目的地なき旅の始まり3
「ふん、お前ら分からせてやれ。ただし女は殺すなよ」
山賊たちが武器を構えてエイルとミツナも剣を抜く。
獣人といえば爪や牙で戦うことも多いのであるがミツナは剣を扱った。
爪もあるので爪でも戦えるけれどそれは最終手段らしい。
「……任せて」
「くれぐれも怪我はするなよ」
「しても治してくれるんでしょう?」
「それでも怪我なんかしない方がいい」
ミツナは痛みを感じない。
だからいくら怪我をしてもエイルが治すことができる。
けれどエイルはたとえ治せるとしても怪我なんかしない方がいいと考えていた。
「……変なの」
別に治せるからいいだろうとミツナは思うのだけど、怪我はするだけ動きに影響を及ぼす可能性もあるのでミツナも自ら攻撃を受けるつもりはない。
「早く行け!」
山賊のリーダーの叱責で他の山賊も動き出す。
「舐めるなよ!」
ミツナも地面を蹴って走り出した。
「ひゅう、速いな」
ミツナは瞬く間に山賊の男たちの中に飛び込むと剣を振った。
神迷の獣人は弱いから蔑まれているのではない。
見た目として中途半端だから蔑まれているのが大きな理由なのであるが、その能力にも獣人が神迷の獣人を排他しようとしている理由があった。
獣人は高い身体能力を持っている。
人間よりもはるかに体が強くて力も素早さも高く、嗅覚や聴覚なんかも優れている。
その代わり獣人は体に持っている魔力が少ない上に魔力のコントロールが下手くそで魔法がほとんど使えないという弱点がある。
そうしたところから獣人は身体能力、人間は魔法というところで対等な関係を築いている。
一方で半獣人と呼ばれるミミやシッポなど体の一部だけが獣の特徴を持つ獣人は身体能力は人間よりも高めではあるものの獣人には及ばない。
その代わりに魔力が高くて魔法を使える人も多くなっている。
言うなれば獣人と人間の間のような存在である。
そして神迷の獣人はというと身体能力は獣人とほぼ同じ。
高い身体能力を持っていてやや力で劣るかもしれないというぐらいで人によってはそんな差もない。
さらに神迷の獣人は魔力保有量も人間並みに多い。
つまりは神迷の獣人は獣人と人間のハイブリッドのような存在なのである。
自分よりも優れた種族。
そうした点で神迷の獣人は獣人から嫌われていて抑圧されているのだ。
「ぐわっ!」
「なんだこいつ!」
獣人による抑圧から神迷の獣人が潰されていった結果神迷の獣人はほとんど人前から消え去った。
今では獣人と人間両方からただ蔑まれる存在となっていて、神迷の獣人が強いなど知っている人は少なくなった。
ミツナもまともに装備を身につけて戦えば普通に強かった。
剣の扱いも悪くなく、山賊たちを次々と切りつけていく。
これは思ったよりもミツナの実力は高いかもしれないとエイルは思った。
「じゃあ俺も」
「なんだ!?」
ミツナに切り付けられた山賊たちが一斉に倒れた。
何が起きたのか分からなくて山賊たちのみならずカミンも驚いた顔をしていた。
「てめえ、何をしやがった!」
ミツナではないと山賊のリーダーは思った。
山賊のリーダーは切り付けたミツナではなく山賊の方に手を伸ばしているエイルのことを睨みつける。
ミツナも実は目の前で急に相手が倒れたことに驚いたが、エイルがやったのだなと分かるとすぐに戦いを再開した。
ミツナが何人か切りつけると、切りつけられた男たちが倒れる。
経験豊かなカミンですらエイルがどうやって男たちのことを倒しているのか予想がつかない。
よく見れば切りつけられた怪我が治っているのだけどそんなこと見る人はまずいない。
「チッ!」
いつの間にか山賊も残り数人となっている。
普通に数が多くいてもミツナを捉えられていないのに少なくなってしまうと勝ち目はない。
山賊のリーダーは大きく舌打ちしてエイルに向かって走り出した。
「エイル!」
「……俺なら倒せるとでも?」
「むっ!」
エイルは剣を抜いて振り下ろされた斧を受け流す。
