第19話『ダンジョンでの掟破り』
突入したダンジョン第8階層。
ここからは、少しだけダンジョンの毛色が変わってくる。
単純な攻撃をするモンスターが多いだけではなく、木や石だけど武器を持ったモンスターが登場。
攻撃手段が増えるだけではなく、死のリスクが一気に増える。
初見メンバーが揃うパーティであれば、最低でも丸々1日を使って連携力を上げてから挑むべきだ。
だが、今回のメンバーはバランスこそいいとはいえないけど、突っ走るような人は居ないし連携もできているから大丈夫だろう。
『ガルゥ』
「集中しろー。できるだけ背後は壁を意識して戦うぞ」
そして、人数が少ないときの戦い方や囲まれることへのリスク管理もできている。
「慣れるまで抑えめでやる。【ファウルフ】1体! 俺が攻撃を受ける! 少年、行け」
「はいっ!」
滝戸さんが正面から【ファウルフ】の攻撃を盾で防ぎ、僕が側面から攻撃を仕掛ける。
「はっ」
弱点2カ所中の頭部へ剣を突き刺し、【ファウルフ】は消滅。
「おぉ、初見で弱点を狙えるなんて筋がいいじゃないか。だが今のは偶然、まだまだ行くぞ」
「お願いします」
「このまま壁沿いに移動する。次はお嬢ちゃんの番だ」
「は、はいっ」
しかし、全てが上手くはいかないのがダンジョン。
僕たちの進行方向に2体の【ファウルフ】が立ち塞がっている。
「1体は俺に任せろ。そっちは任せた」
「僕が攻撃を弾くから、頭か胸の中心に剣で突き刺して」
「う、うんっ」
ここで僕がやることは、たった1撃でモンスターを討伐することじゃない。
弱点も行動パターンもしているから単に倒してしまうのではなく、
基本的に大振りな攻撃を、剣で上へ弾く。
「今だっ」
「はぁっ!」
莉奈はアドバイス通りに頭部を狙い、【ファウルフ】を討伐成功。
「やったね」
「やった! 倒せた! 倒せたよ!」
こういう自信を着実に重ねていくことが大事。
成功体験繰り返すと油断を招くこともあるけど、それは一緒に行動しているんだからそれほど問題じゃない。
「おらっ――ふぅ、俺より早く倒すなんて2人ともいい感じじゃないか」
「ありがとうございます」
「私の出番がなくて寂しいけど、その調子でやってくれている方が安心できるわね」
役割的には仕方がないんだけど、この状況だと後衛である
今のところは回復も滝戸さんだけにしかしていないし。
本当――こうして戦っていると、異世界のことを鮮明に思い出す。
岩でできた無機質な壁はそのままだし、向かってくるモンスターもそのまま。
一緒に行動している人は違うけど、こうしてパーティを組んで切磋琢磨し合ったのは昨日のことのように思う。
今だってもしかしたら夢の中で、こうして狩りをしているのは現実世界に帰りたい気持ちが……なんてホームシックは、もう1年目のどこかでなくなっていたっけな。
「――これで10体目っと。想定よりスムーズに事が運んでいい感じだな」
「そうね、私はもう少し苦戦するかと思ってたけど」
「おいおい、もう少し俺たち前衛のことを信用してくれよ」
「信用はしているわよ。ただ懸念していただけ」
「いつになっても手厳しいねぇ」
「そういえばお2人は、どれぐらいの関係になるのですか?」
第8階層も半ばぐらいまで差し掛かり、辺りにモンスターが居ないかを警戒しつつ岩壁に背中を預けたり座ったりして一時休憩。
「どんぐらいだったっけ」
「私も詳しい月日は憶えてないわ。たしか、もうすぐ半年だったかしら?」
「もうそんなに経つんか? まだ4カ月目ぐらいだと思ってたんだが」
「だから詳しくは憶えていないって言ってるでしょ」
「ああ、はいはい」
さっきから、ギリギリ口喧嘩になりそうな感じになっているけど、そこまで長いならもしかしたらこれが平常運転なのかもしれない。
夫婦漫才というわけじゃないだろうけど、それぐらいの阿吽の呼吸みたいなのがあるのかも。
異世界では夫婦で冒険者になっている人も珍しくはなかったし、その人たちのやり取りに似ている気がする。
「そっちのペアはどれぐらいなんだ?」
「僕たちは日が浅くて。まだ数回しかダンジョンに入ってません。それに、僕はこんなレベルですし」
「なるほどなぁ。まずこの階層に来るのもまだ早いレベルだもんな。せめて嬢ちゃんぐらいのレベルはないと」
「ですよね」
余計なことを言うのはやめておこう。
