第2話 裏切りの勇者

 それからも常に前に出され、戦いでの疲労がたまっていく。回復も追いつかず、疲れと傷が体に重りのようにのしかかってくる。


 そろそろ本格的な回復か、ポーションが必要だと言い出そうとした時、ヒビの入ったグリモワール大迷宮の石壁が震えた。


 咄嗟に身構えると、ジークが手で制す。そして暗闇に包まれる先を見据え、一言「魔王の気配がする」と言った。


 途端に、俺は回復だなんだ忘れてアステリオンを構える。

 しかし、ジークはまだ距離があるとも言った。


「国王様の話では、魔王は最深部――グリモワール大迷宮の百層にいると聞いていたが、どうやら俺たちに気づいて最深部から出てきたようだ」


 ジークの分析に、俺は息をのんで問う。


 このまま戦うのか、一度撤退するのか。それとも別の策があるのか。

 ジークの返答を待つと、光り輝く一振りの剣を引き抜き、静かに告げた。


「カイムは今まで通り前に出て魔王の気を引いてもらう。隙が生まれたら、俺がこの剣で止めを刺す」


 その手に光る一振りの剣――聖剣エクスカリバーは、いかなる魔でも滅すると聞く。

 ここまでの戦いで一度も使っていなかったが、抜いたということは、本気ということだ。


 そうなると、俺の回復は後回しだ。残った力で魔王相手に隙を作り、ジークが攻勢に転じられるように努める。

 回復魔術に使う魔力すら、バフ魔術やデバフ魔術に温存するべきだ。


 この際、更なる無理も覚悟する 慎重に進みつつ、やがて暗がりの中、開けた場に出る。


 その奥、何かの祭壇の前から圧倒的な魔力を感じる。そこから指を慣らすような音がすると、周囲に炎が灯った。


 途端に周囲がハッキリと視認でき、ここは崩落した奈落への崖がいくつもある足場だった。


 そんな戦いづらい場所で、一人たたずむ姿がある。


「あれが魔王……」


 黒い魔力を帯びて佇む人影があった。とても魔物には見えなかったが、知力の高い魔物ほど人間とよく似ているという。


 ジークの推測からして、魔王で間違いないだろう。何よりこれだけの魔力、そんじょそこらの魔物が持っているわけがない。


 とはいえ、魔王の姿は人間そのものだった。細く、高い背丈と不気味なほどに長い黒髪。その合間から覗く虚ろな瞳は、灰色とも黒とも取れない色合いをしている。


 そんな魔王は両手を広げると、口を開いた。


「……よくぞ来た、とでも言っておこうか?」


 魔王が言葉を発すると、ジークも「ずいぶん早いお出迎えだな」と対抗するように言い返す。


 勇者と魔王が相対し、言葉を交わした後に行われることは決まっている。勇者は仲間と共に魔王へ挑み、魔王は従者となる魔物を召喚して雌雄を決する。


 だがそんな使い古された英雄譚にあるような展開は御免だ。ジークが言葉を交わしながら背中を叩き、「先に行け」と合図をする。


 それを受け足に力を籠めると、一気に魔王目掛けて突っ込んだ。アステリオンを振り上げ、魔王へ迫る。


 出来ることなら、一撃でも与えたい。そう思っての特攻だったのだが、どういうわけか魔王は避けようとも、防御壁を展開しようともしない。


 ただその口角をあげ、一言、「愚かな」と告げた。


 その刹那、背後からの衝撃に見舞われる。雷系統の攻撃魔術だと気づく頃には遅く、守りのない背中には雷が走り、体全体が麻痺して動けなくなる。


 結果、魔王の前で倒れ込んでしまう。アステリオンも手放してしまい、見下す魔王に状況が分からないまま「何をした……!?」と問えば、嘲笑うように「何もしていない」と返される。


