第2話 婚約破棄されましたが、不幸なことなんて何も
(さて……状況を整理しよう)
ヴィオラは実験が一段落した後、寝台の上にごろりと横たわっていた。そして、いま自分が置かれた状況を改めて俯瞰してみる。
(家督はお兄様が継ぐから、私がこの家に縛られることはない。お父様とお母様は私に新たな婚約者を充てがうだろう。問題はそこだ)
ヴィオラにとって、もう婚約や結婚という話は二度とゴメンだった。どうせキャロルが横槍を入れて破談になるに決まっているからだ。
ジョセフとも、最初は上手くいっていたのだ。良好な関係を築くために、ヴィオラは頻繁に手紙をやり取りし、二人で出かける時間を作り、誠心誠意彼と向き合った。ジョセフもその気持ちに応えてくれて、二人の仲はしばらくの間はとても良好だった。
しかし、姉の幸せそうな姿に嫉妬したキャロルは、案の定二人の関係を壊しにかかった。ジョセフに色目を使い、巧みな嘘を使ってヴィオラを陥れようとしたのだ。
始めは両親のように取り合っていなかったジョセフも、次第にキャロルに籠絡されていった。段々と気持ちが離れていく彼を間近で見せつけられ、ヴィオラは心に冷たい影を落とした。
そして、ジョセフが完全に妹に落ちたとき、一気に彼への気持ちが冷めた。ああ、お前もか、と。
そのとき、傷つかなかったと言えば嘘になる。彼には少なからず絆を感じていたし、彼となら良い家庭を築けるだろうとも思っていた。
「もう、色恋沙汰はゴメンだな……」
そう独りごち、ヴィオラは深い溜め息をつく。
そんな状況だったので、いずれ婚約を破棄されるだろうことはわかっていた。しかし、ジョセフへの気持ちは完全に冷めていたので、妹から取り返そうとは全く思わなかった。
今から三年ほど前、家族を含め周囲の人間に嫌気が差したヴィオラは、貴族学校に入学後、勉学に専念するようになった。婚約破棄された時に一人でも生きていけるよう、できる限り学をつけておこう思ったのだ。
頭脳明晰なヴィオラは、様々な分野に手を出しては次々にその学問を究めていったが、特に魔術分野に興味を見出した。何気なく研究を始めてみると、次第に魔術の奥深さに魅入られ、研究にのめり込むようになっていった。
そんなヴィオラに転機が訪れたのは、魔術研究関連の学会に参加し始めて程なくしてのことだった。この国最高峰の学術機関、グリッジ大学の権威ある教授から、推薦入学の話を持ちかけられたのだ。
この頃ヴィオラはまだ十七歳だったが、既に数々の研究成果を挙げていた。それに目をつけた教授が、是非にと言ってくれたのだ。
いずれ婚約破棄される身のヴィオラにとって、これは願ってもない話だった。国一番の大学を卒業すれば就職先には困らないだろうし、しかも返済不要の奨学金まで付けると言われたので、最悪親と絶縁しても在学中の生活には困窮しなくて済む。大学には寮があるので、住む場所にも困らない。ヴィオラは二つ返事でこの話を承諾した。
大学入学の件は両親やジョセフには言わなかった。一応まだ婚約している身で、学校卒業後はジョセフと結婚し彼の家業を手伝う予定になっていたからだ。事前に明かせば、反対されるに決まっていた。
それからヴィオラはジョセフからの婚約破棄を首を長くして待った。妹の嫌がらせも両親からの叱責ももうたくさんだったので、早く大学に行ってこの家を出たかった。
そして、貴族学校の卒業を間近に控えた今日この日、ようやくジョセフが婚約破棄を突きつけてきた、というわけだ。
(私は、卒業したらこの家を出て、大学の寮に住む。飛び級で卒業して、いち早く教授まで上り詰める)
これがヴィオラの新しい人生設計だ。大学卒業後は王宮に就職するのもありだとも思ったが、やはり研究が好きなのでできることなら大学に残ろうと考えている。
(大学教授になれば、両親もとやかく言うまい。それまでは、結婚の話は適当な理由を付けて断ればいい。それか、相手に嫌われるよう仕向ければいい)
ヴィオラがジョセフに自分の「嫌な点」を聞いたのは、何もそれを直そうとしてのことではない。むしろその逆で、「嫌な点」を直さず継続すれば、男が寄ってこないだろうと考えたからだった。
(見た目に気を使わないこと、男勝りに振る舞うこと、常に相手より賢くあること)
脳内で指摘されたことを復唱すると、思わず顔がにやけてしまった。これはいい情報が手に入ったと、満足げに笑みをこぼす。
「他に懸念事項は……特にないな。ああ、これで研究に専念できると思うと最高に幸せだな。独り身の何たる気楽なことか!」
ヴィオラは自分の未来を想像して、希望と期待に胸を膨らませた。きっとこれから、素敵な独身生活が待っている。そんな気がしてならなかった。
そして、ふと先程まで応接室で対峙していた二人のことを思い返す。
(ジョセフ様も哀れだな……あんな女に引っかかるとは)
妹はお世辞にも優秀とは言えなかった。持ちうる能力と言えば、人に取り入ることくらいだ。それは貴族社会においては重要な能力ではあるが、キャロルにはそれ以上に致命的な欠点があった。
(キャロルでは、到底オードニー伯爵家を支えられない。人を陥れ、自分が優位に立つことしか考えていない、あの妹では)
キャロルは自分のこと意外に興味がない。自分を第一に可愛がり、他人を貶めることに全くと言っていいほど抵抗がない。だからジョセフの元に嫁いでも、やりたい放題して周囲の人間関係を滅茶苦茶にするだろう。ジョセフが苦労するのは目に見えていた。
(ざまあみろ、だな)
ヴィオラは冷めた心でそう思うと、寝台からよいしょと立ち上がる。
「さて、実験の続きをしよう」
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