「では、正式に許可しよう。人前に出さないというのなら、デシレアは俺を自由に描いていい」


「お邸のみんなに見せても?」


「そんな必要が?」


「描いている時に、見られることはあるかと」


「まあ、その程度なら」


「嬉しいです!ありがとうございます、オリヴェル様。あ、ではケーキをお切りしますね」


 うきうきとした様子でケーキを自分の方へ引き寄せたデシレアは、慣れた手つきでケーキを切り分けていく。


「切らなくてもいい大きさにしようかとも思ったのですが、オリヴェル様と切り分けて食べたくて・・・はい、どうぞ」


「ありがとう・・・うん、旨いな」


 迷わずフォークを入れ、ひと口大に切ったそれを口へと運んだオリヴェルは、満足そうに目を細めた。


「良かった」


「しかしこのチョコレートという菓子、今まで無かったということは、材料が特別なのか?」


「そうなのです。本当に最近なのですが、たまたまエリオス殿下が送ってくださいまして」


「エリオス殿下というと、ニーグレン公爵令嬢の婚約者の?」


「はい。隣国の王子殿下でいらっしゃるのに、エリオス殿下は好奇心が旺盛でいらして、商人としての才覚もおありなんです。今回は、コーヒー豆と一緒にこちらの材料となるカカオを送ってくださいました」


「そうか。あの店のコーヒーは、確かに飲む価値があるな」


「オリヴェル様、飲んだことが?」


「店に行ったからな。元絵も見たと言っただろう」


 オリヴェルが言えば、デシレアが目に見えて落胆した。


「私が居ない時ですね、それ」


「そうなるのか?客席側ではなく、その、裏に居たとかは?」


「いいえ、いませんでした!絶対です!同じお店にいて、私がオリヴェル様に気づかないとか無いですから!」


「そ、そうか」


「はああ。まあでも、こうして出会えましたし、チョコレート贈れましたから、いいことにします。ほんと、エリオス殿下様様ですね。今度、どんなに大量の飴菓子を作れと言われても、笑顔で対応できそうです」


「大量の飴菓子?」


「お国に帰る時とか、すっごく大量に。ご自分がお好きという他にも、きっとたくさんの人に配るのでしょうけれど、ひとりで作るのでほんとに大変で。でもエリオス殿下が喜んでくれるのが嬉しくて、これを貰った誰かも嬉しいかなとか思うと、笑顔になっちゃうんですけどね」


 にこにこと、エリオスのことを気さくに、嬉しそうに話すデシレアを見て、オリヴェルは自分の事のように嬉しく思うと共に、何とも不快な気持ちを抱く。


「デシレアは、自然に殿下を名前で呼ぶのだな。それほど親しいのか?」


「あ、最初は知らなかったのです。ただ店長さんだと思っていて。それで普通に親しくしてもらって、名前で呼んでと言われるままに」


「殿下と敬称を付ける相手とも思わず、ということか」


「はいぃ」


 不敬だと怒られるとでも思っているのか、デシレアが小さくなった。


「一緒に、食事に行ったりは?」


「アストリッド様も一緒に何度か」


「何度か、か。なるほど。それではデシレアは、殿下と提携しているということか?」


「正確には、アストリッド様とエリオス殿下です。あの、オリヴェル様?」


「そうか、分かった。それで今現在、隣国の王子殿下しかこの菓子の材料は得られない状況ということか?」


「おっしゃる通りです。今回、お邸にいただいて来た分も、アストリッド様が分けてくださったもので」


 デシレアの説明を聞きながら、オリヴェルは自身が持つ流通経路と、今動かせる隊商を瞬時に思い描く。




 まずは、そのカカオとやらを入手するすべだな。 


 しかしコーヒー豆と共に送られて来たというのなら、俺が開発した海路が使えるだろう。




「よく理解した。デシレア、俺とも取引、提携しよう」


「はへ?」


 くいっ、と眼鏡の細い縁を持ち上げて清々しく言うオリヴェルを、デシレアはぽかんと見つめていた。



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