推しと契約婚約したら、とっても幸せになりました。
夏笆
一、推しの凱旋
推しが!
推しが凱旋している!!
推しの凱旋!!!!!
神託がおりてより二年。
数多の魔獣、魔族を従え、人間界を席巻せんとした魔王を打ち滅ぼした面々が王都へ凱旋する姿をひと目見ようと、朝から大賑わいだった大通りは正に今、英雄となった彼等を迎え入れて最高潮の凄い騒ぎとなっている。
王子カールと聖女エメリは屋根なしの馬車、魔法師オリヴェルと戦士ディックは馬上にて大勢の歓声を受けているものの、他の三人と違ってオリヴェルの顔に笑みは無い。
そんなところもオリヴェル様らしい、とデシレアはにまにましてしまう。
「デシレア。本当に、あの青銀嫌味眼鏡が貴女の推し?」
前世、人生唯一のよりどころだったと言っても過言ではない推しの姿に興奮し、言語乱れ気味に心の声で叫んでいるデシレアの隣で、紅蓮の髪を結いあげた美少女が大して興味も無さそうに問いかけた。
「はいっ、アストリッド様!あの馬上姿も凛々しい青銀の貴公子、オリヴェル・メシュヴィツ公子息様こそ、我が推しでございます!」
大通りの凄まじいまでの人込み。
そんな人込みの影響を受けず、思う存分推しの姿を堪能できる建物の二階を提供してくれた公爵令嬢アストリッドに感謝しながらも、デシレアの視線はオリヴェルから離れない。
特等席を用意してもらったとはいえ、彼が通り過ぎるのは一瞬。
見え始めから見え終わりまで、絶対に目を離すつもりのないデシレアの熱意を感じ、アストリッドはため息を吐いた。
「青銀の貴公子、ねえ。私は青銀嫌味眼鏡と言ったのだけれど、まあ、聞いていないか」
アストリッドの友人であるデシレアは、伯爵令嬢ながら菓子作りに長け、アストリッドが共同経営するカフェに、ケーキやパイを卸す業務提携を結んでいる仲でもある。
「あんな、嫌味の塊のいけ好かない男が好みだなんて、デシレアは趣味が悪いわ」
「ああ。確かに、背筋寒くなるほど冷たい視線を送ったりなさいますけども!そこも魅力なんです!簡単に靡いたり微笑んだりしない、っていうのが!」
上位貴族同士、オリヴェルとも幼い頃から交流のあるアストリッドが呟くように言えば、振り向かないまま即座にデシレアが嬉々として叫んだ。
「何だ。聞こえていたの。それにしても、分かっているのにそんな所も魅力だなんて理解に苦しむけれど。そんなに好きなら突撃してみたらどう?年回りも合うし、貴女だって伯爵家の令嬢なのだし」
それに、女性側から婚約を申し込むのも普通なのだからお父君に頼んでみては、と言うアストリッドに、デシレアはふるふると首を振る。
「我が家は伯爵家とはいえ困窮を極めていますから、富豪名門の公爵家に婚約を申し込むなど、とてもとても。それに、アストリッド様。推しとは、遠くから見つめて尊ぶものなのです。それはもう、天地を照らしてくれる太陽や星月のように。なので、それ以上を望むなど有り得ません」
好きならば、傍に居たいと願う。
アストリッドの感覚ではそうなのだけれど、デシレアは違うらしい。
前世を覚えている、というデシレアだから普通の貴族令嬢と感覚が少し違うのかもしれない、とアストリッドは、それでも嬉しそうにきらきらと瞳を輝かせて青銀嫌味眼鏡、もとい天才魔法師と呼ばれる英雄のひとりを見つめる彼女を優しく見つめた。
「まあ、お蔭で新商品も開発してくれてお互い嬉しい悲鳴をあげているし、何より貴女が幸せそうだから、それでよしとするわ」
英雄達の凱旋に合わせてデシレアが考えたのは、イラストケーキ。
英雄達の姿を可愛くデフォルメした絵を幾つか用意し、小型のケーキのデコレーションに用いたところ人気を博し、各種連日完売が続いている。
「好評で嬉しいです」
「ええ。でも、今日をピークに売り上げは落ちて行くでしょうから、また新しい何かを考えてくれると嬉しいわ。ケーキでも焼き菓子でも、なんでもいいから」
「はい。アストリッド様」
アストリッドには、困窮する家を助けようと、生活費を得るために苦労している時とても助けられた。
その感謝を胸に、デシレアは青銀の貴公子オリヴェルの、その去り行く馬上姿を見つめ続けながらも、次作へと思いを馳せる。
次、次かあ。
キッシュとか、クレープシュゼットもいいかもしれない。
だってあの青銀に映える陽の光、とてもきれいな金色なんだもの。
とまあ、考えの根本は推しオリヴェルであったけれども。
「アストリッド様。今日は、本当にありがとうございました」
英雄達が通り過ぎ、その姿が遠目にも見えなくなって、小さな光の点となって消える頃。
通りに集まっていた人々もばらけていくのを横目に、デシレアは漸くアストリッドに向き合って礼を述べた。
「いいのよ。喜んでもらえて嬉しかったわ。わたくしはこれからお店に顔を出すけれど、デシレアはどうする?」
「私も行きます」
英雄達のケーキは、今日が最高の売り上げとなる予想で作成したけれど、これまで既に多くの人が買い求めたことを考えると作り過ぎたかもしれないとも思い、デシレアは少し不安になりながらアストリッドと共に店へと向かった。
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