学校にてー或は二千二十四年の日本

和藤内琥珀

高さ10センチ 幅1センチ 竹製

4月8日から4月10日の3日間は戦争である。

新しいメンツの中で自分の立ち位置をはかり、型にはまって生活に慣らす。委員長、ふざけるやつ、観衆、いじめっ子、いじめられっ子。どれに当てられても窮屈だ。少なくとも、私はそうだった。

勝手に見定められるのが嫌だった。ただその人の態度、見た目、行動でこれまでに出会ってきた人間に当てはめて決めつける。本当のその人を知らないまま。相違点なんかをずらりと並べ、あの人は合わないだとかあの人はイイ人だとか品定め。自分は人にどうにかイイように見られようと猫を被る。嘘を付く。その滑稽で救いのない行為が嫌いだ。

だから、何の輪にも入らないようにした。一軍女子のきらびやかで見栄を張った、線香花火の中には勿論入らない。それの対、陰キャがこれみよがしに悲愴感を漂わせ結託しているもの、あれにも入らない。

どれもこれも面倒臭い。私は適度に一人でいたい性分だから、何一つ合わなかった。そんな都合のいい人間はいなかった。


いつものように、朝早くに登校して、一人で誰もいない教室の隅でひっそりと絵を描いていた。きっとこのクラスの人達は誰も知らないであろうゲームのキャラクターの絵だ。強くって、優しくって、人に好かれて、いつも誰かと一緒にいる。私と正反対なキャラクターだった。ぴょんと跳ねたアホ毛が可愛らしい。

私は、絵を描き始めると周りが見えなくなるタイプだ。全く見えていない、というわけではなくて、見えるけれども頭で処理されないような感じである。

静寂に染まる教室の水に、足音が波紋を生んだ。近づいてきているのは分かるけども、話すことによって描くことを中断しなくてはならないことが私は心底嫌だった。だから、何と言われようと返事をしてこなかった。今日近づいてきたコイツも返事をしなければどこかへ行くだろうと思っていた。だが、ソイツは何一つ口に出さず、ずっとつっ立っていた。私のことが邪魔なのかもしれないと思い、椅子を引いてみるも、ソイツはぴくりとも動かなかった。理解できなかった。コイツは何をしているのだろうか。私に用があるのだろうか。いや、それなら既に声をかけているだろう。

何がしたいんだろうか。確かめたくなって、顔をあげた。そこには、一粒の珊瑚珠が輝いていた。これは勿論比喩表現であるが、そう思うほどの、大きな朱い右目だった。左目は、口に触れるほどの長い前髪に隠されていた。色素の抜けた、何色にも染められる純白の髪。その下の、割れのない綺麗な唇は真一文字に結ばれている。

見たことのない子だった。自己紹介は一応全員分聞いていたが、こんな子がいた記憶はない。いたとしたらこんな唐人みたいな子、忘れる筈がない。休んでいたんだろうか。

ともかく名前を見よう、と中学生の時分の癖で左胸の辺りを見たが、校章しかついていなかった。…いや、純粋に訊けばよかろうて。何をしているのだろうか私は。

「おはよう。えっと、名前なんて言うのっ?」

最後のところで変に声が裏返ってしまった。確実に私がコミュニケーションをとることが得意でないことがバレただろう。だから今更なんだという話だが、私とて初対面の人に見栄を張りたいのである。もう失敗してしまったが。きっと呆れて離れていって一軍女子と仲良くなってきらびやかに過ごすんだろう文化祭の出し物なんか引っ張りだこだろう──とそこまで考えたとき。目の前の同級生が初めて口を開いた。

「…月見里。よろしく」

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学校にてー或は二千二十四年の日本 和藤内琥珀 @watounai-kohaku123

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