〈第10話〉『それが貴族の教えであるからこそ……』
クロフォード公爵邸―――6年前
「いいか、クラウス。この世は……貴族の世界せかいは結果が全てだ。お前はクロフォード家始まって以来、いや、聖皇歴始まって以来の魔力と剣術の持ち主だと私だけではなく、王家の要人も他の爵家もそう思って期待している」
「お前は……この時代において新たな”剣聖”に成るべくして生まれてきたのだ”」
これは……。
俺の記憶……か……。
幼い日、父エリオット・クロフォードがまだ生きていた時の記憶。
当時の流行り病に罹り病床に伏せていた父上は、俺に常々言ってきた事がある。
貴族は”結果が全て”だと。
そう言われ続け俺は今まで生きてきた。
そして、その思想に侵食されるように俺もそうあるべきだと思って生きてきた……。
だから、俺は自らの”守ってやるべき”妹であるエルザに対しても……。
『それが貴族の教えであるからこそ……』
平民出自の剣士に、ティファニア・アッシュフィールドに
それが”実の妹”であっても……。
エルザにとって残酷な宣告であるとは俺自身も思っている…
だが、貴族である以上、父上の思想はクロフォード家の後世へ伝えていくべきだ……。
そう、教えられてきた……。
俺もそう思って生きてきた……。
だが、あの少女、ティファニア・アッシュフィールドは、受け継いできた俺のそんな思想をこの度のタ・ッ・グ・【・決・闘・】・”でぶち壊してきた”……。
⚔
王立クロフォード学園―――学園長室・【決闘】翌日
「この間話した事、本当にいいのかい?」
王立クロフォード学園の現学園長アレクシス・クロフォードは、学園長席の前に立つ学生にして孫息子のクラウス・クロフォードを呼び出し訪ねる。
「はい。当主会で話した通りです。我が妹、エルザ・クロフォードは先日行われたティファニア・アッシュフィールドとの【決闘】に敗北しました。公爵家の実子でありながら、平民出自の剣士に敗北すると言う”結果”を残しました。よって、エルザの爵位を剥奪し公爵家及び学園からの追放をします」
クラウスはアレクシスに無表情かつ冷徹な言葉を返す。
クラウスの口からその返事を聞いたアレクシスは少々困ったような表情をする。
「エリオットの亡き今、クロフォード家の実権を握っているのは私ではなくお前だ。確かにエルザはあのアッシュフィールドという子に負けた。だが、それだけで爵位の剥奪から学園、ましてや爵家からの追放はやり過ぎでは?エリオットがお前に教えてきて来たことは私も知っている。だが、その思想にお前まで染まる必要は……」
アレクシスは実兄が実妹に対して下す処罰に対して厳しすぎるのではと問いかける。
「いいえ、逆ですよお爺様。ここで身内への甘さを見せてしまえば他爵家への示しがつきません。そして貴族は”結果”が全てだと私は常々教えられてきました。【決闘】の敗北という結果を残したエルザはクロフォード家の家名を汚しました。当然の処罰です」
何を聞き返しても表情も意見も変えないクラウスにアレクシスは溜息をつく。
「……そうか。分かった。これ以上の問答は無意味の様だ……」
アレクシスは溜息を一つ付きこれ以上の問答を止め、席から立ち上がり窓の外へ目を向ける。
「……それでは、私も授業があるのでこれで失礼します」
「クラウス。本当にいいんだな?お前はエリオットの、父の教えを優としてその決断をしたのだな?」
クラウスがそう言い残し部屋から退室していく気配を感じ、アレクシスは背後のクラウスに向け最後の問いかけをする。
「……はい。そして、父亡き今、クロフォード家現当主は私です。お爺様にもこの決定には従ってもらえるようお願いします……」
クラウスはアレクシスにそう答えドアノブを回す。
「エルザが7歳の時」
アレクシスは若干語気を荒げ、出て行こうとするクラウスの足を止める。
「”魔力のない色無し”と判定されても尚、それでも兄であるお前に追いつきたいと、努力を重ね必死になってお前の背中を追いかけ続けた妹でもか?」
本来、魔力測定は学園入学時に行われるが、爵家の魔力測定は跡継ぎ問題の観点から生後”7歳”を迎えた際に行われる。
アレクシスは振り返り学園長室の扉の前に佇んでいるクラウスに再び視線を向ける。
「私の考えは変わりません。エルザにも近日中に”追放命令”を伝えます。お爺様は何故そこまで食い下がるのです?」
アレクシスの視線に気づいたクラウスは、貴族の面子を守ることはアレクシスにとっても同じことのはず。
だが、何故ここまでアレクシスが食い下がるのか、アレクシスの考えがクラウスにはわからなかった。
そんなクラウスはアレクシスのその胸中を探るべく聞き返す。
「何故?お前がその決断に後悔していないかの確認のためにだよ。エルザの血の滲むような努力を一番近くで見てきたお前の……な」
とアレクシスは答える。
その最後の問答にクラウスは一瞬考えるような、迷っているような素振りを見せるが、自分の決定は絶対だとでも言うように、アレクシスの言葉を無視して扉のドアノブに手を掛け、そのまま学園長室を出て行く。
⚔⚔
王立クロフォード学園―――修練場・早朝
うちとエルザの【決闘】の翌日。
うちはいつものように修練場の外周で走り込みをしていた。
「【紫電】【韋駄天】!」
いつも通りラストスパートの距離で”身体強化魔法”の【紫電】【韋駄天】を使用する。
「う~ん……。距離は伸び……ちょるんかのぅ……?」
身体強化で纏った魔力が雷属性特有の魔力形状を帯びバチバチッと音を立てる中、加速を開始した地点からの距離が伸びているかを訓練所の外周に生えている木の本数で確認する。
(いち、に、さん……。う~ん多少は伸びてはきちょるか!よし!)