「我も、そして我が配下の魔族も何もしてはいない」

「なにを……! なら、この攻撃魔術はいったい……」

「まだ分からないのか? しかし、それも仕方あるまい。そうだろう? ジークよ」


 ジークの事を呼んだ? それも、親しみを込めたような声だ。


 体が言うことを聞かない中、頭が誰かの足で踏みつけられる。そうして頭上から聞こえてくるのは、ここまでずっと共に戦ってきた勇者――ジークの声だった。


「そうだなぁ、夢にも思わないことが起こっているわけだからなぁ!」


 どうにか見上げたその顔は、今までと打って変わっていた。凛然としていた顔は狂気に染まり、俺へ向けられる視線はゴミを見るようだった。


「な、ぜ……?」

「なぜ? なぜだって? おいおいこいつは困ったなぁ! 一体全体、その質問は何へ向けての質問なんだ? なぜ勇者が魔王と親しくしている事を聞いているのか? それとも、仲間の顔を踏みつけている事を聞いているのか? ああいや、それとも――」


 ジークがその目を背後に向けると、仲間の女魔術師たちがゴブリンやオークに口を塞がれ、バタバタともがいていた。


「神託を受けた上等な女を魔物への貢物に持ってきてやった事を聞いているのか?」

「おい……嘘、だろ……?」


 ここまで共に戦ってきた女魔術師たちは、全員が神託の儀によって魔王を倒す運命に生まれたとされる『聖女』とも呼ぶべき女性たちなのだ。


 俺のような田舎出の男とは比べ物にならない女性たちを、ジークは魔物の慰め物として差し出したというのか? 彼女等なくして、魔王討伐は叶わないというのに……。


 だとするなら、


「あ……あんたは……裏切ったのか……!?」

「裏切る? 可笑しな物言いだなぁ! いいかよく聞けよ? これは予定調和だ。約束とも契約とも言う、決められていたことなんだよ」

「なんだと……?」

「大衆受けしそうな話だろう? 勇者パーティーは魔王討伐に向かったが、力及ばず全滅寸前となり、仲間たちはせめてもの希望として勇者一人を逃がした――と、そういう”シナリオ”だよ……いいジョークだろぉ!! 俺のお気に入りなんだ!!」


 シナリオだと? 訳が分からない。いや、とにかく一つ言える事がある。


「あんた……いやテメェは……! 最初から騙してやがったな……!!」


 グリモワール大迷宮に挑む前からだとか、王都で勇者パーティーが結成された時からだとか、そんな事は、もうどうでもいい。

 とにかくこの勇者は、俺たち勇者パーティー全員を騙し、シナリオとやらのために始末するつもりだったのだ。


 そんな俺の憎しみを込めた声も瞳も興味なさげだったが、やがてクククと笑いだした。


「なんだ、田舎者らしく言葉遣いを気にしていたようだったが、やっぱり薄皮一枚剥いだら荒っぽい言葉が出てきたな……さぁて、」


 女魔術師たちが服を剥がれ魔物たちに襲われている最中、ジークは気にも留めずに辺りを見回すと、ニヤリと笑った。


「あったあった! 珍しい聖剣だ!」


 その視線の先にはアステリオンがある。途端に、ジークが何をしだすのか理解できた。


「お、おい! そいつは……!」

「俺の相棒とでも言うつもりか? まぁ、今はそうかもしれないな……持ち主から引き離すのは可哀そうだ……ああ、けどさぁ! 持ち主が死ねば、相棒も何もなくなるんじゃないかな?」

「いや、アステリオンは……!」


 本当の事を言おうとして、ジークは強く俺の顔を踏みつけてからアステリオンの元へ向かう。


「神託も受けていない田舎者を剣聖として認めてやったのも、ぜーんぶ俺でも知らない聖剣に興味があったからでねぇ。さて、どんな力を秘めているのか、持ち主相手に試してみるとしようかぁ!」


