第15話 願いへ続く道

 ニオが封印されている場所へは、ユウの案内があれば数時間で辿り付ける。


 ただ、ユウはその道中に多くの魔物の気配を感じ取っていた。ニオの封印を守るように、上位種の魔族も複数いるという。


 だが知った事ではない。ここまで来て、これだけ心強い味方がいるのだ。

 身体への負荷が強いアステリオンを使った”とっておき”もある。


 ならば正面突破だ。下手に隠れてもユウの魔力は感知されてしまうだろうし、魔王だって血眼になって探しているだろう。


 隠れながら進んで防備を固められる前に、俺たちを探して魔物たちが散り散りになっている間に突撃してニオを助け出し、そのまま魔王を倒したら迷宮の外へ逃げる。


 エンシェントエルフのユウと、同じく当時を知るニオ。それと剣聖の俺が魔王の首を手にして人々に真実を告げれば、ジークや国王たちは民が裁いてくれる。


 だからもう、しばらく難しいことはなしだ。考えるべきことは、ニオを助けるために最大の障害となるだろう魔王とジークがどこにいるかだ。


 魔王はグリモワール大迷宮の主としてここに残っているだろうが、ジークはどうか分からない。

 俺への執着は、あくまでアステリオンを手にしたいがためだったので、少し馬鹿にされたくらいで、ここに残っているとは考えづらい。


 だが、魔王と共に待ち構えている可能性だってある。ということで、ユウと共にグリモワール大迷宮の中を魔物たちと戦いながら進む道中、人型の魔物に剣を突き立て、睨みつけながら問いかけた。


「テメェ喋れるな。一応聞いておく、魔王と勇者はどこにいるか知っているか」


 足の健を斬り、立つこともできない魔物の首元にアステリオンを突きつけながらの問いに、上位種の魔物は狼狽えながら「し、知らねぇよ!」と必死の形相で答える。


「魔王様はお姿を隠されてしまったんだ! それに勇者だって!? そんなの俺たちが知るわけ……」

「そうか」


 最後まで聞く必要がないと分かり、とっとと斬り倒す。そうして返り血に濡れた姿に魔物たちが恐怖からか動けなくなってるが、知った事ではない。


 アステリオンを向け、睨みながら言ってやる。


「どうした、死にたい奴からかかってこい。俺は急いでんだ……”色々とな”」


 二年間探したニオの救出、俺を裏切ったジークへの復讐、元凶たる魔王との戦い。


 全てを終わらせるため、俺は今こそ、俺の中にある荒っぽさを存分にさらけ出す。


「来る気がねぇなら、こっちから行くぞ!」


 悲鳴を上げる連中に突っ込むと、ひたすらにアステリオンを振るった。上級種だろうが低級の魔物の群れだろうが、十年間基礎を学び、二年間死に物狂いで腕を磨いた俺に勝てる奴はいなく、攻撃を当てられることもなかった。


 アステリオンによる身体能力の強化を普段以上に引き出し、即座に適したエンチャントにより戦う。ユウもまた、剣で届かない相手を魔術により倒してくれている。


 「あの女、最上級魔術を詠唱なしで連発してやがる!」「属性も全部違う! こんなの防げるか!」「あんな化け物共に勝てるわけねぇ! どうしろってんだ!」と魔物たちが悲鳴とも命乞いとも呼べるような断末魔と共に散っていき、やがて殲滅した。


 顔を振るうと、血が飛び散る。魔物の血のようで、突っ込んでアステリオンを振り回していた俺は、すっかり返り血で真っ赤に染まっていた。


 そんな俺を見て、流石のユウも顔を引きつらせながら、水の魔術で血を洗い流してくれた。


「つ、強いですね……というより、容赦がないと言いますか……ちょっと怖いような、残酷すぎるような……」

「さっきも少し話したろ、甲冑野郎との戦いはお前を抱えながらだったが、自由に動けるなら何も問題ないってな」

「問題ないどころか、私の援護いりませんよね……ああでも、そういうお強いところも、魅力の一つです。なにもかもカイムになら委ねられそうで、昔はずっと戦ってばかりだった私からすると、本当に魅力的……」


