〈第18話〉『ハンバーグは涙の味』〈後編〉

 クロフォード学園―――学生食堂・一般喫食席


 「お待たせ~。すまんな、ちょっと調味料に苦戦して遅くなった。あ、パンは新しく焼いてくれちょるから」

 待たせたことを謝りながら、ハンバーグの皿をうちの席とエルザの前に置く。

 テーブルに置かれたハンバーグを見たドーラとアメリアはお互い目を見合わせ、初めて見る料理に首を傾げている。


 「よし!じゃあ食べるか!あ~お腹空いた~」

 うちは転生以来久しく食べるハンバーグに心躍らせ、自然と溢れ出る満面の笑顔で合掌し「いただきます!」と、ナイフとフォークを手に持つ。


 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!何よこの料理、見たことないんだけど!!」

 と、ドーラがエルザの前に置かれた調理の説明を求めてくる。


 「ん~、えっと。料理の名前はハンバーグ。心配せんでも味の保証はしちゃる」

 そう言ってドーラに返答し、ハンバーグにナイフを入れる。

 ハンバーグにナイフを入れた瞬間、中に留まっていた肉汁と香辛料の香りが湯気と共に一気に溢れ出し食欲を誘う。

 俯いていたエルザを除き、それを見ていたミリア、ドーラ、アメリアの3人から生唾を飲むわずかな音が聞こえる。


 「おぉ~。中身の焼き加減見ちょらんかったが、上手く焼けちょるじゃないか」

 うちはハンバーグの焼き上がりの出来に「うんうん」と満足する。

 

 「ね、ねぇ、ティファ。私も一口食べてみたいなぁ......」

 隣に居るミリアが今にも涎を垂らしてしまいそうな表情でハンバーグを食べてみたいと言ってくる。


 「なんじゃ、お前もうご飯食べたんじゃろ?」

 「食べたけど、厨房で料理してるティファ見てたらお腹空いちゃったんだもん。一口でいいから!お願い!お願い!」

 うちの問いに、よっぽど食べてみたいのかミリアが両手を合わせ必死に懇願してくる。


 「しょうがないのぅ~。ほら」

 うちは一口大に切り分けたハンバーグを嬉々とした表情で「あ~ん」と口を開けているミリアの口へ運ぶ。

 

 「~っ!!美味しい!」

 ミリアは両手で頬を覆い、ハンバーグの味を噛み締めその味に満面の笑みを浮かべる。


 「お、ホンマか?」

 「うんうん!美味しいよ!あぁ、これパンが欲しいな!焼き立てのパン持ってきてくれるって言ってたけどまだかな!」

 それを聞いて「お前パンまで食べる気か!」とまだ食べる気でいるミリアにツッコミを入れる。


 「あ、すまん。騒がしくしてしもぅて...…」

 未だに俯いているエルザにうちは謝罪をする。


 「……。お前3日近く食べてないんじゃろ?暖かいうちに食べてみて欲しいんじゃが......無理か?」

 うちの問いかけに、エルザは沈黙で答えてくる。


 「ま、ご飯は食べたくなったら手を付けてくれ。んで、そのままでえぇから聞いてくれるか?」

 自分の食事を進めながら、うちは反応のないエルザに話しかける。


 「今まで部屋に引き籠っちょたアンタは知らんじゃろうけど、アンタが受けた【決闘】デュエルな、うちも一緒に参加する事になった」

 うちの言葉を聞いたエルザの肩がわずかに反応し、動いたことをうちは見落とさなかった。

 

 「まぁ受けたちゅうてもほとんど強引なものじゃが。うちとアンタ、んでクラウス先輩とレオス先輩の2対2の2組【決闘】タッグ・デュエルじゃ」

 最初はただ単純にクラウスとエルザの戦力差を埋めるため、エルザの助力を申し出たのだが、【決闘】の規定で実力差があろうと1対1でしか【決闘】は出来ないと頑なに受けてはもらえなかった。

