第25話『目標を掲げ決死の覚悟を』

 不穏な叫び声の元へ駆け着くと、そこには腰を地面に突きつつ後退している2人と――。


『グワァアアアア』


 雄叫びを上げる、四足状態でも見上げるほどの大熊の姿が。


「ヤバい、ヤバいって!」

「お、おしまいだ……」

「早く立ち上がりなさい」


 おぉ、リンがこの中で誰よりも勇ましい。

 2人が言っている通り、めっちゃヤバそうな展開だけどこっちには3人も魔法を使える人間が居るんだから、共闘すれば問題ないでしょ。


「ああ!」

「おう!」

「いくよ!」


 それぞれが手元に攻撃となる、風や水、水風船みたいなのを発現させ始める。

 対する熊さんは、ありがたいことに警戒体制のままこちらの出方を窺ってくれていた。


 というか、どこかで見たような気がする熊さんだけど、ああ――あのときのか。

 だけどちょっと違うような? いや一緒か?

 デカい熊って印象しか残っていないから、気のせいかもしれない。


 どっちにしても、守護の力で回復させちゃったから、あのとき殴った跡とか衝突した跡は残っていないから確認できないんだけどね。


「え……」

『……』


 えぇ……こういう展開になっちゃいます?

 3人の魔法が飛んでいったが、まさかのノーダメージみたいな反応をしている。


「うぐっ」

「いてて」


 ゴーレムに吹き飛ばされたときの痛みがぶり返したんだろう、2人は脇腹や胸元を抑えながら片膝を突いてしまった。


「ねえちょっと、今はヤバいって。立って!」


 非常にヤバい状況だというのは、熊さんが徐々に鼻息を荒くし始めているから誰でもわかる。

 さてどうしたものか。


 たぶんだけど、あの2人の魔法攻撃は全くダメージを負わせていない。

 頼みの綱となるリンの攻撃が、辛うじて体毛を削った。

 このまま一ヵ所に集中攻撃すれば、たぶん致命傷を負わすことができるだろう。

 だが、熊さんの攻撃をかわしつつ的確な攻撃をしなければならないというのは、この状況下では絶対に不可能。

 2人が狙われたら終わりだし、そもそもあんな長い腕と爪や突進を回避すること自体が必死にやらなければならない。


 絵に描いたような、絶望的な状況。

 まさにピンチ。

 リンが背負っているものをなくすため、ここがお披露目チャンスなのでは!?


「――アッシュ、逃げて」

「え」

「2人はどうしようもできない。でも、私がなんとか足止めする。私が護るって、そう決めたから。だから――」


 リンは有言実行しようと、震える声で、震える体で、震える足で勇気を振り絞っている。

 俺を大切な存在だと思ってくれているからこそ、庇護しなければならない対象だと思っているからこそ――そして、あのとき何もできなかった自分への贖罪として、俺へ報いるため。


 そんな彼女の意思を尊重するのが正しいんだろうけど……。

 だが気持ちをにじってしまう結果になったとしても、魔法発現の奇跡を起こそう。

 とは思っていたけど、なんか違う。


「リン、逆だよ。2人を連れて逃げて」

「何を言ってるの?!」

「いつまで熊さんが待ってくれるかわからないから、納得して欲しい」

「するわけないでしょ!」

「俺は3人と違って体力があるし、身体能力には自信がある。それはリンが一番知ってるでしょ?」


 まあ、どれだけ理由を並べても清く納得はしてくれないよね。


「それに、逃げているときもゴーレムと遭遇戦になるかもしれない。まともに走れなさそうな2人だと更なる悲劇を招く可能性があるけど、リンが居たら大丈夫でしょ。そして、それが一番生全員の生存確率が高い」