 顔を引きつらせていたと思ったら、いつの間にかトリップしていた。

 まぁ、これだけ戦えるのなら魔王相手でもなんとかなるだろう。しかし、もしもジークや想定外の相手が待ち構えていたら対処しきれるか分からない。


 この二年、俺の無茶な戦いに付き合える奴がいなかったが、ユウとなら共に戦える。

 俺が前衛として前に出て、ユウが後衛として援護する今の形は維持するべきだ。


「確認するが、まだ魔力は残ってるか? 俺もまだとっておきを隠してるが、相手が相手だけに、お前の手の内も把握しておきたい」

「そうですね……これくらいなら、丸一日戦い続けても余裕です」

「俺は魔術に疎いが、そんなに使えるのか?」


 アステリオンのせいで最下級魔術も使えないことは教えてある。そういった事情も分かったうえで、ユウは余裕の笑みを見せた。


「先ほどから私の時代で言うところの上級魔術を数十発撃っていますが、魔物の反応からするにこの時代では魔術の体系が変わったのか、レベルが落ちたのか、最上級魔術扱いに変わったようです。その程度で手も足も出ず倒せていますから、あんな弱い方々の相手ならいくらでもお任せを。どんな強敵が現れても、なんでしたら神話級の魔術で対処して見せます」

「神話級? なんだそりゃ」

「流石にこの時代では廃れていますか……なんと言いますか、簡単に言い表すなら発動に対しる衝撃や影響が桁外れすぎて、神の怒りと恐れられた魔術の事です。私でも日に一、二発が精々ですし、発動に時間がかかりますが、当たって生きていられる生き物は存在しません」


 魔王もか? と聞けば、ユウは頷いた。しかし魔王相手では、放つ事はほぼ不可能であり、当てられることはありえないという。


「そんな大層な魔術があったとはな。俺の付け焼刃の知識じゃ、とても魔術の神髄になんて踏み込むことは無理そうだ」


 俺の反応に、ユウはいくらか考えるそぶりを見せてから首を傾げると、俺に疑問をぶつけた。


「あの、神話級の魔術もですが、無詠唱も異なる属性の魔術の連射も結構すごいと思うのですが、カイムは驚かないのですね」

「生憎と、アステリオンを手にする前から魔術とは縁がなくてな。使ったことがないし練習もしたことないからどれだけ凄いのか分からねぇ」


 今言った通り「付け焼刃」程度になら知識として知っている、と付けたしてから、先へと進む。まぁ難しいことは分からなくても、それだけの力が集まっているのなら、俺のとっておきも使わずに済むかもしれない。


「とっとと助けて、魔王倒して全部終わらせるぞ」

「はいっ!」


 ユウの返事を受けてから、俺たちはニオの待つ場所へと急いだのだった。



 ####




 あれから幾度かの戦いの末、ユウが封じられていた一角のような鉄の壁に包まれた大部屋へと出る。


 見上げるような天井と大草原のような間取りの部屋の奥には扉があり、ユウは目を細めると、「あの先です」と口にした。


「あの先に、もう一つ開けた場所があります。ニオはそこにいるでしょう」


 ユウは、ニオの名を出しても変に感情を隠したりしない。やけに冷たい声音で口にするようになった。

 やはり二人の間には何かあるのだろう。だが約束通り、嘘をついていない。


 それはいいのだが、妙なことがある。


「魔王の姿がねぇな。流石に俺でも近づけば魔力でいるかいないかくらいは分かるんだが……」


 少なくとも、この大部屋にはいない。だとするなら、扉の先だろうか? ニオを助けに行くと行動を読んで、先回りしているのだろうか。


 それについてユウへ聞こうとした刹那、頭の上からおぞましい気配を感じ、気づいていない様子のユウを抱きかかえて飛び退く。


 次の瞬間には、目の前に巨大な、まるで一つの山のような羽根のない龍――地龍が落ちてきていた。

 上を見ると、これまた馬鹿でかい召喚の魔法陣が形成されている。


「おいおい、デカすぎんだろ……どこを斬れって言うんだよ……」


 地龍は、もはやゴーレムなんかとは比べ物にならないほどに大きく、前足一つで二階建ての家屋すらペシャンコだろう。


「あのままだったら潰されてたな……おい、奴の接近を気付けなかったのか?」


 召喚陣の形成を察知するくらいはできると思ったのだが、ユウは苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。


