異世界帰還者、現実世界のダンジョンで新米配信者として活動を始める。~異世界では勇者とかではなかった役職もない冒険者、現地で手に入れた装備・知識・経験を活かして最速で成り上がる~
第5話『異世界に想いを馳せ、想いのままに』
第二章
第5話『異世界に想いを馳せ、想いのままに』
さて、まずは準備運動から始めよう。
周りに誰も居ないのを確認し終え、肩回りから。
休憩をするためにダンジョンから出たら、まさかの受付嬢が待機していて……完全に油断していたところを、背後から声をかけられたものだから体がビクッと跳ね上がってしまった。
まあでも、ただの待ち伏せではなくて補助金の振り込みと食事処の提案だけだったから問題なし。
「んー」
正直、お偉いさん達はどこまで深く考えているかわからない。
得体の知れない人間を監視下に置きたい、というのは真っ当な理由で理解できる。でも、監視するために人間を合流させるわけではなく、言ってしまえば野放し状態。
少しでもダンジョンから資源を回収して欲しい、少しでもダンジョンの未到達領域の踏破を期待している、というのもわかるけど……。
補助金として100万円も振り込んでしまったら僕の生活が安定してしまって、ダンジョンへ向かう理由が見出せなくなってしまうのではないか? それとも、これぐらいの金額を働きによっては支払える、という意味を示唆していたり?
正直、僕に対してどれほどの期待値があるのかわからない。
「よいしょっ」
思考を巡らせながらも、体操は怠らない。
次は腰回りからの下半身。
人心術に秀でているわけではないから、受付嬢の期待が漏れ出ている表情の変化についてはほとんど考察できない。
普通に考えたら、異世界やらファンタジー的なものに憧れを抱いているだけにしか見えないけど……それ自体がこちらを油断させるための手段とも考えられる。
あっちの世界では味方は居たけど、こっちの世界には誰も居ないから困ったものだ。
「――これぐらいでいいかな」
準備体操が終わり、いい感じに体も温まってきた。
食後2時間は経ったと思うし、急に激しい動きをしなかったら問題ないだろう。
「さて、こちらのダンジョンはどれほどのものだろうか。さっきよりは先に行きたいな」
支給品、という話で手渡されていた剣を鞘から引き抜く。
「鉄……ではないよな、この軽さ」
手首を捻って、剣の重さを改めて確認。
「ふんっ――はっ――!」
前方に飛び込んで上段から振り下ろした後、バックステップをして自分を中心に回転斬りをしてみる。
「ん、待てよ。この感覚、なんだか身に覚えしかないぞ」
というのも、異世界では主流の武器となっていたものだから。
さっきはとりあえずで全てやっていたから、全然意識していなかった。
「あっちだと魔石って名前だったから実感がなかったけど、
スライムを相手にしていたから、ついほとんど何も考えずに戦っていた。
しかし完全に別世界だというのに、全く同じものではないにしても当てはめられると手に馴染んできたように思える。
「ともなると、ますますあっちの世界と同じじゃないか……? まあ、先に進んでみよう」
スライムが地面をのそのそと進んでいるのを横目に、走って通過する。
「……なるほど」
あっちの世界でも、ダンジョン第1階層に出現していたのはスライムや剣より短い
まだちょっとだけしか進んでいないけど、この調子だったら本当にあっちの世界のダンジョンとこっちの世界のダンジョンは一緒の構造なのかもしれない。
結論付けるのはまだ早いけど、そう思ってしまうほどには似すぎている。
「でも、この世界にあるダンジョンは全然踏破されていないって話だったよな。どれぐらいだっけ……たしか、12階層だったよな」
……でも、それは仕方がないのかもしれない。
あっちとこっちの世界では、あまりにも勝手が違いすぎる。
生活費を稼ぐ難易度は桁違いで、アルバイトをすればお金を貰えるわけではない。
だけど、12階層か。
馬鹿にするわけじゃないけど、あっちの世界では俺より年下の子供たちでも到達していた階層だった。
「フラワーを10体ぐらい、様子を見ながら倒してみるか」
どこに目があるのかわからない、膝上ぐらいの身長があるフラワーの元へ歩き出す。
「まあ、あっちの世界と一緒なら――これで大丈夫っと――なるほど、一緒か」
短剣で戦うなら、少しでも両脇から生えている
だけど、今は剣。リーチを活かして横一線に剣を薙ぐだけで討伐できた――という知識が、そのまま使えてしまった。
「じゃあ、このまま30体討伐するまでやるか」
しかし皮肉でしかない、な。
こっちの世界で生まれ育った人間であれば、さっき自分で言った通りにアルバイトを探して働けばいい。
だけど、その条件に当てはまっている俺は、他のみんなと同じように働くことはできず、こうしてダンジョンでモンスターを討伐したりしてお金を稼がなければ生活できない、ときた。
本当に、せっかくこっちの世界へ帰ってきたというのに、あっちの世界でやってきたこととなんら変わらないなんて、正直泣けてくる。
しかもたった1人で。
「ふんっ――!」
怒りや悲しみをぶつけるように、フラワーを次々に薙ぎ斬っていく。
そして、悲しくも嬉しくも討伐数がカウントされていってお金が自動で振り込まれてくのがわかる。
「30体で100円……こいつら、っていうか第1階層に出現するモンスターは同じ報酬なのか?」
0/30という数字を見て、少しだけガッカリする。
「数だけ見たら悲しくなってくるけど、数分で100円って考えるとそこまで悪い数字でもないか? いや、どうなんだ?」
もはや、こっちの世界の金銭感覚を思い出せない。
「まあでも、体を動かすついでに小銭を稼げるっていう感覚だったら、全然ありなのか? となると、こっちの世界でダンジョン踏破数が少ないっていうのはあながち理解できるのかもしれない」
つまりは、副業的な感覚なんだろう。
もしかしたら本業としてやっている人はかなり少なくて、その少ない人達が未到達領域に挑んでいるということなのか。
……納得のいく話ではあるが、それはそれで寂しいな。
あっちの世界では、ダンジョンを探索したりモンスターと戦ってお金を稼いでいるような人達のことを【冒険者】と称されていた。僕も例外なくそうだった。
そして何事にも名前の通り、誰もが冒険をしていたのを鮮明に覚えている。
富と名声を求めてダンジョンへ向かう人間が居たし、より強いモンスターと戦うためにダンジョンへ向かう人間も居た。
仲間たちと戦い、笑い、称え合う。ライバルとは切磋琢磨し合い、時には協力して強力なモンスターと対峙していた。
でも、こっちの世界で【探索者】は、そういうことをやらないし、求められていないんだろうな。
「……」
こっちの世界に戻ってきて早々、あっちの世界に戻りたいと言い出したいわけではない。
でも、僕にとってはかけがえのない日常だった、ということを今となって理解できた。
できるなら、今すぐにでもこっちの世界に帰りたいって言ってたのが嘘みたいだ。
「この湧き上がってくる熱を冷ますには、ここら辺に居る弱いモンスターじゃダメだな」
まだ確定したわけじゃないけど、もしもダンジョンの構造とかが似ているのなら、先に進めば進むほどモンスターは少しずつ強くなっていく傾向にあるはず。
なら、今日だけは想いのまま戦ってもいいよね。
「よし、行こう」
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