「そ、それはそうだけど! ゴーレム相手だったら死ぬことはないから――」

「言うことを聴いてくれ。俺の夢や目標は知ってるでしょ」


 あの強盗に襲われたときだって、そうしたように。

 俺は誰かや大切な人を護るために鍛え、行動する。


「それは……」

「いいから、行って。行って! 早く!」


 ごめん、リン。

 今だけは、どうしても聞き分けよくいてくれ。

 その目に溜まっている涙の代償は後で必ず払うから。


「ほら早く!」

「絶対に、絶対に生きて。こいつらが安全な場所に置いたら助けを呼んでくるから」

「ああ、それまで森のくまさんと追いかけっとして遊んでるよ」

「もう、バカ! ほら、さっさと立って! 死ぬ気で走って! 早く!」


 よかった、これでいいんだ。

 2人は散々な言われようだけど、まあ意気地ないのが悪い。


 この状況は、危機的状況に陥ってしまったヒロインや仲間を助けるべく、強敵を前に主人公が囮やしんがりを務めて仲間を退避させる状況。


「さて、今の今まで待っていてくれてありがとう熊さん」

『グウゥ』


 さっきの表情から変わり、獰猛な牙が露になる。


 その明確な敵意に対し、俺はキリッとした表情と目つきで右拳を突き出して。


「誰かを護るために、決死の覚悟で挑まなければいけない」


 よし――決まった。


 そう、これこそが『男にはどうしても立ち向かわなければいけないときがある』だ!

 アニメとかで観ていたとき、あまりにもカッコよすぎるし憧れてたからやってみたかったんだよね!


「まあ、ここまで茶番を邪魔せずいてくれた時点で察したよ。熊さん、あのときの熊さんのお父さんかお母さんとかでしょ」

『グルルルルルゥ』

「獰猛な牙がさらに剥きだされたってことは、そういうことだよね。傷は治してあげたんだから許してほしいんだけど、まあでも自分の子供が酷い目に遭って怒らない親族はいないよね」


 だから、まずは誠意を示そう。

 俺は両手を脇に揃え、深々と頭を下げる。


「あのときは、力を試そうと自分勝手な行動をしてごめんなさい!」


 熊さんだから言葉で返事はないけど、まあこれで許されるはずはないよね。

 だけどこれで覚悟を決める前の俺の心残りは消えた。


 今の俺は、護る人のためには力を使うと決めたんだから。


「謝罪は果たした、もう手加減はしない。ああ、あと感謝する」


 頭を上げ、もう1つの計画が成就する方向に進んでくれたことに感謝を告げる。


 なぜなら俺が今1番欲しい時間を確保できたから。

 熊さんには悪いけど、この場は一瞬で終わりにする。

 そして、3人と合流してカナリ救出へ向かう。


 この出会いは偶然なのか必然なのかわからないけど、ごめんね。


「ここからは裏の時間だ――」


 いつもの、スーツ・コート・ハット・仮面などなどを身にまとう。

 スッと出せてスッと消せることができるこのシステム、あまりにも便利~。


「一応、察知されたくはないから周囲に結界を張って、と――ふぁっ!?」


 拳に魔力の糸を纏わせ守護の力を込めている最中、思い出した。


「どうして、ここぞって場面なのに必殺技の名前を考えておかなかったんだ!!!!」


 いろいろと忙しかったり別のことを考えていたせいでもあるけど、なんたる不覚!


「今から何が起きるのかわかってないような表情をしているから、もしかしたら考える時間をくれたりする……?」

『グワァア!』

「わけないか、しょうがない。痛みなど感じない、一瞬で終わらせる――」


 空中を殴るように振りかぶり、石を飛ばすイメージで光をぶっ放す。


『――』


 一瞬で大熊は消滅し、辺り一帯も吹き飛んだ。

 そして、まさかの収穫を得る。


「攻撃に使う光って、結界に吸収されるのか。そして、結界が消えると当時に体へ戻ってくる、と。興味深い」


 いけないいけない、感心している場合じゃない。

 せっかくできた時間を有効活用しなければ。

 森の被害は……まあこのままでいいか。

 被害が大きいように見えれば、捜索が始まったとしても時間稼ぎができるからね


 よし、拠点へ高速移動だ。

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