 だが、そこへ助け舟をレオスが出し、2組【決闘】となったと言う経緯をエルザに説明する。


 「……意味......分かんない……。なんで、関係ないアナタが私とお兄様の【決闘】に首突っ込んでくるのよ……!」

 エルザにとって、敗者に手を差し伸べるティファの行動の意味が分からず、俯いたまま掠れた声を絞り出す。


 「関係ない......か。アンタはそう思っちょるんかも知れんが、うちはそうは思っちょらん。だってそうじゃろ?アンタが今の状況に追い込まれたのはうちとの【決闘】の結果が招いたことじゃろ。じゃからうちも全くの無関係ちゅう訳じゃないじゃろ」

 うちは尤もらしい理由で、助力を申し出たとエルザに答える。


 「それが......意味わかんないって言ってんのよ!!私に勝ったんなら、私のその後の身の振り方なんてアナタに関係ないでしょ!それにアナタだって、私の事嫌ってるんでしょ!だったら......、だったら、放って置けばいい......じゃない……」

 始めこそ顔を上げうちの助力の話しに語気を強めて反発してきたエルザだったが、次第に声が尻すぼみになっていき再び顔を伏せてしまう。


 「ん~、まぁ好きか嫌いかで言ったら好きではなかったのぅ」

 落ち込んでいる相手にはっきりと「好きではなかった」と言ううちを見ていたドーラとアメリアは若干引き気味になっている様子だった。


 「あ、あはは、ご、ごめんね!ティファって自分の思ってることはっきり言っちゃうから……」

 うちの発言で引いてしまったドーラとアメリアを見たミリアが、戸惑いながら2人にフォローを入れる。

 

 「だってそうじゃろ。貴族特権か何か知らんが並んじょる列には割り込んでくるし、シアは虐めちょったしな」

 うちはミリアのフォローを台無しにするような事を言うが、2人とも思い至ところがあるのかお互いの顔を見合わせた後そっと視線を逸らす。


 「人の印象ちゅうのは関わったら関わっただけ変わってくるもんでな。うちがアンタに抱いた最初の感情はさっき言ったままのうちのアンタに対する忖度のない印象じゃ」

 うちはミリアがフォローを入れたことで空気を察し話しを続ける。


 「でも」

 と、一旦話しの息継ぎを挟む。


 「うちとの【決闘】の後、2日間くらいじゃったか?アンタが1人で自己修練しちょる姿を見て以来アンタに対する印象は変わり始めた、かな」

 1人で自己修練に打ち込む姿を見た時から、うちの中のエルザの印象が渇てきていたのは嘘ではない。


 「あと、ミリィとシアから聞いたよ。アンタ、うちとの約束をちゃんと守ってシアに謝ってくれたんじゃろ?それもギャラリーが大勢居る前で......。ありがとう」

 うちはエルザが【決闘】の勝利条件の約束を守ってくれたことをミリアとシンシア伝手に聞いたことを話し、うちはエルザに対し頭を下げ礼を言う。

 そんなうちの姿を見たドーラとアリシアは驚いた表情を浮かべ、エルザはうちの「ありがとう」という言葉に反応し、顔を上げ目の前で頭を下げているうちに視線を向ける。


 「わ、わた......しは......、アナタに礼を......言われるようなこと......はしてない......!」

 頭を下げるうちを見て、エルザは涙を浮かべ震える声で答える。


 「そんなことはない。正直なところ、うちはあの約束は反故にされると思っちょった。アンタの貴族のプライドもあるからのぅ。でも、アンタは自分の中にある貴族のうちとの約束を守ってくれた。だから、ありがとう、約束を守ってくれて」

 うちはエルザの視線を真正面から受け止め笑顔を向ける。

 うちのこの言葉に嘘はない。

 貴族という地位がある者に”敗北したら謝れ”と公の場で約束させても、貴族の誇りが邪魔をして約束は果たされないと思っていたが、うちは其れでもいいと思っていた。

 貴族が平民に敗けたとあれば、それが抑止力となり地位を笠にした輩が、シンシアの様な平民に下手な手を出しはしないと思ったからだ。

 だが、エルザの行動はうちの思惑とは真逆のものだった。

 だからこそ、うちはその行動がエルザという人物の印象を逆転させ、あの【決闘】から苦しんでいる彼女を救いたいと思う決定的な要因になっていった。


 「【決闘】で敗北した時の条件...…は、私と同じ......何でしょ……?敗けたら......アナタはどうするのよ……」

 そう言いながらエルザの目尻にたまっていた涙が頬を伝う。


 「あぁ、そうじゃよ。敗けたらアンタと一緒に仲良くこの学園から追放じゃな」

 【決闘】の相手が学園最強、もっと言ってしまえばラングリッサ王国での次代剣聖として、全領にもその名を馳せている”不動の魔法砲台”のクラウス・クロフォードが相手だ。

 クラウスが”不動の魔法砲台”と言われ始めた経緯は、数多の【決闘】での初期立ち位置から彼を一歩も動かすこともなく対戦相手を看破してしまう魔力と技量を兼ね備え、さらには剣技も剣術を主体として教育しているバートレット領の学園留学の際1年留学期間時トップであった。

 彼の剣術、魔力・魔法技術を王国側も認識し、次代の剣聖として期待をしている。

 そのクラウスに加え、学園3英傑の一角である”剛腕”のレオスが相方として加わるのだ。

 うちとエルザにとって過酷な【決闘】にも拘らず、敗北時の条件をうちは軽い感じで答える。


 「ん~、敗けたらか……。うちは勝つもりでおるけど、まぁ”もし敗けたら”一緒に1からやり直そうや」

 「1から......やり直す......?」

 流れる涙を隠すこともなく涙声のままエルザがうちへ聞き返す。


 「そ、ラングリッサにある学園は何もクロフォード学園だけじゃないじゃろ?じゃったら他の領の学園に移って一緒にやり直そう」

 うちの”1から”と言う言葉が引っ掛かったのか、エルザは不安な表情を浮かべ目を泳がせる。


 「大丈夫。うちはアンタが自分の新しい居場所を見つけるまで付き合っちゃる。アンタにうっとおしいと言われても邪魔と言われてもアンタに付いて行く」

 うちはエルザから一切視線を逸らさず自分の想いを伝え、視線を泳がせていたエルザと視線が交わる。


 「大丈夫。うちは最後までアンタを裏切らん、見捨てない。じゃから、一緒に頑張って【決闘】に勝とうや。な」

 「……」

 うちはエルザの不安を払拭できるように、優しい声音でエルザに語り掛ける。


 「……っ」

 そこまで話すとエルザは唐突にナイフとフォークを手に持ち、目の前のハンバーグを切り分け口に運ぶ。

 うちはようやく食事に手を付けてくれた姿を見て安堵の表情を浮かべ、自身の食事も進める。


 「どうじゃ?少し冷めてしもうたかもしれんが口に合うか?ミリィは美味いって言っちょったけど......」

 味には自信はあったが、この世界にはまだ存在していなかったハンバーグという料理が、貴族であるエルザの口に合うか気になった。


 「……塩......使い過ぎよ......。しょっぱくて食べられたものじゃないわ……」

 涙を流し文句を言いながらも、エルザはゆっくりとハンバーグを食べていく。

 この日エルザの食べた『ハンバーグは涙の味』で塩辛かった。


 「そっか、アンタの”分”だけ塩が多かったかもしれんな。悪かった」

 うちはハンバーグが塩辛いのは涙のせいじゃないかと思いつつそこには触れなかった。

 

 その後、会話のなくなった席に焼き立てのパンを料理士見習の生徒が届けてくれ、「ありがとうございます」と礼を言ってパンを受け取る。

 焼き立てのパンの香りに食欲を刺激されたミリアが物欲しそうな顔をする。

 うちは食い意地の張ったミリアと騒がしくハンバーグとパンを分け合いながら食事を完食する。


 「ミリィ……お前……」

 思っていた以上にミリアに食べられて(半分程度)しまい、うちは中途半端に満たされた腹具合のまま、途中でミリアを帰らせるべきだったと肩を落とし後悔した。

 うちの食事をほぼ半分食べたミリアは悪びれもなく「美味しかったよ!」と能天気に1人満足していた。


 「はぁ~……。ま、うちは食べ終わったから先に寮に戻るわ」

 「あ、あとは私達が片付けておくのでそのまま戻ってください」

 ため息をつきながら食器を厨房へ持って行こうとしたうちに、疲れているうちを気遣ったのか、それともここまでエルザを部屋から連れ出してくれた感謝からかわからないが、アメリアが後片付けを申し出てくる。


 「ん?そうか?じゃあ、お言葉に甘えてうち等は先に戻るな」

 あとはエルザと使用人2人の時間だと思い、うちは素直にアメリアの申し出を受け席を立つ。


 「エルザ。明日、アンタが自己修練しちょった時間に魔術科の訓練場で待っちょく。絶対に来いとは言わん。でも、心の整理が出来たら来てもらえると嬉しい。明日来なくても、アンタの事毎日待っちょるから」

 うちは去り際にエルザにそう言い残し、ミリアと一緒に学生食堂を後にする。


 クロフォード学園―――魔術科修練所


 うちはいつもの早朝メニューを早々に終わらせ魔術科の訓練所に入って行く。

 修練所内は人の気配が全くなく静まり返っている。

 うちは壁に背を預け、傍らに木剣を立てかけエルザが来る事を願い待つ事にする。

 だが、しばらく待っては見たが、この修練所を訪れる者の気配はなかった。


 (やっぱり無理......何かな……)

 元々敵対し今の状況に追い込んだうちの言葉では、エルザの心を動かすことはできなかったか、と気落ちしてしまう。


 (今日来んかっただけじゃ!明日は来るかもしれん!)

 うちはこのまま【決闘】当日まで顔を合わせることはないのかもしれない、というマイナスの思考を頭を振ることで追い出し、この日の修練はこれで切り上げようと木剣を手に取り修練所の出入り口へ足を向ける。

 修練所から出て行こうと歩き出した瞬間、入口の方で人の気配がすることに気付く。

 気配の正体を確かめるためうちは足を止める。

 脚を止め出入り口に視線を向けていると、身長ほどもあるスタッフを携えたエルザが入ってくる。


 「エルザ!」

 待ちわびていた人物の姿を見てうちは嬉しさのあまり自然とエルザの方へ駆け寄り、勢いのまま抱き着いてしまう。


 「ちょっ!ちょっと!何よ!!」

 修練所に入った瞬間、うちに抱き着かれエルザが戸惑いの表情を浮かべ、隈の残るその表情にはどこか照れている様な雰囲気があった。

 うちに抱き着かれたエルザは、顔を赤くして無理矢理うちを引きはがす。


 「来るのが遅いわ!あれからご飯は食べれたか?昨日はちゃんと睡眠取ったんじゃろうな!?」

 文句と心配が入り混じった事を言いながら、うちの表情はおそらく嬉しさのあまり口角が挙がっていただろう。


 「う、うるさいわね!アナタに心配される筋合いはないわよ!大体待っていたのはアナタの勝手でしょ!?【決闘】まであと1週間を切ったんだから自主修練に来るのは当たり前でしょ!!というか……」

 エルザはうちが心配していたことを知ると、より一層顔を赤くして言葉をまくし立てる。


 「アナタ剣術科なんだからここから出ていけ!!」

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