憧れのあなたへ
塚本正巳
憧れのあなたへ
拝啓
突然、一筆申し上げる失礼をお許しください。あなたは僕をご存じないと思います。それは当然です。あなたには僕に興味を持つきっかけなどまったくありませんでしたから。
しかし、僕はあなたのことをよく存じ上げております。僕にとってあなたは絶対に忘れることのできない存在。誤解を恐れずに申し上げるなら、僕は自分のことをあなたの分身だと思っているのです。
あなたは裕福な家庭に生まれ、何不自由ない生活を送って来られました。一流の高校、大学を卒業され、今はお父上の会社で重要なポストを担うための経験を積まれておられる。
お金の力というのは凄まじいものです。あなたがどうやってその学歴を手に入れたのか、周りにいる大抵の方はお気づきだと思います。あなたも薄々感じていらっしゃるでしょう。あれだけ多くの取り巻きに持て
申し遅れましたが、ご結婚おめでとうございます。本来ならこの手紙に祝儀を添えるべきでしょうが、僕はあなたと違って貧しい身ですので無礼をお許しください。もちろん祝意はあるんですよ。でも今の僕にはほんの少しの出費も痛手なんです。この便箋と封筒だって、もっと安いものにすべきか悩んだくらいですから。
話が逸れてしまいましたが、綺麗で賢そうな奥様ですね。お若いあなたが急にお見合い結婚というのは少々驚きましたが、よくよく考えてみれば合点がいきました。どうやらお金の力だけでは、あなたと結婚までしてくれる方はいらっしゃらなかったのですね。しかし、お見合いで結婚された奥様は良家のお嬢様。結果的にはこれで良かったのではないでしょうか。お気を悪くされないでくださいね。僕は事実を述べているだけですから。
あなたの話ばかりだと退屈でしょうし、恐らくあなたはとても気になっていると思います。ですので、そろそろ僕の話もしましょう。僕は生まれてこの方、幸せというものを味わったことがありません。
僕には兄がいますが幼少の頃から仲が悪く、いつもひどい仕打ちを受けてきました。可愛がってもらったことは一度もありません。アル中でギャンブル狂の父は家庭にまったく興味がなく、母は夜の仕事に忙しくて僕の面倒を兄に押し付けていました。
兄は僕のことをよく「野良」と呼びました。拾われてこの家に来たという意味です。そう呼ばれてしまうのも仕方ないほど、僕は家族の誰とも似ていませんでした。顔や性格はもとより、背格好や頭の出来、ひいては食べ物の好みに至るまで。
がさつで血の気の多い家族と違って、僕はそこそこ勉強ができたので高校での成績は常にトップクラス。でも僕は大学に進学させてもらえませんでした。その頃には父の借金がさらに膨れ上がっており、僕も返済を手伝わなければならなかったからです。兄は傷害事件を起こして塀の向こうですし、母は父と大ゲンカの末、男を作って逃げてしまいました。
僕はあまりの居心地の悪さに、とうとう原因を調べ始めました。そして一年がかりで行き着いたのです。桐生誠さん、あなたに。僕の名前は桐生輝星。「こうせい」ではありません。「べが」と読みます。親は何らかの願いを込めたつもりなのかもしれませんが、僕はこんな名前を受け入れられるほど馬鹿、いや、おおらかじゃない。
僕はある産婦人科医院の出生記録を極秘に調べてもらい、興味深い証拠を摑みました。同じ名字の家族が、同じ日の近い時間に出産している。そして僕のDNA鑑定の結果は、家族との血の繋がりを否定していました。
誠さん、僕が言いたいことはわかったでしょう。でも僕は、今さら過去のことをほじくり返そうと思っているわけじゃない。あなたの人生を壊すつもりなんて毛頭ないことを理解してほしい。
ただ、そこは本来僕の場所だ。だから困っている僕にもその恩恵に預かる権利がある。わかるだろう? 僕が困っている話は書いたはずだ。頼む、あなたの分身である僕を助けてくれ。
この話を疑うなら、あなたは僕と戦うことになるだろう。今のDNA鑑定は正確で、結果に誤りが出ることはほぼない。あなたとあなたのご両親の鑑定結果を、正々堂々と僕に突きつけてみろ。それができないなら、僕から裁判を起こしてすべてを明らかにしてやる。そうなれば僕は晴れて本来の生活を取り戻し、あなたはクソ親父の借金を一生かかって返済することになる。
どうするのが一番利口なのか、馬鹿なあなたでもわかるだろう。あなたの意思を確認するため、まずは別紙に書かれた口座に一千万振り込んでほしい。兄も莫大な賠償金を請求されているんだ。どうせ返済する能力なんてない。あなたは嫌かもしれないが、これから長い付き合いになるかもしれないな。
恨むなら病院で起きた運命の悪戯と、あなたの本当の家族を恨んでください。
敬具
憧れのあなたへ 塚本正巳 @tkmt_masami
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます