放浪のノスフェラトゥ

三国 佐知

第1話 プロローグ


『グオ……おのれら……!』


「あと一息だ!」


「ああ、分かってる……!」


「強化魔法、いくぞダフネ!」


『任せてマヒロ!』


長かった。

本当に長かった……


日本からこの[異世界アーレス]に召喚された僕は、女神の洗礼を受け「賢者」と「精霊術士」という超レアな2ジョブを授かった。

僕にはとてつもない魔力量が内在しているらしくて、魔法の力を借りるため召喚した精霊は[風の精霊神シルヴェストル]の娘[ダフィーネストル]という大精霊だった。

数々の魔法の行使ができるようになった僕は、魔術師として勇者パーティに編入された。

そして、長い旅の末ようやく魔王を打ち倒すところまできたのだ。

 

「うぉぉ!喰らぇ!」


[勇者フェリオス]が放った剣技は、輝く光の矢となって魔王の胸を貫いた。



ズオッ!!



『ガッ……ハッ……ば、バカな……』


魔王は倒れ、四肢の先がチリチリと灰のように散らばり少しずつ消えていく。


「やっ……た……」


たくさんの犠牲を払ったこの旅。

ようやく目的が達成されようとしていた。


目の前の光景が信じられず、


みんな呆然としていた


 


そして

 

僕も油断していた……


『オ……オオオ!!』


魔王の口が大きく開いた時、

一瞬、判断が遅れた。

魔王は消えかかるその前に口から禍々しい閃光を放った。


「フェリオス危ない!!」


身体が自然と動いていた。

僕は無我夢中で勇者フェリオスを突き飛ばした。


ドォォン!


放たれた閃光が僕に直撃した……


『マヒロ!!』


「う……」


僕が契約した精霊のダフィーネストルが慌てて飛んできた。

今にも泣きだしそうな顔をしている。


『わ、我が人間、なんぞに……滅される、とは……な、ならば……受け取るが、いい……我の、命……クックックッ……』


魔王は最期に不気味な笑い声を残して黒い灰となって消えていく。

頭が消えるその瞬間、パッと明るく光が灯ったと思ったら、魔王は跡形もなく消えていた。







「マヒロ!しっかりしろ!!」


[聖騎士アイラ]だ。兜を投げ捨て、長い黄金の髪の毛を振り乱しながら僕に駆け寄ってくる。


「リリーシュ、回復魔法を!早く!」


「は、はい!頑張ってくださいマヒロ様!」


勇者パーティのヒーラー、[聖女リリーシュ]が回復魔法を僕にかける。

淡い緑色のモヤが僕を包んでいくと、細かな傷や火傷がみるみる消えていった。


「……ありがとうリリーシュ、もう大丈夫だよ」


あれだけ禍々しい光線を受けたというのに、意外にも身体はなんともなかった。

さすが聖女様の回復魔法だ。


でも、ついに、ついにやったんだ僕たちは!!









――数日後

僕たちはエスタリオン王国の国王に魔王討伐を報告するためにこの王宮に登城している。

王の謁見の後、祝賀パレードが行われる予定だ。


「魔王討伐、誠に大義であった。聖騎士アイラよ。我が娘ながらこのような偉業を成し遂げるとは……父としても誇らしいぞ」


「ありがたきお言葉……恐悦至極にございます」


「堅苦しい式典はもう終いにしよう。さぁ勇者パーティの皆よ。国中の民たちが待っておる」


そうして僕たちは祝賀パレードが行われる街の大通りへと向かった。




 

勇者様万歳!

エスタリオン王国万歳!


花吹雪と歓声が上がる中、僕たち勇者パーティ一行は豪華な馬車に乗って陛下とともに王都を凱旋する。

僕が夢にまで見た光景だ。


『見て見てマヒロ!すごい数の人間!王都ってこんなに人間がいたのね!』


「そうだね、ダフネ」


小さな身体から生えたキラキラと光る綺麗な羽根を羽ばたかせながら、ぐるぐると僕の周りを飛び回ってはしゃぐダフィーネストル。

最高位の大精霊にもかかわらず好奇心旺盛でお節介で。威厳がまるでない。

でも僕はそんな人懐っこいダフネが大好きだ。




「ときにマヒロよ、教会より[大魔導]の称号を得たそうじゃな」


陛下が唐突に話しかけてこられた。


「はい、僕にとっては身に余る称号です」


「そう謙遜するでない。それだけの偉業を成し遂げたのだ。それにお前はもう貴族だ。誇るが良い。」


僕としては貴族になんかなりたくないんだけど……

かといって元いた世界にも絶対に戻りたくない。

あんな世界なんて……


「ワシとしては、アイラをもらってくれると嬉しいのじゃが……身分も申し分ないしの」


ぶおふぉッ!!


「お、お戯れを……!」


「あれはお前を好いておる。第三王女であるうえに、あの顔の傷……嫁ぎ先にも苦慮しておるでな」


そう、アイラの左眉のあたりに、もう魔法でも癒すことのできない大きな傷が残っている。

アイラは傷ができた理由を詳しく教えてくれないけど、コンプレックスだったのか、出会った頃はいつも片眼を隠すように前髪をたらしていた。

でも今は隠すこともやめたみたい。


「正妻でなくても良いのじゃ。どうか前向きに考えてくれんかの」


「ぜ、善処します……」


傷物だからもらってくれとは僕にもアイラにも少々失礼な気もするけど、一国の王様だもんね。黙っておこう。

アイラの気持ちについては、実は少しそうじゃないかと気付いていた。

でも僕はそんな器じゃないって思っていたから、知らないふりを突き通した。


僕が貴族か……

勇者フェリオスも第二王女とのお付き合いが噂されているし、聖女リリーシュは平和の象徴として各国行脚の旅が決まっている。ゆくゆくは法王とかになるのかな。


ふと、アイラに視線を移す。

笑顔で国民に手を振っている。ああやってみると僕と変わらない歳だし、相応の笑顔だってできるんだよな。


「まぁ、少し考えてみようかな……」


これも幸せの一つの形なのかもしれない……


『どうしたのー?ぼーっとしちゃって』


「噛みしめているんだよ。やっと平和が訪れたんだなって。だなって……」




――――




『その言葉……待っていた……』


突如、邪悪な声が響いた。

僕は周りを見渡す。

でも、誰もその声に気づいていないみたいだった。


――次の瞬間


「う、ぐッ……!!」


雷に打たれたような衝撃が体中を走った。


『どうしたの?!マヒロ!』


最初に僕の異変に気づいたのはダフネだった。

胸に激痛が走り、僕は立っていられなくなってしまった。

そして、勇者パーティのみんなも僕の異変に気づき始めたころ、


『[魔王因子]が確認されました。これより被選定者フジミヤ・マヒロに対して[サイオンズ・レジスタ]を付与します…………同[サイオンズ・ジェニス]が選定されました。この影響よりフジミヤ・マヒロに対して存在態様の変化を行使します』


頭の中で聞き覚えのない声が響く。


「マヒロ!どうしたんだ?!」


「これは……」


そうだ。この気配は……


「魔王の気配?!」


「なぜマヒロ様から?!」


「おおおお!!」


自分でも驚くような雄叫びが発せられた。同時に僕を中心に黒く禍々しいオーラが波紋のように広がっていく。

そして、僕の手はみるみるうちに薄黒く変色していって、爪の形も邪悪に尖り始めた。

その時には、僕はすでに自分の制御ができなくなっていた。


「な、なにが起きているのだ……」


「陛下、お下がりください!」


近衛兵が王と勇者たちの前に出た。


 

 

その時僕はこう考えていた。



 

目の前にいるこの人間たち……


うまそうだな……と。 









「以上が今月の被害の詳細でございます……」


「ご苦労……下がれ……」


大魔導マヒロの魔物への転化。

マヒロが襲った兵士や民たちが次々に魔物に転化し、その魔物が他の民を襲うことで倍々的に魔物が増える。勇者の祝賀パレードで国中から民が集まっていたことも被害を拡大させた。教会僧兵、国軍、冒険者などが拡大を抑えてくれているもののその数は王都以外の都市にも飛び火して、魔王軍が侵攻してきた時よりも被害は甚大だった。


王は頭を抱え、大きなため息をついた。


「もう、よいであろうアイラよ……」


「しかし!」


「あの大精霊ダフィーネストルでさえも、マヒロの呪いを解くことができなんだ」


「もう少し時間があればダフネも呪解の呪文を構築できるところだったのです!それを頭の固い宮廷の魔術師どもが、ダフネをマヒロの中に封印してしまったから……!」


「いた仕方なかったのだ。大精霊ももはや魔物を庇う反逆者。時間が経つにつれ被害も拡大しておる」


「ならば……救国の英雄にあのような仕打ちをする必要もなかった!ただ静かに眠らせてあげることだってできるでしょうに……!」


「アイラも見たであろう?首を切り落としても火刑にて灰にしてもマヒロは死なん。あれは諸侯や家族を失った民に対しても必要な処置であった」


「くッ……むごいことを……マヒロがかわいそうだ……」


「分かってくれアイラよ。ワシも心苦しいのだ。マヒロが元いた世界では魔導学より医学というものが発展しているのであろう?きっと何とかしてくれる」


「私は、マヒロを元いた世界に送還することは反対です。この問題の責任は我々が負うべきです!」


「話は平行線のままだな……もうよい、第三王女は疲れているようだ。私室に連れていけ」


「お待ちください父上!まだ話が……あ?!離せ無礼者!」


そうしてアイラの意向が通らないまま話は遮られ、屈強な近衛兵数人に連れていかれてしまった。









あれ……?ここ、どこだ?

なんか見覚えがある。

……ああそうか、僕がこのアーレスに召喚されたときの部屋だ。


なんで僕、こんなところにいるんだ?

ねぇ……


「う、ああ」


言葉が出ない。

ダフネ、ダフネはどこ?





「始めよ」


「……はい」


床に描かれた魔法陣が光りだして、儀式の間にいる多くの魔術師が術式を構築していく。

その魔術師たちの中心に、聖女リリーシュがいた。


リリーシュは魔法陣の中央で拘束されているマヒロを一瞥すると目を閉じ涙を流した。


「ごめんなさい……せめて、いっ時だけでも、正気を、と思ったんです……謝罪をしたくて……」


リリーシュ……

きみは一体なにをしているんだ。なんで泣いている?

なぜ周りの魔術師から恐れと怒りの負の感情が僕に向けられている

これは召喚の儀式……ではない


うそだ……

やめろ

あんな場所、戻りたくない

やめてくれ!


「ガァァ!!」


「恐れるな!術式に集中しろ……!」


その時だった


バァン!!


「お待ちください姫様!」


魔術師の叫び声と儀式の間の扉が勢いよく開け放たれた音が響いた。


「マヒロ!!」


アイラ……

アイラが入ってきたのか

泣きながら僕に近づいてくる

ダメだよアイラ

キミまで送還されてしまう


お別れの言葉、ちゃんと言いたかったな……


「あ゙イ、るァ……」


ズオオォォ……


大きな光の柱が立ち上る。


そして

アイラの右手は空を切った。

送還の術が成功したのだ。


「そ、そんな……マヒロ……」


「アイラ様……」


リリーシュはアイラにそれ以上近寄ることはできなかった。


儀式の間はアイラの鳴き叫ぶ声だけが響いていた。

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