「ほう……」
山賊のリーダーが乱雑に振り回す斧をエイルは受け流して防いでいく。
想像していたよりも剣の技術があってカミンは感嘆の声を漏らす。
ミツナは身体能力に任せたような剣の扱いをしているけれどエイルは緻密な技術に基づいて剣を操っている。
若いのにかなり強そうだと驚きを禁じ得ない。
「ぐっ……ぐぅっ!?」
振り回される斧の隙を狙ってエイルが山賊のリーダーの腕を切りつけた。
切られた鋭い痛みに続いて不可解な大きな痛みを感じて山賊のリーダーは思わず斧を落とした。
そのままエイルは怯んだ隙に山賊のリーダーの腕を深々と剣で突き刺し、続けて足を切りつけた。
こうなれば逃げることもできないし斧を持つこともできない。
「う……くそっ……」
地面に膝をついた山賊のリーダーはエイルのことを睨みつけている。
「エイル、大丈夫か!」
エイルが山賊のリーダーと戦っている間にミツナは残りの山賊たちを倒してしまっていた。
「ああ、俺は大丈夫だ。ミツナもよくやったな」
「あ、あれぐらい普通だし」
口ではそう言いながらもエイルに褒められて嬉しいミツナのシッポは激しく振られていた。
油断するとお尻ごと振ってしまいそうでミツナは必死にそこだけは気をつけている。
「チッ……」
仲間も倒された。
手足までやられて逃げることもできない。
「殺せよ……」
大きく舌打ちした山賊のリーダーはうなだれた。
こうなればもう未来など分かっている。
捕まって突き出されるか、殺される。
仮に見逃されたところで手足を怪我していては山賊稼業も続けられない。
それならばさっさと殺してもらった方がいいと山賊のリーダーは思った。
「何をしている?」
「…………」
「ふっ、人も殺せない甘ちゃん……」
「口数の多いやつだな」
エイルは剣を持ったまま黙って山賊のリーダーを見下ろしていた。
山賊のリーダーの言う通り人を殺すことはできないと言って剣を収めようとした時だった。
カミンが山賊のリーダーの首を横から切り落とした。
「なっ……」
「情けをかけるのも構わんが殺すべき相手は殺すべきだ」
驚きを見せるエイルにカミンはゆっくりと首を振ってみせた。
「こいつを生かしておいてなんになる? 武器も持てなくてどうやって生きていく? 仮に手足が治ったらどうなると思う?」
エイルの足元に山賊のリーダーの首が転がってくる。
「お前たちは二度とこいつに会わないかもしれないがここで活動する依頼主はそうもいかない。もしかしたら治療のための金を取ろうと今までより過激なことをするかもしれない。手を出すなら最後までやることだな」
「…………そうですね」
おっさんの言葉が胸に突き刺さってエイルは苦い表情を浮かべる。
「そっちの奴らもただ気絶しているだけのようだな」
カミンは気を失って倒れている山賊たちにトドメを刺していく。
非情なようであるがカミンが言っていることは正しい。
山賊をここで見逃してものちの被害者が出るだけになる。
むしろ復讐のために商人が襲われる可能性すらある。
相手に情けをかけて見逃すことに一定の美徳も認めるけれど、情けをかけるべき相手とかけるべきではない相手がいる。
山賊は情けをかけてもいい相手ではない。
「エイル……」
エイルは足元に転がってきた山賊のリーダーの頭をただ見つめていた。
ミツナはエイルの感情が分からなくて尻尾を下げて困った顔をしている。
「あ、ああ、大丈夫だよ」
声をかけられたエイルはミツナを見てぎこちなく笑顔を浮かべた。
「エイル、死体をどけるぞ。手伝え」
「……分かりました」
「わ、私もやる」
気を失っている山賊にトドメを刺したカミンは馬車が通れるように死体を引きずって道端にどけていた。
エイルとミツナも手伝って道を開け、妙に態度が下手になった商人の馬車に乗って再び進み始めた。
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