第10話 大日本帝国電軍士官学校

父親の部屋に入った私は緊張のあまり背筋が固まっていた。

目の前には、いかめしい顔で座る父親。

その背後には「武運長久」と書かれた戦前風の日本国旗。

そして、部屋の隅や机の上にはどうやら本物らしい自動小銃や拳銃が並んでいる。


「何を話すんだ……?」


この異様な空間でどんな話が始まるか想像もできない。


「新生、お前の将来についてだ」


父親の重い一言に私は思わず身を引き締めた。


「……将来?」


私の戸惑いをよそに、父親はウェアラブルの端末を操作してホログラムの書類を出して私に見せた。

浮かび上がった文字には見覚えのない単語が並んでいる。


「お前、高校卒業後は大日本帝国電軍士官学校に行きたいのだろ?」


「……は?」


一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

電軍?

士官学校って?


「いやいや、ちょっと待て!士官学校って軍隊のことでしょ?」


慌てて否定しようとしたが、その言葉を口にする前に頭の中に高階新生としての記憶が流れ込んできた。

どうやらこの体の持ち主は本気でその「士官学校」に進学しようとしていたらしい。


「……なんでそんなところを志望してくれちゃったんだよ、俺……」


思わず心の中でツッコミを入れる。


父親は私の困惑に気づく様子もなく、淡々と説明を続けた。


「大日本帝国電軍士官学校。これは電脳空間での戦いを専門とする電軍の将校を育成する場所だ。お前にも分かるだろうが、電脳戦は国防の根幹を担う、最も重要な軍種の一つなんだからな」


「……電軍?……電脳って、ああ、サイバー軍ってこと?」


聞き返すまでもなく、父親の説明からそれを察した。

どうやらこの未来では、サイバー戦も軍事の中心的な分野として位置付けられているらしい。


しかし、それよりも気になるのは進路として「士官学校」を選ぶこと自体だ。

2024年の感覚では、普通の高校生が選択肢に入れるような場所ではない。


「……これ、大学みたいなもの?」


そう尋ねると、父親はわずかに眉を動かした。


「決まっているだろう、大学以上だ。電軍士官学校に進むというのは、この国の未来を背負うということだ。お前もその自覚を持っているはずだ!」


「いや、持ってないって……!」


心の中で叫ぶ。

そもそも自分の意思じゃない。

高階新生としての「志望」であって、北本英利としての私には全く関係ない話だ。


さらに父親は続けた。


「だが、現状のお前の成績では到底入れない」


「……え?」


「電軍士官学校の競争率は100倍を超える。全国から優秀な若者が集まる狭き門だ。一年生までの体たらくでは話にならん!」


父親の声には厳しい叱責が込められている。


「成績だけでなく、体力、精神力、規律も問われる。お前が本当にそこに進むつもりなら今までみたいなことではいかんぞ!」


私はただ呆然と聞いていた。


「……士官学校がそんな人気の進路になってるのか?」


私の時代では進路のトップといえば東京大学だった。

それが未来では軍事系の士官学校が「花形進路」となっているのだ。

しかも、サイバー戦専門の軍隊――電軍。


「サイバー軍に士官学校……もう、SFの世界じゃん。」


そんな思いが頭を駆け巡るが、父親の威圧感に押されて何も言えない。


「怠けている暇はない!」


父親は最後にそう言い切ってホログラムの書類を消し、その重い言葉が部屋の空気をさらに張り詰めさせた。


「……俺が、軍人……?」


つぶやいたその言葉が部屋に響いて妙に重くのしかかる。


「未来の日本って、どこまで変わっちゃってるんだよ……」


そう心の中で思いながら、私は父親の視線から逃れるように目をそらした――。

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