魔物もヒールします1
「覚えとけ。この世界で生きていくには非情になることも必要だ。二人なら尚更な」
最初の頃に一度山賊に襲われた他は大きな問題もなく商人の護衛は進んで目的の地までたどり着いた。
商人から依頼完了の書類を受け取って解散となったところでカミンはエイルのことを呼び止めた。
「誰かを殺したくないって考えは嫌いじゃない。時にこの世界はあまりにも命が軽いからな。命を大切にするお前の考えも悪いもんじゃないさ」
カミンは山賊との戦い一度でエイルのことを見抜いていた。
エイルは山賊のリーダーにトドメを刺すことをためらった。
気絶させて倒すところまでは良くともその先に関してエイルにはまだ甘いところがあるのだ。
たまたま他に襲われることがなかったので完全にエイルのことを観察しきれなかった。
カミンとしてはまだもう少し様子を見たかったけれどここでお別れである。
エイルのことを思っての老婆心ながらのアドバイスを最後に送ることにした。
「だが相手を殺すことためらったときにツケの代償を払う時があるかもしれない。お前一人ならいい。けれど隣のお嬢さんにそのツケが回ってくるかもしれない。あるいはお前の知らないどこかで誰かが払わされてるかもしれない」
道中よく浮かべていた軽い笑みもなくカミンは続ける。
「お前の考えが何より大事なら俺は文句は言わん。けれどその考えよりも大事なものがあるなら守るべきものと奪うべきものをしっかりと区別するべきだ」
「…………分かりました」
重たい言葉だった。
けれど鋭くてエイルの胸に突き刺さるようである。
「俺は旅をしている。いつかまたどこか会うかもしれない。お前たちとはまた会いたいものだよ」
そう言ってカミンはエイルに背を向けて去っていった。
「……あのおっさんの言う通りだな」
宿でも探そうと歩き始めたエイルはポツリとつぶやいた。
「人を殺すのが怖いのか?」
ミツナにとってはあまり共感できない考えだなと思った。
やらなきゃやられる。
敵対して戦った以上は殺すべきだと考えている。
「人の命を奪うのは……あまり得意じゃないな」
エイルは曖昧に笑った。
昔師匠にも指摘されたと思いだしていた。
人を殺さねばならない時が絶対に来る。
そしてそんな時にエイルが思い悩む時が来ると言われていて、なんだか全ての未来を見透かされていたような気分になる。
「頭では分かってるんだ」
誰かを殺さなきゃいけない時がある。
しかしいざ人を目の前にして殺そうとすると体が動かなくなる。
これまではヒーラーなので前に出ることがなくて何も問題はなかった。
だがミツナと二人で旅をするならば自分で手を下さねばならない時がどこかであるはずなのだ。
「……その時にはちゃんとできると思うから」
エイルは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「……大丈夫だぞ」
「ミツナ?」
「私がやるから」
エイルが隣を歩くミツナに視線を向けるとミツナは優しく笑っていた。
きっと獣人の中にあったのならバカにされるだろう。
しかしミツナはそんなエイルの気性を好ましいと感じた。
すごく強い。
簡単に相手を制圧してみせたし治すこともできるのに他者を傷つけることに対して迷いがある。
ミツナの価値観からするととても変な人である。
でも嫌いじゃない。
相手を倒す力がありながらそうしないエイルはとても不思議であるのだが、そんな人がいてもいいじゃないかとミツナは思うのだ。
「必要なら私が倒す。エイルはエイルのままでも大丈夫だ」
「……ありがとうミツナ」
ミツナなりの思いやりを感じてエイルは微笑みを浮かべる。
「これからどうするんだ?」
「まずは宿を取って……それから冒険者ギルドに行ってウチガやイセキテという国について調べてみよう」
どんな国かは実際行ってみないと分からないことも多い。
ただ場所もわからなければ行くこともできない。
冒険者ギルドに行って地図を見せてもらい、ウチガやイセキテがどこにあるのか調べることから始めようとエイルは考えていた。
ついでにどんな国なのかざっくりとしたことでも分かればと思う。
エイルはひとまず手頃な宿を見つけて部屋を取った。
本当ならミツナと別部屋にすべきなのだが空きがなくて同部屋になってしまった。
「本当によかったのか?」
「エイルに普段はかけられないから。エイルなら……信頼してる」
宿代は部屋単位でかかるので一部屋なら節約になる。
エイルなら若い男女が同じ部屋でも襲いかかってこないだろうという小さい信頼はある。
「それに……」
「それに?」
「……なんでもない」
仮にエイルならば襲われてもいいかもしれないなんてちょっとだけ思ってしまってミツナは顔を赤くする。
なんだろうと思いながらも言わないのなら聞き出すことはしない。
エイルとミツナは町にある冒険者ギルドを訪れた。
壁には依頼が貼ってある。
そして酒場も併設されていて昼間から飲んでいる冒険者もいてミツナは酒の匂いに顔をしかめる。
冒険者ギルドまでついてこなくてもよかったのだけど仲間である以上エイルにばかり何もかもやらせるわけにはいかない。
同じ負担は同じく共有するのだとミツナは主張した。
ジロリと神迷の獣人であるミツナのことを一瞥する冒険者はいるけれど突っかかってくるような奴はいない。
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