手のひらの中の世界

青藍

「手のひらの中の世界」


春の陽射しが教室に差し込む。佐藤悠斗(さとう ゆうと)は、相変わらず目立たない存在だった。身長は低く、周囲に溶け込むように過ごす日々。クラスでは無口で、友達も少ない。そんな悠斗は、今日も一人で教科書を開き、何気ない授業を受けていた。


彼の日常は、特別な出来事がない限り平穏無事だった。けれど、そんな悠斗の「普通」な日常が、ひとりの女性によって崩されることになる。


「悠斗、こっち!」


その声に振り向くと、教室の扉の前に立っていたのは、柳瀬凛(やなせ りん)。彼女はクラスで一際目立つ存在で、身長は180cm近く、すらりとした体つきに美しい顔立ち。周囲の男子はもちろん、女子からも憧れられる存在だ。


「凛、どうしたの?」


悠斗が小さな声で答えると、凛はにっこりと微笑みながら悠斗の席に歩み寄ってきた。その笑顔は誰にでも向けられる優しいものだが、悠斗にはその背後にある、少し異常な感情を感じ取っていた。


「ちょっと、放課後一緒に帰ろうよ。ね?」


凛は悠斗の手を取ると、無理やり引き寄せた。その大きな手が悠斗の小さな手を包み込むように、握られた。


「え、でも…今日はちょっと…」


悠斗は戸惑いながら言う。


「駄目だよ、悠斗。」凛は悠斗の手をしっかりと握り、顔を近づけて低く囁く。「私は悠斗と帰りたかっただけ。」


その目は、他の誰とも違うものを見ているようだった。優しさを装っているが、その瞳には強い執着が宿っている。悠斗はその目を見て、何か不安な気持ちが胸に広がるのを感じた。


「でも、僕、凛に何か迷惑かけてるわけじゃないし…」


「迷惑なんて、そんなことないよ。」凛は悠斗の顔をじっと見つめ、少し頬を赤らめながら続ける。「悠斗は私のこと、どう思ってる?」


その問いに、悠斗はうまく答えられなかった。普通の男子なら、きっと答えを期待しているのだろうが、悠斗はどうしてもその気持ちを言葉にできない。心の中で、彼女に対する好意はあるものの、その愛情の深さが恐怖に変わる瞬間を、すでに何度も感じていたからだ。


「えっと、僕は…」


そのとき、凛が悠斗の顔を両手で包み込んで、無理やり唇を重ねてきた。悠斗は驚き、体が固まる。


「凛、な、なにを…」


「悠斗、私を拒絶しないで。」凛は悠斗の顔をじっと見つめ、その言葉を吐き出す。「私は悠斗が大好き。誰にも渡さないから。」


その言葉には、愛情の中に執着と支配欲が混ざっているのを悠斗は感じ取った。彼女の大きな手が、ますます強く自分を引き寄せ、他の誰にも渡さないと誓っているかのようだった。


「やめて…」


悠斗は必死に振り払おうとしたが、凛の手は離れなかった。むしろ、ますます強くなっていく。


「私のこと、嫌いじゃないよね?ね?」


その瞳の中には、悠斗が拒絶できないような熱量が込められていた。悠斗はその目を避けることができず、ただただ黙って頷くしかなかった。


「好きだよ、凛…」


その言葉が、悠斗の心の中で完全に答えとなり、彼は凛の手のひらの中で、どこか居心地の悪さを感じながらも、彼女の支配を受け入れるしかなかった。


彼女の愛情は、普通のものではなかった。それは、あまりにも強すぎて、悠斗が逃げられないような力で彼を束縛していく。


その日以来、悠斗は自分の世界に閉じ込められたような気がしていた。凛の手のひらの中で、彼の「普通」は、二度と戻らないものとなった。


―――――――――――――――


柳瀬凛の視点


春の陽射しが教室に差し込む。私は、佐藤悠斗(さとう ゆうと)を目で追っていた。彼は、いつも一人で静かに本を読んでいる。周りに溶け込むように目立たない存在だけど、私はその小さな背中に、どうしようもないほど惹かれている。


彼が教科書をめくる手元に、ふと目を留める。悠斗は、他の誰にも気づかれず、普通の学生生活を送っているかのように見える。でも、私にとっては違う。彼が周りと同じように過ごす日常は、私の中で「普通」とは言えない。


それが、私にとってはどうしても手に入れたくて、守りたくて、たまらないものだから。


「悠斗、こっち!」


声をかけると、彼はちょっと驚いたように振り向いた。その表情が、私には可愛くてたまらない。彼は、私が自分に近づくと、少し照れたような顔を見せる。普通の男子なら、こんなに遠慮しなくてもいいのに。


「凛、どうしたの?」


小さな声で答える悠斗。彼はいつもそうだ。小さい声で、自分を隠すように話す。でも、私はその声が好きだ。


「ちょっと、放課後一緒に帰ろうよ。ね?」


私は彼の手を取って、強引に引き寄せた。悠斗は、ちょっと戸惑ったように私を見ているけれど、それでも拒絶することはない。そう、私は確信している。彼が私を嫌うことは、絶対にない。


「え、でも…今日はちょっと…」


「駄目だよ、悠斗。」私は彼の手をしっかり握り、顔を近づけて低く囁いた。「私は悠斗と帰りたかっただけ。」


悠斗の目は、少し動揺している。でも、私はその目に宿る不安や恐れを感じ取る。私を受け入れてほしい、そう心から願っている。だって、私は彼を手に入れるためなら、何だってする覚悟があるから。


「でも、僕、凛に何か迷惑かけてるわけじゃないし…」


「迷惑なんて、そんなことないよ。」私は悠斗の顔をじっと見つめ、少し頬を赤らめながら続ける。「悠斗は私のこと、どう思ってる?」


その問いに、悠斗はどうしても答えられない。普通の男子なら、私がこんなに近づけば、きっと答えるはずだ。でも、悠斗は違う。彼の心は、私が想像しているよりも繊細で、傷つきやすい。


「えっと、僕は…」


そのとき、私は悠斗の顔を両手で包み込んで、無理やり唇を重ねた。彼は驚いて固まっているけれど、それを嬉しく思う。私のことを拒絶しない、そう確信したから。


「凛、な、なにを…」


「悠斗、私を拒絶しないで。」私は彼の顔をじっと見つめ、心の中で誓う。「私は悠斗が大好き。誰にも渡さないから。」


悠斗は、何かを感じ取ったのだろう。彼の顔に浮かぶ驚きと戸惑いが、私をもっと強く引き寄せた。私は彼を誰にも渡さない。私のものだと、そう決めた。


「やめて…」


悠斗が必死に振り払おうとするけれど、私の手は離れない。むしろ、もっと強く彼を抱きしめたくなる。


「私のこと、嫌いじゃないよね?ね?」


私の瞳に込めた熱い想いが、悠斗に伝わると信じている。彼はその目を避けられない。私の支配から逃れられないと、気づいている。


「好きだよ、凛…」


その言葉を聞いた瞬間、私の心は満たされた。彼が私を好きだと言ってくれる。それだけで、私はもう十分だと思う。


彼の愛情は、私が手に入れたもの。彼は、私の手のひらの中で、私に従うしかない。彼がどんなに怖がっても、私の世界に閉じ込めてしまえば、もう逃げることはできない。


その日以来、悠斗は私の世界に完全に閉じ込められた。私の手のひらの中で、彼の「普通」は二度と戻らないだろう。






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