うちはガッツポーズを取り少しの成長でも喜ぶ。
「とりあえず、今日の走り込みはここまでにしとくか……。あとは、っと」
そう呟きながら校舎の壁へ立てかけていた木剣へ近づいていく。
走り込みをしている最中はそのことに夢中になっていたため気にしていなかったが。
ドゴンッ!
と、この学園入学以来、朝の自主練で聞いたことのない爆発音が響いてくる
ドドドドッ!
「ん?な、何の音じゃ……!?」
一瞬気のせいかとも思ったがその後も木剣を手に取ろうとした際に、魔術科の修練場から怒号が立て続けに響いてくることに気付き、うちは毛べに立てかけてある木剣を回収し音のする方へ走って向かう。
その向かう先には魔術科の訓練所があった。
「ハァッ、ハァッ!くっ!」
魔術科の修練所に入るとそこには、修練用の再生魔石を核にした人型の魔導ゴゥレムを相手に
(……エルザ?)
恐らくうちとの【決闘】で息切れを起こしてしまった”魔力維持範囲”である狭範囲ミドルレンジでの魔法を放っているのだろう、エルザは肩で息をしており、魔術科の修練所の入り口に居るうちにまで息が切れている様子が見て取れる。
(アイツ、こんな朝早ぅから自主練……か?)
1年最強と言われているエルザが、他の生徒がまだ寝ているような時間から自主練をしていることに、うちは驚いていた。
修練に集中しているせいか、エルザは魔術科訓練所に入ってきたうちに気付いていない様だった。
うちは足音を忍ばせエルザに気付かれない位置まで近付き、木剣を立てかけ壁に凭れ掛かり息を潜めてエルザの修練を腕組みをして見学する。
「ハァ、ハァ、ッ!……フゥ~」
エルザは数分間【炎球】をミドルレンジで撃ち続け、息を整えながら額に浮かんだ汗を拭い修練の手を止め、膝に手を突き乱れた呼吸を整える。
(まだ……。まだこのくらいで息切れしている様じゃ、あの子の高速剣を上回ることはできない……!)
息を整え終えスタッフを構え直したエルザの周囲に新たな7つの光球が出現し、その光球に炎属性の赤い光が宿り【炎球】を【創造】クリエイトし、ゴゥレムへの連弾攻撃を再び始め、ゴゥレムと地面に着弾した【炎球】から、先程ティファが魔術科修練所の外まで聞こえてきた爆音が間近に聞こえてくる。
その【炎球】連弾の熾烈さに、ティファは心中で(おぉ~っ)と感嘆しつつ、この連撃を【決闘】時に受けていたと思うと、あの時受けきった自分を称賛しつつ、一歩間違えば【決闘】で負けていたのは自分じゃないかと思い、背筋に嫌な汗が伝って行くのを感じていた。
「っ。……っく!」
【炎球】の連弾を放ち始めて数分後、息切れをし始めた時点でエルザの額に汗が滲みだし、徐々に苦悶の表情に変わってくる。
(ここを……。ここを乗り切らないと!)