「この龍、知ってます。私が外にいた遥か以前から暴れまわっていた「山喰らいのグルトン」という龍です」

「あの化け物の事か……」


 グルトンという地龍については、過去の文献で読んだことがある。


 なんでも数千年前から存在し、数多の山や森を踏みつぶし、数えきれない種族を滅ぼしてきた化け物だ。


 記憶がたしかなら山に擬態し、魔力感知で探すことも難しいと聞く。

 しかし魔王に使役されたと記録に残っていたので、奴は近くにいるのだろう。


 とはいえ、だ。


 ニオを前に、とてつもない化け物と戦わなくてはならなくなった。


「……カイム、一度撤退を進言します」


 ユウが神妙な顔つきで言うが、俺は首を振って無理だと返した。


「このデカブツが落ちた衝撃で、出入口は封じられちまった。下手にどかしてたら、攻撃喰らってやられちまう」

「ですが! グルトン相手では、私の魔術はおろか、アステリオンでさえ……」


 そう唇をかみしめたユウに、俺は溜息交じりに頭をポンと叩き、心配ないと返した。


「ここまで来て諦めるのか? 俺の目的も、お前の目的も、目の前じゃねぇか」

「カイム……」

「なに、こういう化け物を倒してきた過去の偉人はよく言ってたぞ。”どんな奴でも死ぬ”ってな」

「しかし、どうやってダメージを与えるというのですか!? 私には、とても……」


 まぁ実際、目の前に山のような龍が現れたら誰だって怖気てしまう。

 倒せる相手でも、その弱点も攻略法も見えなくなる。


 そんな時こそ、無理やりにでも希望で照らすのだ。


「仕方ねぇ、やるか」


 本当は使いたくなかったが、アステリオンを使った本気の戦いをする時が来たようだ。


 デカブツへ向けてアステリオンの切っ先を向けて、言ってやる。


「長生きもここで終わりだ。悪いが退いてもらう。こっちは、ニオのところへあと一歩なんでな」


 スゥ、と息を吸い込み、アステリオンに意識を集中させる。


「……もってくれよな、この身体」


 アステリオンを手に、続くのは英雄譚に出るような気取った台詞でも、大魔道師の唱えるような派手な詠唱でもない。


 ただの脅しだ。


「“手を貸さねぇと捨てるぞ、アステリオン”」


 唱えると、アステリオンから黒い魔力がのた打ち回る蛇のように発せられ、俺の身体へ這うように絡みつくと、やがて強く締め付けた。


「グアッ……!」


 激痛と共に、俺の身体には魔力の這った跡が黒く刻まれる。

 同時に、身体中に力と魔力が満ち溢れた。


 ジークが手放し、ニオですら手にすることに苦痛を覚えていた、あの黒い魔力だ。


 それはアステリオンの闇の力であり、本来認められぬ者を拒むための強力なものだ。

 逆に認められた俺が使うからこそ、アステリオンは本心から力を貸しているのではなく、「死ぬほど痛いだろ、だから捨てるなんて撤回してくれ」と訴えているのだ。


 だがこれが、希望の光たる魔力と拒絶の闇である魔力を同時に使い、何のために造られたか知らないが、圧倒的な力を持つアステリオンの本気を引き出す唯一の方法なのだ。


「おい、ユウ、先に言っておくが長くはもたねぇ。だから……」


 黒い魔力を発しながら神々しく光るアステリオンを手に、激痛の走る身体で身構える。


「可能な限りダメージ与える。その後は頼んだ」


 こんなのはもう、ヤケッパチの開き直りだ。


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