第22話『学園天国騒動』

「キャーっ!」

「うぉーっ!」


 今朝からずっとこんな感じで、男女からの黄色い声援が鳴り止まない。


「今日も凄い沢山の人が廊下を行き来しているね」

「みんな元気そうで何よりってやつなんじゃないか」

「随分と他人事なんだね」

「そりゃあ、まあ。少なくとも、あの人気は俺ではないから」


 教室の一角、秋兎あきとさくらは着席しながら廊下へと目線を向けていた。


 2人が話をしているのは、冗談や些細なこととして扱える規模のことではなく、噂を聞きつけた学園中の生徒が廊下をひっきりなしに行き来している。

 秋兎あきとたち一行が登校してからずっと。


「それにしても、またまた転校生が来ちゃうなんて凄い偶然も重なるものなんだね」

「ああ、まあ。俺もその類に部類されるから、なんとも言えないけど」

「凄いよね、セシルさんと同じクラスにオルテさん? っていう人が入ったみたいなんだけど、早くも大人気。なんだか凄いカッコいいらしいんだって」

「あーまーそうかもねー」

「それに、フォルさんのクラスにはエグザさん? という人が入って、これまた男子からの人気が凄いんだって」

「そっちはヤバそうではある」

「セシルさん、マリーさん、フォルさんも凄いかわいかったし、大人気。まるで学園にアイドルグループが入ってきたみたいになっちゃったね」

「そーだねー」


 秋兎が塩対応と捉えられてもおかしくない返事を繰り返すのに、そこまで深い理由はない。

 さくらが言っている通りで、彼と彼女たちが美形の顔であり、人当たりがよく愛嬌もあり面白いわけだから、爆発的な人気が出てもおかしくはない。

 そのことに対しての不満など、一緒に過ごしてきた時間が他生徒よりも長い秋兎は重々承知であり、それら反応も幾度となく経験してきた。


 しかし、その繰り返される光景には秋兎自身は含まれておらず、彼の活躍自体は広がっていたものの姿かたちが一致している人間はそう多くなかったのが事実。

 神々からの5大クエストを立て続けにクリアしていくという、人類史に残る偉業を達成してもそれは変わらず、全人類が認知していてもそれは変わらず。


「桜さんも俺と話をしているより、あっちのイケメンと美人たちを観にいった方がいいんじゃない?」


 と、秋兎は若干拗ねながら、若干不貞腐れながら机にダラーっと体重を預けながら提案する。


(別に俺は名声が欲しかったわけでもなかったし、美形のイケメンってわけでもなかったわけだし? 人気者になりたくて5大クエストを挑戦してクリアしたわけでもないし?)

「私は別に、気にならないから行かないよ」

「イケメンも?」

「うん。私は黒織こくしきくんと一緒に居る方が楽しいし」

「そうなの? 俺、別に面白いこととか言えてないと思うけど」

「……」

「ん?」


 桜からの返答に間があったから、秋兎は体制をそのままに桜へ視線を向ける。

 すると。


「い、今のはなかったことにしてもらえると、あ、ありがたいな」

「何を?」


 桜は秋兎から目線を向けられていると察し、顔を廊下側へ向ける。

 秋兎は気が付いていないが、桜の顔は真っ赤に染まっているだけではなく、髪によって隠れている耳まで満遍なく染まっていた。


(表立って言っていいのかわからないけど。そういえば、お姉さんに『イケメン転校生』とか変なあだ名をつけて面白半分で話をしてるんだっけ? だったら、まあ今は笑いを堪えてるんだろう。なんせ、このとしになって勉強ができなさそうな人間が居たら、笑い話の種にでもしたくなるよな、わかるわかる……わかりたくないって、悲しいって)


 偉業を成し遂げたとしても、もてはやされることはなく。

 人々の前に出たとしても、黄色い声援が送られることもなく。

 じゃあ現実世界に還ってきたとしても、勉学に優れているわけでも、容姿が優れているわけでもない。


 秋兎は承認欲求に飢えているわけではないが、当人は「これはあまりにも悲しい仕打ちでは」と悲嘆する他なかった。


「そ、そうだ!」

「は、はい」

黒織こくしきくん、課題は終わらせた?」

「はっ!?」

「大丈夫、まだ休み時間は残ってるから。一緒に頑張ろう」

「ああ、俺の女神様。いや委員長様、本当にありがとう」

「前半は特に大袈裟だよ。誰にだって不得意なことはあるんだから、無理して抱え込まないで一緒にやっていこうね」


 秋兎は、学園のもとい教室の女神から神託に応えるべく、背筋をピーンッと起こし、机の中からパパパッと指定されていた課題を取り出した。


「女神桜様、大変申し訳ございません! 出されていた全教科の課題をよろしくお願いしたいと思っております」

「うん、私はちゃんと全部付き合ってあがるから。焦らずに、自分でも考えながら課題を終わらせていこうね」

「ありがとうございます桜様!」


 秋兎は信者のように桜を崇め始めているが、心のどこかではわかっている。

 自分は【暁煌の英雄】とまで言われた存在に成り、神々すらも超える存在となった。

 だというのに、元の世界へ帰還してみたら能力ではなく勉学の方で苦戦をし、力を有している存在ではなく学園の一生徒にへつらっている。

 何が悲しくてここまでしなければならないのか、と思いつつも、自身の学力のなさに泣き寝入りする他なく、これらを解決するためにはコツコツと勉学に励む以外の選択肢はない。


 そう、泣いたところで何も解決せず、やるしかないのだ。


「桜様、よろしくお願いします」

「はい、お任せされましたっ」

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