と、自身を奮い立たせ【炎球】の勢いと、連射性を更に上げていく。
「っく!」
エルザは徐々に削れていく魔力持久力に、唇を噛み締め必死に耐える。
唇の端から顎に向かって血の筋が流れていることも気にせず、【炎球】連弾の手を止めず、かつ、【創造】のスピードを上げていく。
「ハァ……ハァ……っ」
【炎球】の連弾により再生が追いつかなくなるゴゥレムを爆煙の合間から視認し、エルザは膝に手を突き息を整える。
うちはエルザの修練を静観しながら、壁に凭れ掛かっていた姿勢を変える身動ぎをした際、隣に立てかけていた木剣に身体が触れ、木剣が地面に向け倒れていく。
(ちょっ!待て待て!お前そこで倒れるのは違うじゃろ!)
慌てて倒れる木剣を地面に着く前に掴もうとしたが、間に合わず木剣がカランッと音を立て地面に倒れる。
「あっ……」
倒れ切る前に木剣を掴めなかったうちは、息を潜め気づかれない様にこっそり見学していた手前、つい言葉を発してしまい首だけを”ギギギッ”と言うきしむような音を立てながら、木剣が倒れた音でこちらに気付いたかもしれないと修練中のエルザへ恐る恐る視線を向ける。
「……」
「……」
背後の音に気付いたうちとエルザの視線が音を立てたようにかち合い、現状を把握している様に暫くお互い無言で見つめ合う。
お互いの存在を見合ったうちとエルザは数秒硬直し現状を理解しようと思考が停止する。
「っ!ティファニア・アッシュフィールド!!なんであなたがここに!」
その後状況を把握しうちの姿を完全に視認したエルザは「ハッ!」と我に返り、一瞬で表情を険しくしうちに対して敵意を剝き出しにする。
「や、やっほぉ~!えぇ天気じゃね……!」
と、軽く手を上げうちは素っ頓狂な返しをする。
うちの姿をに気付いたエルザは、うちの返しを素っ気ない態度で無視し修練を止め、そのまま出口へと向かって行く。
「あ、ちょいちょい!待てって!」
足早に出口へ向かうエルザの右肩に反射的に手を掛け、出口へ向かう歩みを停めさせる。
「何よっ!!」
うちの方へ振り向くと同時に、右肩に掛けられた手をパンッ!と思いっきり払い除けられ、もの凄い剣幕でうちを睨んでくる。
「あ……、いや、これと言って用はないんじゃが……」
思った以上の剣幕で睨まれたうちは、引き留めたものの特に会話がないことに気付きバツが悪くなり、エルザの視線から逃げるように視線を泳がせ、居た堪れなくなりつい頬を掻く。
「剣術科のあなたがなんでここに入ってきてるのよ!!なんで今ここに居るのよ!!」
【決闘】で敵対したうちに、自主練の姿を見られて怒っているのか、それとも他科の生徒が魔術科の修練場に居ることに腹を立てているのか、恐らく前者の理由が強いだろう、エルザがうちに怒号を浴びせる。
「そこまで怒鳴ることないじゃろ。ここも学園の施設じゃし、そもそも他科の生徒が入ってきちゃいけんって決まりはないじゃろ」
エルザの怒りを含んだ言い様に対し、うちは少々苛立ち反論をする。
「大体、うちは入学してからずっとこの時間帯に自主練しちょるんじゃ。いつも
聞こえんバカでかい音がしたらそれが気になって見に来るじゃろが」
うちは嘘のない反論を続けた。
「学園入学後ずっと?この時間から……?毎日……?何のために?」
うちの反論に、エルザはようやく振り向いて、うちに目線を合わせてくる。
「それは自分自身を研鑽するためじゃ。うちはまだまだ弱いからのぅ」
うちは自分自身の強さにまだ至らない所が多い、という思いで”まだまだ弱い”とう自己評価の低さにエルザが肩を震わせる。
「弱い......?弱いですって……?私を負かしたあなたが!弱いですって!私に勝ったあなたが!負かした私を前にして自分は”弱い”、なんて言わないでよ!」
その怒号を放ち、エルザは自分が馬鹿にされ下に見られていると思い、怒りの感情を募らせ俯き息を切らせる。
「弱いよ!いくらお前を運よく打ち負かしたとしても、この先、うちの上には上が居る!じゃからうちは常日頃から研鑽を続けちょる!!」
うちの言葉を謙遜の言葉と受け取ったと思われるエルザに、自身の思った事をぶつける。
「……」
自分との価値観の違いをうちの言葉から感じたのかエルザは少しの間押し黙る。
「え、エルザ!」
うちの制止も無視してエルザは魔術師修練所を後にする。
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