第6話 歪められた真実
「なぜ? なぜ? なぜ? どうして助けたのですか? エンシェントエルフですよ?」
さっきからずっとこの調子で、ひたすらに問いかけてくるが、ひとまず懸念していたようなことはないようだ。
「――とりあえず、鎖を解いたら急に老化して死ぬとか、内に秘めてた悪意が暴走して手が付けられなくなるとかじゃないみたいでよかったか」
ユウは己の身が自由になり、これが現実だと悟ったかのようにハッとしてから、俺に詰め寄り「なぜ、なぜ」と繰り返している。
あの鎖は何だったのか。斬れないとか言っていたが、別にただの鎖だったから普通に斬れたのだが。
とはいえ何のために、こんなところに一人で幽閉されていたのか。
なぜ死にたがったのか。いったいどれだけの年月ここに居たのか。
聞きたいことはこっちの方が多い。だが鎖を断ち斬ってやったユウは、自由になったからか、先ほどより感情が表に出ている。暗くて気付かなかったが、顔も身体もハッキリ見える。
二百年はここにいたというのに、その白く短い髪はフンワリとした不思議な柔らかな印象を抱かせ、感情が表に出たからか、暗闇で離れて見るより瞳がハッキリ目に出来た。
伏せられているような垂れ気味の瞳であり、二重にして、緑と思っていたが、ややくすんでいた。
王都で何度か見てきたエルフの奴隷のように小汚くなく、雪のように真っ白な肌は綺麗で、なんというか、少し弱気な、ただの女の子にしか見えない。
祝福でもかけられていたのか、茶色いローブと白いシャツ、それから黒い革のズボンも状態の良いまま身に着けている。金持ちの好事家がエルフを奴隷ではなく嫁として娶ると聞くが、その場合はこういう感じになるのだろうか?
しかし、なぜ、なぜと問いかけてくる姿は別だ。自由になったのだから、どこへなりとも行けばいいというのに、俺にすがるよう、なぜ自由にしたのか問いかけてくる。
いい加減鬱陶しいので、少し引き離しつつ、こちらから聞き返してやった。
「じゃあなんで助けちゃ駄目なんだ。確かにエルフ族への偏見は強いが、エンシェントエルフなんだろ? 邪魔する奴は押しのけて、こんな地下から脱出して、どこか遠い森にでも行けば自由気ままに暮らせるだろ」
不可能ではないはずだ。成り行き上、ここからの脱出は俺と行動を共にするかもしれないが、外に出てしまえば失った時間を取り戻せる。心の傷だって癒せる。なんなら海の向こうの国にでも行って、エルフ族への偏見がないところを見つければ、幸せにだってなれる。
二百年以上生きているのだ。それが分からないという事もあるまい。
しかし、ユウはフルフルと首を振るって、次第に涙を流しながら、とても苦しそうな声を出した。
「私は、存在を否定されたのです……! 世界のために尽くし、人やエルフのために尽くし、この身を自分以外の全てに捧げても尚……世界も、人も、エルフも、魔族ですら、私を否定し、不必要と捨て、虐げ、絶望だけを与えて、この暗闇に封じられたのです……!」
紡がれる言葉は、とてもではないが、簡単な慰めが通じるような物ではなかった。
かける言葉も見つからず、震えるように泣くユウを目にしながら、ようやく口に出来たのは、「なにがあったのか」という、たったそれだけの言葉だった。
ユウは涙を流しながら、「私は不要な存在」と口にし、数百年前の出来事を少しずつ語る。
その様は、まるで告解のようだった。神を前に、どうか赦してくれと頭を地面にこすりつける程に苦しげなものだった。
だが告解が神に許しを乞うために行われるものだとしたら、俺はそれを聞く者として、一つ一つしっかり聞いて、頭の中で咀嚼し、罪を赦すか考えなくてはならない。
なにより苦しみながら泣くような目に遭わせてしまった贖罪をしなければならない。
しかしユウの語った”真実”は、赦す、赦されるといった、簡単な事ではなかった。
語られてきたエンシェントエルフの逸話は、全て虚構だったのだから。
「……少し、頭の中で整理させてくれ」
そう言い、頭の中で語られたことを整理する。
まずエンシェントエルフは、そもそも亀裂の入り始めていた人間族、魔族、亜人族が争わないように世界を奔走していたのだ。その過程で今の世に語られる逸話は、「争いを望む者」たちによって歪められたものだった。
エンシェントエルフの力は、逸話にあるような恐ろしい災厄をもたらすものではない。
