こうして僕は、君の夫になった

レッサーカワウソ

二年生前半編

第1話 解き直し

 高校生って、今思い返せば人生で一番成長する時期ともいえるんじゃないだろうか。それまでの「子供」として過ごしてきた生活が少しずつ変わっていって、卒業するころには立場は成人、大人の仲間入りだ。

 自分の高校生活を思い出すと、いかにだらだらと過ごしていたかを実感する。それでも、友達は多くできて、彼らのおかげで俺も少しは成長できたかな...なかでもやっぱり一番はあの子だろう。彼女のおかげで、あれ、なんでこんなこと思い出すんだっけ。


「おい新郎!」


 いきなり肩を激しくたたかれて、一気に覚醒する。そうか、今日は結婚式だ。


「準備しながら寝てるなんてずいぶん余裕じゃないか」


 人をいきなり叩いておいて朗らかに笑う親友の慎太郎の顔をみて、


「昨日緊張して寝られなかったんだよ」


 と笑いながら返す。


「でもそうだよなあ。涼太たちの紆余曲折を知っている俺からしても、感無量だぜ」

「思い出すなよ」


 恥ずかしさから俺がそう言い返しても、慎太郎は話すのをやめない。ほんと、おしゃべりな奴だ。


「高校二年生のとき同じクラスになってさ……

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「御子島涼太、御子島涼太、とあった!B組かあ。慎太郎、お前は?」

 本宿ほんじゅく高校に入って1年がたち、クラス替えの季節がやってきた。配られた名簿と新クラスが書かれた紙とにらめっこしながら、俺、御子島涼太みこじまりょうたは自分のクラスを見つけた。


「あ、おれもB組だ。なんだ、またお前と一緒かよー」

「照れんなよ、嬉しい癖に何言ってんだ。」


 どうやら親友の神津慎太郎かみつしんたろうも同じクラスだったらしい。初対面はあんまり得意じゃない俺にとっては見知った顔がいるのは相当心強いので、今年の出だしは順調というところか。去年のクラスでは、最初知り合いが全くいなくて苦労したのを思い出す。


「俺達もついに2年生かぁ。入学したのがついこの前みたいに感じるのに、気づいたら後輩がいっぱい入ってくるんだよなあ」

「制服を着なれない感じの子がいっぱいいるもんな。まあ俺達もそうだけど。慎太郎のネクタイ曲がってるし」


 慎太郎とじゃれあいながら玄関を通り抜け、クラスのある4階へと向かう。比較的校則の緩いうちの高校は普段は私服で来ることも認められているので、出会う生徒がすべて制服を着ている光景は、式典の日以外は見ることができない。なんだか少し重々しい雰囲気が、校内を覆っている。


「高1のときはクラスが五階だったから、ちょっとは楽になったな」

「毎日遅刻ギリギリを攻めている俺にとっては好都合だ。これで10秒は短縮できる」

「涼太、去年は何回も遅刻しかけてスライディング入室してたもんな。あんなきれいなヘッドスライディングは、野球部の俺でもできないぜ」

「リアルに、毎日駅から走っているお陰で持久走のタイムも上がったんだ」


 ドヤ顔で俺がそう返すと、慎太郎が豪快に笑う。俺と慎太郎は一年生の時に同じクラスで、席が近くなってから一気に仲良くなった。部活も趣味も違うけど、気が合った俺達は一緒に行動して、遊んで、沢山怒られてきたものだ。よくまた同じクラスにしたな、先生も。


 階段を登り切って踊り場で少し休みながら話していると、いきなり慎太郎が俺の後ろをみてびっくりした顔をする。疑問に思って後ろを振り向くと、俺の顔に本の背表紙が迫ってきていた。


「聞き捨てならないことを言ったわね。涼太、あんた今年は遅刻しないってご両親の前で宣言したんじゃないの?」

「いって、て凛音かよ。いや、あれは、そう冗談だ。緊張をほぐすためのな」


 涙目になりながら俺が弁解すると、目の前の少女はフンっと鼻を鳴らした。


「涼太、この子は?」

「あそっか、慎太郎にはいったことなかったっけ。この暴力的…じゃなくて優しい子は俺の幼馴染の凛音だよ」


 また叩かれそうだったので慌てて訂正する。凛音はニコッと笑って慎太郎の方に向き直る。


「初めまして、あなたが慎太郎君ね。涼太からよく悪友エピソードを聞かされているわ。私は夕篠凛音ゆうしのりおんよ」

「涼太、俺のことをどんな風に紹介してるんだ?俺は神津慎太郎だよ。よろしく夕篠さん。」


 自己紹介をしあう二人を尻目に、そういえば親とそんなことを話していたな、と思い出す。小さい時から親同士が仲良く、保育園に入ってから今にいたるまで家族ぐるみで付き合っている凛音のもとには、うちの情報が基本的に筒抜けである。


「涼太のお母さんが、遅刻するたびにお小遣いを減らすって言ってたわよ。明日からもっと早く起きなさい」

「それほんと!?なんで俺の知らない情報を持ってるんだ、それも超重要な。いやしかし、俺は朝が弱すぎるからな...一カ月くらいでお小遣いがマイナスになる未来が見えてきた」

「どんだけよ。でも、あんたのお母さんにも毎日起こしにきて学校に連れてってほしいって頼まれたわね」


 苦笑する凛音はさておき、俺の脳はフル回転する。女子に引きずられながら学校に行くなんて、一生の不覚である。後輩に見られれば、尊敬される先輩になるという夢も露と消えるに違いない。世が戦国の時代なら、その場で介錯を頼むかもしれない光景である。そんな恥を背負うわけにはいかないので、俺が出した返答は勿論……


「お願いします!!!」


 バイトできない高校生にとって、お小遣いは文字通り生命線である。仕方ない。うん。


「涼太のプライドがなさすぎる!!立派な先輩になるというくだりは何だったんだ!?」

「まあ名誉の勲章ってやつだな。男には耐え忍ぶべき場面がある...」

「何言ってるのよ、まあ私は家を出るのが少し早くなるだけだからいいけど。そういえば涼太たちは何組なの?」

「俺たちは2人ともB組だよ。凛音は何組?」


 俺がそう聞くと、凛音は不敵に笑った。


「ああ、じゃあみんな同じクラスなのね。私もB組よ」


 どうやら今年は知り合いが多いにぎやかなクラスになりそうだ。これで涼太を監視できるわね、と意気込む凛音の様子を見て、今年は去年のようにのんびりとした学生生活を送れないことを悟った。

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