隣に居る莉奈は、あのときのレベルで第5階層にたった1人で行き、案の定危ない目に遭っていたのだから。
当人も無謀な真似をしていたとわかっているし、たぶん今頃ブワーッと羞恥心に苛まれているだろうから追い打ちは可哀想だ。
「よし、休憩もここまでだ。そろそろお楽しみの時間だからな」
「本当に随分と活力がありますね」
「ああ、俺たちはこのときのために頑張ってるからな。それに、やっぱりお金になることは大切だし大事だし」
「そうですね」
「さてさて、私の出番もようやく来たわね――【パライズ】」
「えっ――」
「え?」
僕は、そのスキルを知っている。
影響力としては微力でも、体の動きを鈍らせることができる麻痺スキル【パライズ】。
それを
「はーい、それでは皆さん! 待ちに待ったショータイムの時間だぁ!」
「な、何を」
「少年、そのレベルで可哀想ではあるが悪いな、これが俺たちの金稼ぎであり娯楽なんだ。視聴者も、最初からずーっとこれだけのために待ってたんだ」
「どういうことですか」
「え? ここまで言われてまだわからないの? もしかして、お馬鹿さーん?」
「まあとりあえず、こうされるとわかりやすいんじゃないか」
「そ・し・て」
盾を構えながら、2人がジリジリと詰め寄ってくる。
反撃したいところだけど……。
「ごめん私、上手く動けない」
しかし、どう対処しようか考えている内は少しずつ後退するしかない。
「そう、そのままそっちに行くんだ」
「……どうしてこんなことを」
「だからさっきも言っただろう。こうやって、自分たちよりもレベルが低い探索者を騙し、モンスターを対処できない場所まで連れていって放置する。そして、最後に泣き叫んで助けを呼ぶ姿を愉しむんだ」
「なんて愚行を」
「おうおう、どうとでも言ってくれや。だが、俺たちはそれが愉しみで仕方ないし、視聴者もそれを望んでいる。快楽を得られるしお金も手に入る! 最高じゃねえか!」
いろんなことを考慮してみたけど、なるほど、だから正式な申請をしなかったのか。
こうやって、簡単にパーティから追放するために。
「そして、私たちがやっていないことがバレないのは、ちゃーんと頭を使っているし、大体は死んじゃうのよ。もしくは超トラウマになって、関わろうともしないし探索者を辞めちゃうから」
だけど、あまりにも下衆で愚行すぎる。
「ほらほら、もうちょいもうちょーい後ろ」
「くっ」
僕のレベルだと残り数秒でスキルが解除できる。
でも、僕が反撃しても莉奈に危害が及んでしまうかもしれない。
だけど、このまま下がり続けていたらたぶん――。
「この光景を愉しみ続けるのもいいが……さすがにじれってえなっ!」
マズい、時間経過を待つことができなくなってしまった。
滝戸さんが盾で突進してきて、僕はそれをそのまま受けるしかない。
痛みものなく体力も減らないけど、踏ん張り切れない――!
「きゃぁっ!」
僕と莉奈は奥の壁へと叩きつけられ、次の瞬間。
「へへへ、じゃあな少年と嬢ちゃん」
「面白みに欠けるわね。もっと泣き叫んでほしかったけど」
「2人はこれから、下の階層まで飛ばされる。大丈夫、確認はしてあるさ。行き先は第12階層ってな」
「え、えっ、え!? ま、待ってください! 私たちは何も悪いことをしてないじゃないですか! た、助けてください!」
「いいわ、いいわよ。その絶望に支配された表情が観たかったの! もっと、もっとよ!」
地面から光が漏れ出始めて、2人が言っていることが事実だと宣告される。
ここら辺にこのトラップがあるのは知っていた。
知ってはいても、まさかこんなことになるとは予想できなかった僕の落ち度だ。
莉奈の手を引いて跳ぶことはできそうだけど、この範囲から体の一部分だけでも残ってしまったら1人だけ飛ばされてしまう。
ここは、この状況を受け入れるしかない。
「お願いします! 私はまだ死にたくないです! お願いします!」
「……」
「がーっはっはっはっ! おもしれえ、これだよこれ! これが観たかったんだ!」
「最高ね、この瞬間が一番生きてるって感じられるもの!」
「みんなもそうだよなぁ! 2人に見せてやりたいぜ、このコメントの盛り上がり方をよぉ!」
それら耳に入れるのも拒みたい汚い笑みと言葉を最後に、視界は完全に白い光へ包まれてしまった。
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