黒の友達

黒い蝶が大量発生する時期がある。

その名は知らない。

皆は気持ち悪い蛾だと言うが、私にとっては綺麗な蝶だ。

それは職場の外に集団で飛んでいて、大きな黒い玉のようになっている。温かい季節になると、黒い蝶の玉は私に会いに来てくれるのだ。


黒い玉を心に持つ私としては、黒い蝶の玉に親近感を覚える。


いつも職場での休憩時間は、屋外北側の、陽の当たらない所にあるベンチに腰掛け過ごしている。

さほど景色が良いとも言えないが、とても落ち着く癒しの場だ。

過ごしやすい季節になると、常連じゃない社員たちもやってくるので、そこは真夏や真冬の時のような貸し切り状態ではなくなってしまう。


左側ベンチの左端は私のテリトリーだ。

そこに誰かが先に座っていると、とても残念に思ってしまう。私専用だと名前を貼っておきたいほどだ。


『悪いけど、席変わってほしいな』


と言いたいところだが、ここは皆の共有スペースだ。そんな事を言う権利はない。

私はあきらめて右側ベンチの右端に腰掛けた。


「ギャー!!」


お弁当を食べていた女性社員は、いきなり大声を張り上げ、弁当をひっくり返す勢いで立ち上がった。

キャーキャー言って騒いでいる。


「なにごと!?」


私は、いきなりの大声や破裂音がとても嫌いだ。

驚きすぎて心拍数が急上昇してしまう。

そうなると、私の中のS部分を隠しきれなくなってしまうのだ。


私は彼女がキャーキャーと騒ぐ姿を、冷めた目で見て返した。「うるさいよ」と。


「蛾の大群がタカってる!! さっきまではいなかったのに!! 何連れてきてるんですか!?」


確かに。

私の周りには沢山の黒い蝶がいる。

玄関を出た時から黒い玉を引き連れてここまでやって来た。

私に『遊ぼ』と誘うように、黒い蝶達はひらひらと舞って勝手に付いてきたのだ。


今も私の左腕には一匹の蝶が止まっている。


気づいていたがそのままにしておいた。

どうやら見えない他の部分にも止まっているらしい。


大歓迎だ。


顔の周りでチラチラと飛ばれると視界が邪魔なので振り払うが、それ以外は彼らの自由にさせてあげたいと思う。


「ちょうどこんなブローチが欲しかったから、とっても嬉しいな~」


「殺虫剤かけていいですか!?」


彼女には冗談が通じなかった。

マジ怖いと言って、ベンチ脇に置いてある殺虫スプレー缶に指をさす。その目は切実にそれを貸してくださいと言っていた。


彼女は殺虫剤を、私ごとかけるつもりだろうか。

恐ろしい事を考える。

この殺虫剤は私の私物だ。

害虫の対策用に持参している。

だから、使うか使わないかは私次第だ。


「ダメ。これ害虫専用だから」


キッパリと断った。

極度の虫嫌いな彼女は、


「マジ無理!」


と言って、東側のベンチがある場所へと逃げていった。


私は一人になった。


定位置が空いたので、ほくそ笑みながら席を移動する。


それからすぐに、男性社員がやってきた。

手には蓋をしたカップラーメンと割り箸を持っている。ニンニクマシマシと書いてある、ここぞと言う時にいつも彼が食べるカップラーメンだ。


彼は日頃、「疲れにはニンニク!」と主張していた。だから多分、今日は疲れているのだろう。

彼は右側のベンチに腰掛けると、私を見て笑った。


「それって友達なの?」

「はい。友達です」

「賑やかだね」


彼は、舞っている何匹かの黒い蝶に視線をやり、優しく笑った。そんな彼の所へも、黒い蝶は飛んでいき止まろうとする。


…………止まった。


彼は、膝に止まったそれを振り払いもせずに冷静に見ている。


「好きなんですか? 蝶」

「べつに。でも、せっかく止まってるからこのままでもいいかなと思って。害ないし」


彼は静かにそう言うと、ひらひらと舞う黒い蝶達に視線をやった。


「こいつらって、なんでわざわざ人間に寄ってくると思う?」


「さあ。黒い人間を知っていて、そういうのに寄ってくるのかもしれませんね」


「俺らって、黒いの?」

「白か黒か選べと言われたら、黒でしょうね」

「黒か……」


そう呟きながら、彼はカップラーメンを食べ始めた。視界に入る黒い蝶は許せないようで、時々鬱陶しそうに振り払っている。


「私は黒が好きですよ。落ち着くし」


彼はカップラーメンを豪快にズルズルと音を立てて食べている。風に乗って強烈なニンニク臭が漂ってきた。風向きで、私の全身はニンニク臭を浴びる事となるが、特に不愉快だとは思わない。


「へぇ~、黒好きか……」


そう呟きつつ、彼は私の頭上に視線をやった。


多分私の頭には、黒い蝶が止まっているのだろう。彼の肩には、新たな黒い蝶が止まっていた。


別に気にすることでもない。

互いに、どれだけの黒い蝶が止まっているかなんて、あえて教えることはしなかった。        


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