氷魔法の弓騎士 ~パン屋の息子は騎士になる~

@anthem0930

第1話 パン屋の息子

夜明け前の冷たい空気が、頬を撫でる。まだ空は薄暗く、町は静寂に包まれていたが、パン屋の窓からはほのかな灯りが漏れていた。ベネットが火を入れた窯の温もりが、狭い店の中に心地よく広がっている。


【フールベーカリー】このパン屋の名前だ。






「おい、ルーカス、まだ寝ぼけてるのか?」ルーカスはオレの名前だ。


父ベネットの声が、オレを我に返す。窯の前でパン生地をこねる父の背中は、大きく、そして頼りがいがあった。




「ああ、ごめん父さん。」


オレは慌ててパン生地に手を戻すが、その心は別の場所にあった。窓の外、遠くに見える城の高い塔をぼんやりと見つめる。




騎士――それは子供の頃から憧れていたものだ。光り輝く鎧をまとい、剣を振るい、王国を守る英雄たち。彼らが凱旋するたびに、その堂々とした姿に心を奪われてきた。だが、自分がパン職人の息子であるという現実が、いつもその夢を遠ざける。




オレはパン生地をこねながら、時折窓の外に視線を投げる。フィルバラード城の高い塔は、どんなに遠くからでもはっきりと見える。しかし、その距離は単に物理的なものだけではないように感じた。パン屋の子として生まれた彼には、騎士になるという夢はあまりにも遠く、現実味のないものだった。




「オレはただのパン屋の息子だ」


何度もそう自分に言い聞かせた。騎士たちの世界は、名誉や高貴な血筋、戦場での勇敢さで満たされたもの。自分の手は生地と粉で汚れ、剣を握るための手ではない。父もまた、自分の生き方に誇りを持っている。パンを焼き、町の人々に笑顔を届けること。それが一番の幸せだと教えられてきた。




父のことは尊敬しているし、この仕事を誇りにも思っている。いつも来てくれる町の人たちも大好きだ。だがオレの心の中には、いつも葛藤があった。


いつも通りの1日が過ぎ、夜になると、一日の疲れが蓄積された体をベッドに放る。体は何もしたくないと言うが、心は何かを渇望していた。




「オレもああなれたら」


自分もあの輝きの一部になりたいという思いが、日に日に胸の中で強くなる。今年で15歳。それは入団試験が許される年齢だから。




しかし、夢はただの夢なのかもしれない。


町の一角でパンを焼き、父親の後を継ぐ――それが現実なのだ。






―朝、店を開く準備をしていると町の広場からいつもは鳴らない大きな鐘の音が響いた。町の人々が目を覚まし、徐々に広場に集まり始める。


「父さん、見に行ってもいい?」


ベネットは一瞬顔をしかめたが、ため息をついて頷いた。「早く戻れよ。」




ルーカスはエプロンを外して外に出た。広場にはすでに多くの人が集まっており、そこに立っていたのは騎士団の使者だった。使者は王国の危機を告げ、若者たちに騎士団への入団試験の参加を呼びかけた。


「このフィルバラード王国を守るため、我々は新たな勇者を求めている!」




その瞬間、自分も――この時代に生きる騎士になりたい。そう強く感じた。




だが、店に戻るとベネットの返答は予想通りだった。「ダメだ。店を継ぐのがお前の役目だ。騎士様は立派だがお前になれるとは思えん。」




オレは、父の目をまっすぐ見た。「入団試験だけでも受けさせてくれないか?」




部屋には沈黙が流れたが、しばらくして父は再びため息をつき「わかった。だが今回だけだぞ。」


「ありがとう、父さん」


言うや否やオレは店を飛び出した。

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