もちろん強力な魔術は使えるが、ただ他の種族には見られない特殊な魔術を得意とし、エルフ族の中でも希少種であり、果てしない時を生きる。
当時からしてユウを含め数十人しかいなかったが、エンシェントエルフはエルフ族の中では長として崇められていたそうだ。
当時幼かったユウも同様で、エルフ族のために勉学に励んでいたらしい。
そんなエンシェントエルフと、ユウのように男女ともども見目麗しいエルフ族を、争いを望む者――現在の魔王と、当時の人間族の国王が利用した。
裏で手を結び、その特異な力と美しい見た目を使って争いを止める手助けをしてくれと頼んだのだ。
かつての心優しいユウや他のエンシェントエルフたちは了承し、エルフ族を連れて世界中で争いを止めさせていった。
最初こそはエンシェントエルフの力で「戦う力を奪い、戦いを終わらせた」。
エンシェントエルフの力は複雑なものであり、言葉にするならば「あらゆる物質が秘める”要素”の移動」だ。
この要素の移動というのが、簡単に例えるなら、剣士と魔術師が戦う様子を思い浮かべると分かりやすい。
剣士の剣から硬質さと鋭利さという要素を魔術師の杖に移動させる。
魔術師の杖からは魔力という要素を剣に移動させる。
すると、途端に剣はエンチャントという形でもなく、魔術の触媒でもないのに魔力を宿し、切れ味も硬さも失って剣としての役割を失う。
杖は魔力を失い、鋭利さと硬質さを得ても、魔術師に扱える品ではなくなる。
限度こそあれ、そういう方法で戦いを終らせてきた。抵抗するなら、付き従ってくれたエルフたちが弓や魔術で黙らせた。もちろん威嚇だけで、決して攻撃はしなかったという。
「無血で異種族間の争いをなくす」。そのために、心優しいエンシェントエルフと付き従ってくれたエルフたちは身を捧げた。
あらゆる戦場、あらゆる力、それらをコントロールし、戦いを終わらせた。
だがそれらは、魔王と国王の陰謀によって悲劇を辿う運命だった。
エンシェントエルフたちには、敢えて「亜人族」が戦力を失うように行くべき戦場を知らされていたのだ。
亜人族は、人間族でも魔族でもない小規模な種族の相称だ。決まった行動理由や理念はなく、何をしでかすか分からない。
そのくせ力と種族ごとに違う思考はあるので、人間族にしても魔族にしても、邪魔だったのだ。
そんな亜人族を、魔王と当時の国王は「この地を荒らす害獣」だと決めつけた。
そして比較的数の多いエルフと強力なエンシェントエルフを利用し、亜人族全体の戦力の弱体化を行った。
そしていつしか、抵抗する力を失った亜人族は衰退の一途をたどり、現在のように奴隷や農奴として扱われている。
最後には人間族と魔族が結託し、残ったエルフ族を蹂躙したのだ。
なりふり構わず亜人族を攻撃した「蛮族」として、共通の敵としたのだ。
全ては一部の人間族と魔族が戦っている”フリ”をすることで、両種族の更なる繁栄のためだった。
人間族は魔族という一種類の敵のために統一された武器や防具を造る事で経済を効率的に回すために。
魔族は暴れることしか能のない、魔王の命令も聞かないような魔物をそういった武具で武装した人間に駆除させ、統率を取るために。
これが、当時の魔王と国王が秘密裏に作り上げた”シナリオ”だ。
勇者もまた、「魔族は悪であり、倒すべき敵」だと、人々に思い込ませるための駒に過ぎなかった。
そしてこのシナリオは、ジークが語ったように、今もまだ続いている。
そのシナリオの裏で、エンシェントエルフは同族であるエルフ族からも、仲間だった亜人族からも、恨まれ、憎まれ、存在を否定された。
今まで笑顔で平和のためと接していた魔王や国王は、当然ながら「もう必要ない」と、存在を否定した。
その結果、エンシェントエルフはあらゆる種族から狙われ、一人、また一人と殺されていき、ユウだけが残った。
皮肉にも、ユウは今の社会体制が形成されるころまで逃げてしまい、捕まってからは、「もしかしたら利用価値が生まれるかもしれない」と、この地下深くに自死を封じる鎖と共に封印され、いつの日か忘れ去られた。
これが、偶然にも魔王と現在の勇者であるジークによって出会ったユウの語った、殺してくれと頼む程に思い悩むことになった、事の顛末だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます