第7話 山あれば……。
俺達、国防科学技術高等専門学校の生徒は、学生であっても毎月給与が支払われる。
男子生徒は、一年生は毎月約十万円、二年生は十五万円、学年が上がるにつれて高くなっていく。
授業料、医療費等はかからず、食事代も基本的には無料。普通に生活する分にはお金に困ることはないが、ダンジョンで戦うことを考えると物足りなさは感じる。
ただ、ダンジョンで収入を得る手段があることと、超常的な力を手に入れ得ることを考えると、釣り合いが取れているとも言える。
実際、鹿島ダンジョン高専の男子の入試倍率は平均一.二倍ほどで、体力試験と学力試験があるが、難易度は低い。
定員割れはしないが、最低限の体力と知能があれば誰でも入れるレベルの、ちょうどよい需給状態だといえる。
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今日は日曜日なので、午前中は掃除や洗濯など終わらせて寮でゴロゴロしていた。
仁はジョブに興味が出てきたようで、携帯端末を見ながら戦士系がどうだのブツブツひとりごちていた。
「やっぱ戦士系がいいかァ?」
「そうだな」
「射手系もカッコいいかもなァ?」
「戦士系がいいって」
「術士系も捨てがたいよなァ?」
「戦士系がいいって」
「造る者かァ……。なんかカッコよくねェ?」
「戦士系がいいって」
どう考えたって、仁には戦士系以外ありえないと思う。
ダンジョンが与えるものなので、選ぶことはできないが、仁に戦士系以外がきたらダンジョンの感性を疑う。
「純はどうなんだよ」
「俺は……別にいいよ」
「なんだよ、いいって」
「ダンジョンに任せるよ」
「ダンジョンに任せるゥ? おいおい、そんなんでどーすんだよ、『大槍術士』になりたくねェのかァ?」
俺は別に、槍にそこまで強い思い入れはない。
昔、短槍を選んだのは、初心者が一番安全で効果的に戦えると思ったからだ。
「そもそもよォ、ダンジョンが何考えてるかなんてわからねェじゃねーか、そんな人任せでよォ――」
俺はダンジョンに関してあまり悪い印象は持っていない。
信頼してる、とまでは言わないが、人々が言うほど怖い存在には思っていない。
世の中には暴災や、死傷者等のせいで、ダンジョンを毛嫌いしている人々がいる。どうにかして入口を塞いでしまえ、というくらい恐れている人々もいる。
でも俺はそんな風に思ったことはない。
ジョブについてもダンジョンに委ねられる、くらいには思っていた。
「――の英雄たちはよォ、強固な信念と意思のもとそうなったんだ。元々そう生まれついたんじゃネェ。確固たる決意と覚悟が彼らを英雄にしたんだ――」
そろそろ図書館にでも行こうかな。
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仁に図書館に行くかと聞いたが、フザケンナと即答された。まあ図書館には縁のない人種だもんな。
きっかり制服に着替えて図書館に入る。
もしかしたらいるかな?
いや、さすがにそんな偶然はないか……。
期待はしていたが、そう上手くはいかないだろうとも思っていた。
なにせ、約束はおろか、時間だって合うはずがないのだ。
館内の奥、人が少ない隅の方。
分厚い資料を読み耽る美少女がいた。
胸が高鳴る。
どうしようと迷うが、こんな幸運、滅多にあるものじゃない。
玉砕覚悟と言ったらオーバーだけど、話しかけるだけだし、とにかく挨拶してみた。
「五菱さん……」
控えめに声をかけると五菱さんは目を丸くして驚いていた。
「えっと、隣いいかな……」
「……ええ、もちろん。座って」
隣の席に腰を下ろす。やばいくらいドキドキする。
「……えっと、よく来るのかな、ここに。ほら……先週も合ったから」
何を読んでるのか気になったけど、不躾過ぎる気がして無難な話題をチョイスしてみた。
「そうね、わたしたちは、……女子は時間に余裕があるでしょう。だから、放課後とか、お昼とか、お休みの日はよく来るかしら……」
「五菱さん、図書館が似合うよね。なんていうか、変な意味に取ってほしくないんだけど、文学美少女って感じで」
「あら、ありがとう。うふふ。香取くんは……図書館っぽくはないかしら。変な意味に取ってほしくはないけれど」
くすくすと笑いながらやり返されてしまった。かわいい。
「これ、気になる?」
五菱さんが読んでいた本を手にとって見せてくれた。
気になっていたのを見透かされていたようだ。
「異界素材大全……」
ダンジョン内で発見された、人類にとって利用価値が認められた、植物、課物、鉱物、モンスターの局部、その他の液体、個体などがまとめられた図鑑のようだ。
「こういう情報って、外には降りてこないものもあるでしょう。貴重なの」
「これが、五菱さんがここに入学した目的? って言ったら大仰か、お目当てだったの?」
「ええ……そうね。本命ではないのだけれど、理由の一つではあるのかしら……」
「香取くんたち、ダンジョン探索順調そうね」
「順調……なのかな、他の人達の状況、アバウトにしか知らないけど……」
「ずいぶん、女の子たちにモテモテみたいだけれど?」
「えっ……! いやっ、あれは、よくわからないっていうか、俺も、なんでなんだろうって感じで……」
おかしいな。
詰問されてる感覚になってしまう。
なんだか顔をじっと見られてる気がするし。
「でも、ホント、なんでだろう……。五菱さんはそのへんのこと、何か知ってる?」
「えっ、わ、わたし? ど、どうかしら、ちょっとわからないかしら」
どうしたんだろう、急にあたふたしてる。
「それに、黒崎教官もさ、あんなこと言わなくてもいいのに……」
あんなことというは、クラス全員の前で、順調な探索組と、それ以外を線引したような発言のことだ。
あれでは、遅れていると感じた生徒たちが焦るのも理解できる。順調なチームも、嫌でも競争を意識してしまう。
「……そうね」
五菱さんは顎に指を当てて考え込んでいる。
「そもそも、どうやって俺たちのレベル? 強さ? 把握してるんだろう……」
「それは購買部からではないかしら。コアとか素材とか買い取ってもらっているでしょう」
「……ああ、そうか……」
そう言われればそうだ。核石の数で討伐数が大体わかる。
「でもさ、それじゃあ女子は? 女子は買取額はわからないよね」
「そうね……。言いにくいのだけれど、それを試されてるのがわたしたちなのよ……」
「試される……?」
一体何の話だ? 脈絡のないワードが出てきた。
「……香取くん、よかったら連絡先、交換しましょう」
どうして、この話の流れでそうなったのかわからない。
でも、五菱さんの連絡先をゲットできるチャンスだ。
すごい。全然よくわからないけど、ラッキーだ。神様に感謝したい。
落ち着いてきた心臓が再び高鳴る。
「も、もちろん、いいにょ」
あ。
クスクスと笑われてしまった。
恥ずかしい。
もう、まったく締まらないけど、とにかく五菱さんと連絡先を交換した。
それから少しだけ学校とか授業についてお話して、図書館を後にした。
お勉強のお邪魔虫をしてはいけない。
俺は空気が読める系男子なのだ。
なにはともあれ最高の日曜日だ。
月曜からもダンジョン攻略、頑張っていこう!
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月曜日のお昼休み、俺は女子の相手を仁に任せて、お手洗いに来ていた。
昨日今日と、下腹部の辺りがとてもムズムズするのだ。
はっきり言うと、エッチな気分になったときのような状態になってしまう。
今日なんて、朝起きたら夢精をしていた。
人生で初めての経験だった。
股間のあたりが冷たくて、一瞬、お漏らしでもしてしまったのかと焦った。
たぶん、昨日五菱さんと連絡先を交換したのが嬉しかったからだ。
別に、今すぐ彼女とあんな事をしたいとか、こんな事したいとか、そういうつもりはまったくない。いや、ほんの僅かしかない。――ちょっとだけだ。
ただ、彼女と一歩近づいたのは確かだし、千里の距離も一歩からと言うし、ゆくゆくはあり得ない事ではないのだし、それで夢の中で暴走してしまっただけだろう。
そんなことを考えてトイレから出ると、カフェテリアと反対側の階段に、上の階から降りてくる五菱さんを見かけた。
なんというタイミングのよさ。
「いつび――」
嬉しくて、声を掛けようとした瞬間、五菱さんのすぐ後ろをクラスメイトの郷田という男子生徒がついてきたのが見えて、寸前で口を閉じた。
大柄な体格で、同じクラスの派閥の一つ、郷田派のリーダー格の男子だ。
二人は階段を下りながら話をしていたようで、踊り場で足を止めて話を続けていた。
俺はとっさにトイレの出口に身を潜めて、二人の様子を観察した。
いや、なんで隠れる必要があるんだ、とは思うものの、まあ先に話してる二人を邪魔するのもアレだし、割り込んで五菱さんに声を掛けるのも大人げないし、いや、それなら普通に席に戻ってもよかったな、と思いながら、でも二人の様子を注意深く見ていた。
すると、郷田が五菱さんの手を取って下の階に降りていった。
…………。
……。
え……。
どういうこと……。
五菱さんは、別に嫌がってるようには見えなかった。
無理やりとか、引っ張られてとかでは全然なくて、自ら歩いてついて行ったように見えた。
心臓が早鐘を打っていた。
動悸と、それに目眩も感じてトイレの個室に引き返し座った。
仲のいい友達という線はすぐに消えた。
いくら仲が良くても男女間で手は繋がないだろう。
であれば……。
いや、別におかしいことではない。
だって俺たちは、俺と五菱さんは、別に付き合ってるわけでもないし、何か約束しているわけでもない。
ただ、昨日、連絡先を交換しただけだ。
既に誰かと交際してる可能性だってあるし、それがクラスメイトの可能性だってある。
まだ入学して三週目だし、ちょっと早いんじゃないの、とは思うが、別にそういう生徒がいたって驚きはしない。
なにせ、このダン高は特殊だ。
男子生徒には常に死の危険があるし、それなら悔いのないように、恋に積極的な生徒がいたって不思議じゃない。そしてそんな男子に女子も惹かれてロマンスが弾けて……。
そして、それが五菱さんと郷田だったとしてもおかしなことではないのだ。
「うわぁああああ……」
ヤバい。結構ショックだ。
いや、かなりショックだ。
だって、それならなんで連絡先交換したんだ……。
頭がぐるぐる回る。
なんでとか、だってとか、それなら、とかいろいろ考えが浮かぶが、結局は郷田が五菱さんの手を引いて、それを彼女が受け入れていたという事実に戻ってきてしまう。
俺ってキープくんだったのかな……。それとも連絡先の交換って特別なことじゃないのか。
ああ、そうかも。
中学のときも一人か二人、クラス全員分の連絡先を知ってる生徒がいたっけ。
つまり俺が一人で勘違いして盛り上がっていただけ……。
「はあああぁぁぁ……」
嘘だろ?
なにも考えたくない。
なにも見たくなかった。
午後一の授業はダンジョン概論の座学だったが、何も頭に入らなかった。
授業が終わって、仁とダンジョンに潜っても、ありえないようなミスを連発して危うく怪我をするところだった。
いや、俺みたいなバカが怪我をするだけならまだいい。もし仁に怪我を負わせていたらと思うと、自分がますます惨めに感じた。
「オマエ、今日おかしいぞ。大丈夫かァ?」
「すまん。体調悪いかも……」
「しゃーねェ、今日は撤収すっか。まァそういう日もあンだろ」
仁は俺を責めなかった。
寮に帰って、服だけ脱いで何も食べずに布団に潜って眠った。
何も考えたくなかった。
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