 しかし、そうして手に取った瞬間、


「ッ! この感覚はっ!?」


 ジークがアステリオンを手にした時、その刀身が黒く光った。そして、束から黒い魔力が溢れだす。


 魔王ですら、その魔力に驚いた様子で言葉を発した。


「この感覚……まさか、その剣は……!?」

「おい魔王! どういうことだ! この剣はなんだ! 俺に何しやがった!」

「……なぜここにあるのか、我でも正確には分からん。だがとにかく、その剣は危険だ。手放すがよい」

「クソッ! 聖剣じゃなかったのかよ!」


 ジークが悪態をついてアステリオンを放り投げる頃、ようやくその滑稽さを笑ってやる余裕が生まれてきた。


「ああそうだよ、そいつは聖剣なんかじゃねぇ」


 なんとか立ち上がると、手をかざす。すると、放り投げられたアステリオンは、俺の手元に飛んできた。

 掴むと、僅かに残っていた体の痺れも取れ、勝手が効くようになる。


 アステリオンを手にしたことで、いくらか回復したのだ。もしくは、バフ効果によって消え去ったのか。持ち主である俺自身、アステリオンについては理解しきれていない。


 しかしハッキリわかるのは、手にした瞬間に体から俺自身の魔力の類がことごとく消え去ったことだ。


 自嘲気味に笑いながら、”こんな物”を聖剣だと期待していたジークを嗤ってやる。


「アステリオンは所持者の魔力を全部搾り取る代わりに、コイツで戦うと決めた奴だけには力を貸す自己中な”魔剣”だ。所持者として認めた奴以外が持つと、今みたいに真っ黒い力で拒絶するんだよ」


 アステリオンは今言った通り、所持者の魔力を最下級魔術の一つも使えないほどに吸い取るが、それでもアステリオンが認めた奴だけには絶大な身体強化を与えるのだ。


 だが、デメリットは当然ながらそれだけじゃない。アステリオンは使用者を選び、仮に選ばれたとしたら契約を結ばされる。

 もし一度契約をすれば、手放そうと、こうして戻ってきて魔力を吸い続け、『エンチャント以外の魔術は一切使えなくなる』のだ。


 全てジークに言ってやれば、こちらからも嘲笑い返してやる。


「コイツとの出会いは運命的ってやつでな。拒絶されず持てたのは偶然だ。しかしまぁ、ちょっと訳ありで契約しちまってな」


 魔力がすっからかんだから、剣術を嫌でも身体に叩き込む羽目になるわ、故郷からは呪われた剣の持ち主として追い出されるわ……。


 どういうわけかアステリオンに関する魔術だけは使えるから、なんとか戦えるように修行して冒険者に登録しても、大変な毎日だった。


「魔力がないからジョブチェンジもクソもねぇ上に実績も何もない駆け出し冒険者を仲間にするパーティーなんてねぇからな。変に力を見せたら、それはそれで不気味がられる始末だしよ」


 まぁ、本気でアステリオンを振り回すと、周りがついてこられなかったというのもあるが。

 なんにせよ、アステリオンで戦うと決めてしまった日から、俺は冒険者としてソロで戦い続けてきた。


「報酬は俺一人にしか支払われなくても、そもそも依頼がねぇ毎日だ。食うに困っても、アステリオンは手放せないときた。だから割り切って常に本気出してたら、いつの間にかギルドから剣聖に推薦されたわけだ」


 それからは、慣れない礼儀作法を頭に叩きこむ日々だった。

 しかしその甲斐あって、剣聖に選ばれたのだ。


 どうやら、ジークが裏で意図を引いていたようだが。


「まぁ、なんにしても望外なチャンスだから剣聖らしく振舞って、勇者パーティーって箔を付けようとしてたってのに、こんな目に遭うとはな……しかし、そんなことよりだ」


 ニヤッと笑みを浮かべ、ジークを嗤う。


「テメェはアステリオンに拒絶されたみたいだな? 勇者様?」


 ジークは余裕面に怒りを映したが、すぐに落ち着きを取り戻すと、エクスカリバーを抜く。


 更に魔王の配下も現れ、俺は囲まれてしまう。

 流石にクズ野郎だったとはいえ、勇者であるジークと魔王、それから他の魔物まで相手には出来ない。


 ジリジリと追い詰められ、背後は地の底まで続くような崩落した大穴がぽっかり空いていた。


 ……仕方ない。こうなったら、一か八かに賭けるしかない。


「次に会った時は、騙しやがった報いを受けてもらうからな」


 もっとも、会えたら、だが。


 ジークも何をするのか気付いてか、距離を詰めようとするが、もう遅い。


「這い上がってやるから、覚悟しておけよ?」


 そうして、俺は背後の大穴へと身を投げた。

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