第2話 入団試験
勢いで出てきてしまったが手続きとか事前準備とか何も知らないが大丈夫だろうか。
広場で呼びかけていた騎士様に聞いておけばよかったと、軽く後悔しながらもオレは足早に城の方向へと進んでいた。
パン屋を出た時の父の表情が頭から離れない。心配と失望、そしてわずかに滲む嬉しさが交錯していた。きっと父も若いころは今のオレのように憧れを持っていたんだろう。
だが、今はそんな感情に浸る時間はない。今日、この瞬間が、騎士になるための第一歩だ。
朝日に照らされたフィルバラード城の塔が段々と近づき、次第にその姿を鮮明に現す。
高くそびえ立つその荘厳さに心が躍る一方で、心臓を縛られたような緊張感がオレをじわじわと締め付ける。
「いよいよだ……」
胸中で小さくつぶやき、拳を握りしめる。
試験会場にはすでに多くの若者が集まっていた。
試験会場は、フィルバラード城の東門をくぐった先にある広大な訓練場に設置されている。この場所は、普段から騎士たちが訓練を行う場所として知られ、その広大な敷地には武器庫や馬小屋、さらには訓練用の標的や障害物が並んでいる。
東門をくぐれば、城の塔は見上げる程に大きくなり、壮大な威圧感を放っている。そして試験会場は、一層の緊張感を漂わせていた。城の守護者として君臨する騎士たちが日々鍛錬する場所で、未来の騎士たちが試されるのだ。銀の鎧をまとった騎士たちが見守る中、試験会場の中央に設けられた大きなテントの前に行列ができている。
「貴族組はこちらへ!」
鋭い声が響くと、華やかな服装をした者たちが一斉に動き出す。ちらほらと女子がみえる、女性は一般的に魔法適正が高い者が多いため魔法師団へ入団するものだと思っていたが、まあそこは色々あるんだろう。
オレはその様子を見ながら、自然と自分が向かう場所を確認する。
「一般市民はこちらへ!」
再び別の声が響き、今度はオレたち市民に向けられた呼びかけだ。オレは大きく息を吸い込み、同じように粗末ではないが質素な服装の若者たちと共に列に加わる。ここに集まったのは、オレと同じく平民の出身者たちだ。互いに緊張した面持ちで周囲を見渡し、言葉を交わすことなく静かに並んでいる。
周囲の同じ境遇の者たちを見て、少しだけ肩の力を抜く。だがそれと同時に、こいつらはライバルであり、戦いはここからが本番だと再び気を引き締める。
3列右に立っていた若者が、ふと手のひらを胸元で上に向ける。その手から薄い光が揺らめき、淡く黄色いエネルギーが小さく渦を巻いた。
「もう魔法を扱えるのか……」
ルーカスは思わず息を飲む。どうやら、その若者はすでに魔法の適性を開花させているらしい。他にも目に入る範囲に何人か、小さな火を灯したり光の玉を出現させたり簡単な魔法を披露している者が見受けられる。オレの心に焦りがよぎる。
オレはまだ、自分の魔力を試したこともない。
この世界にはエーテルという魔力が空気中に流れていて、そのエーテルを司る聖樹が存在する。
人間はそのエーテルを利用して魔法を使うが、人によって適性のある属性と呼ばれるものがいくつかあるらしい。
自分の適性もわからず魔法も扱えないというその事実が、胸の奥に重くのしかかる。だがこの試験で何が起ころうと、逃げるわけにはいかない。自分には、まだ見ぬ可能性が眠っているはずだ――その可能性を信じるしかない。
毎日窯でパンを焼いていたからきっと火属性か土属性だ。
隣に立っていた奴が、ふとオレに視線を向けた。年齢は同じくらいだろうか、鍛えられた腕が目に入る。彼もまた、質素な服を着ている。
「緊張するよな」
声を掛けられ少し驚いたが、すぐに頷いた。
「そうだな」
「トーマスだ。よろしくな」
「ルーカスだ。よろしく」
軽く握手を交わしながら、緊張感を少しだけほぐした。トーマスはふと試験会場を見回し、ため息をつく。
「貴族たちはすでに魔法を使えるやつが多いみたいだな……こっちは何人かが魔法を使えるみたいだが、気が重くなるよ」
その言葉に黙って頷く。すでに魔法を操る貴族たちと、自分たち一般市民。そこにある差は明白だ。けれど、試験はまだ始まっていない。彼は自分に言い聞かせるように口を開いた。
「オレたちもまだわからないさ。これからだ」
その言葉にトーマスは笑みを浮かべた。「ああ、そうだな」
その時、会場全体に響く声が上がった。中央の壇上に立っている騎士団の一人が、大勢の受験者たちを見下ろしている。銀の鎧が朝日に輝き、その姿は威厳に満ちていた。
「ここに集まった勇敢な若者たちよ!今から試験の説明をする、静かに傾聴しろ!」
声は広場の隅々まで届き、全員が騎士団の言葉に耳を傾けた。
「試験は三段階に分かれている。最初の試験は『身体能力』だ。騎士としての基本である力、速さ、そして持久力を測定する。次に『魔法適性』、そして最後に『実技試験』だ。これらに合格し残った者だけが、次の段階に進む資格を得る!」
広場は緊張に包まれた。特に魔法適性の試験に不安を抱く者が多かった。オレもその一人だ。彼はまだ自分の魔法が何なのか、発現させたことすらないのだから。
「最初の試験は間もなく始まる。準備をして、全力を尽くせ!」
壇上の騎士がそう言い放つと、周囲の騎士たちが受験者を引率し、それぞれの試験場へと移動を始めた。
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