第13話『それぞれの生活空間』

「おお、いいですね」

「トイレお風呂別、2部屋とダイニングキッチン。という間取りになっております」

「1人暮らしには十分ですね」

「家具などはお好みがあると思いますので、カタログを準備いたします。ですので、お決まりになるまでは仮の物を設置しております」

「ベッドに冷蔵庫、電子レンジに洗濯機。ローテーブルに数枚の食器。至れり尽くせりですね、ありがとうございます」

「お連れの皆様もある程度は一緒の物を設置させていただいておりますので」

「じゃあ、俺のことよりあっちに行ってあげてください。全部、使い方がわからないと思うので」

「わかりました。説明が終わりましたら夜ご飯の場で最後の説明をさせていただきたいので、そうですね……今から1時間後でいかがでしょうか」

「それでお願いします。説明するのは大変だと思うので、時間が遅れても大丈夫です」

「お気遣いいただきありがとうございます。それでは、失礼致します」


 久しぶりに訪れた1人の時間を堪能する様に、これでもかと天井に向かって体を伸ばす。


「ん~、くぅー」


 慣れ親しんだ場所でも、懐かしい匂いがするわけでもなく、ただ目の前にあるのは新鮮な景色と静寂。

 しかし、落ち着いた今だからこそ懐かしい気持ちが込み上げてきた。


「ホームシックは克服したと思ったんだけどな」


 異世界へ転移させられ、目まぐるしい生活を送り続けた秋兎あきと

 様々な出会いやイベントを経て、様々な交友関係を築き力を手に入れた。

 たった3年、されど3年。

 平凡な日常を送っていた人間が、急に異世界で生活することになり、常に死と隣り合わせの生活を送ってきた。


「……みんな、元気なのかな」


 家族、友人、知り合い――今なら、会おうと思えば会えるであろう。

 しかし、勝手な真似をしていい立場ではなくなってしまったのも事実。

 もしも思いのまま行動してしまった結果、その人たちに危険が及ぶかもしれない。


 そして、そのもどかしさを当分は抱えたまま生活し続ける必要がある。


「カーテンを閉めに行くか」


 完全に陽は沈み、部屋の灯りが外に漏れだしてしまっていた。


 まずは1部屋目。

 部屋の中はフローリングで、長いテーブルと椅子が設置してあり、少し殺風景ではあるが雰囲気は作業部屋となっている。

 カーテンに手をかけると夜景を前に息を呑む……美しさがあったらよかったのだが、まさかの光景が広がっていた。


「ここ、学園の目の前じゃん」


 土地勘がないから気づかなかったのも仕方なし。

 それに、場所の説明を受けるはずだったであろう車内で、別のことを話していたり、余計なやり取りを交えてしまったため時間がなかったのもある。


「ここまで近いと遅刻の心配はしなくても大丈夫そうかな。とは言っても、校門から校舎までの距離が遠かったりするからトントン……か」


 そして2部屋目へ移動。

 ここにはベッドが置いてあり、クローゼット以外のものは何もない。


 すぐにカーテンを閉め、ベッドに腰を下ろす。


「俺、本当に帰ってきたんだな」


 忙しい一日が終わり、やっと一息つくことができる1人の時間が訪れたからこそ実感が沸いてくる。


 背中を丸め、両膝に肘を突けて目線を下げた。


「だが正直、こっちの世界に帰ってくるときは寂しい気持ちもあった。なんせ、あっちの世界とは違ってこっちの世界は平和そのものだから」


 心躍る冒険も、燃えたぎるような戦いも、ギリギリの綱渡りをする交渉もこちらの世界ではほとんど望めない。

 全てやろうと思えばできることだが、やはり世界観が違いすぎる。


 しかし。


「まさかこっちの世界でもダンジョンができていて、意図してはいなかったけど特別かつ自由な存在となった。あ、そうだ」


 ずっと腰に携えていた短剣をベルトごと取り外す。


「こっちの世界でも同じことができるのなら――」


 空いている右手の人差し指で空中を上から下にスワイプ。

 すると、空中に複数のアイテムのアイコンが表示されているウィンドウが出現し、その下に手を差し出すとアイテムを出し入れすることができる。


「転移した時に女神様から貰ったものだけど、本当に便利だよな。それじゃあ、こっちも使えるってことで――ざっと10分ぐらいか」


 開いているウィンドウを指で右へスライドし、『入場最終確認』の項目が出現。

 右に『承諾』左に『拒否』の、『承諾』を選択――。


「――あっちの世界では一番落ち着かない場所だったのに、今は逆にここが一番落ち着く空間になってしまった」

「……」

「後はまあ、久しぶり」

「アキト」

「感動の別れをした後だというのに、どうしてこんなすぐに顔を合わせることができたのか疑問に思うのはわかる。だが、口喧嘩じゃなく再会を喜ぼう」

「はぁ……われとて、其方の仲間みたいに可愛らしく抱きついたりすればよかったか?」

「そんな柄じゃないでしょ。そもそも、ずっと敵対関係にあったわけだし」


 真っ白い空間に、1人の女性が装飾された椅子に腰を下ろしている。


「今となっても、アキトがしでかしたことは今でも理解が追いつかないがな。そんなことはさておいて、どういう風の吹き回しだ? あの様子だと、二度と会えないような口ぶりだったと思うのだが」

「いろいろと事情が変わってね。説明した通り、今はちゃんと元々住んでいた世界に帰還することができたよ」

「それを聞いたらなおのこと疑問が浮かぶ。まさか、世界を行き来できるようになったでも?」

「残念ながらそれはできていない。もしかしたらできるようになるかもしれないけど、今回は俺もかなり驚いている」

「どのように」

「まさかのまさか。俺が居なかった間にこっちの世界でもダンジョンができていたってわけ。だから、魔力が放出されていて――つまり、世界観の差がなくなったわけだ」

「中々に興味深い展開となってきたの。だが、つまりは其方そなたの力も際限なく使用できると」

「そういうことになるね」

「とんだふざけた話だ。待てよ、あちらの世界ではわれが魔力を支配していたから――」

「まあ、細かいことはいいじゃないか。魔王エグザ」


 凝り固まった体を伸ばしつつ、エグザの話を制止する秋兎あきと


「どうしても、ここに来ると体を動かしたくなっちゃうよ」

「そりゃあそうだろう。ここで何度も、鍛錬とか言って戦闘していたって話だったし。それに、私とだってやりあったでしょ」

「まあね。だって、ここはそういう場所だし」


 話をしながら、あちこち体を動かして準備運動を始める秋兎だったが、ついでにキョロキョロと辺りを見渡す。


「そんなに探さなくても、僕はここに居るよ」

「オルテ――もう大丈夫そうだね」

「おかげさまでね」


 エグザと話をしていると、横からスッと茶髪の少年が姿を現す。


「とりあえず、2人にはこちらの世界がどんなもんかっていう説明をしておく――」


 秋兎はその場でジョギングをしたり、筋トレをしつつ話を進める。

 時にはシャドーボクシングをしたり、時にはステップを踏んでみたりしながらも。


「――と、いう感じで」


 かれこれ30分はそんな感じで話を進めた秋兎あきとは、やっとのことで体の動きを止めた。


「異なる世界から来た、という話を元々耳にしていたからそこまで疑うことはないが。だが、この目で見ても信じられるかはわからないな」

「僕も同じだね。あまりにも世界が違うというか、世界観が違いすぎるというか」

「まあそうだよな。俺が転移させられたときに、全く同じ感想を抱いたからな」

「とりあえず、こっちの世界でもダンジョン攻略するってわけなんだ」

「ああ。元々住んでいた世界でもやっていることがあんまり変わらないっていうのは、なんとも複雑な感じでもあるんだが」

「でも、いいなぁ。学校っていうところ、楽しそうじゃん」

「まあ、ぼちぼちな」

「それで、其方の用件は終わりというわけか?」

「今のところは、だな」

「だったら、どうせ何かの途中で来たんだろうから元の場所に戻れ。此奴こやつの傷が癒されていっても、我の傷がズキズキと疼く」

「わかった。じゃあ、また後で来るから」


 エグザはそっぽを向き、オルテはにこやかに手を振って秋兎あきとの背中を送った。

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