第24話 箱を開けるモ
棺は大理石でできており、棺の蓋は超クリスタルかな。超クリスタルはガラスの数倍の耐久性を持ち、ちょっとやそっとの衝撃じゃ割れない。更に窓ガラスより数倍薄くても耐久性を維持できる魔法文明の産物だ。大理石の方もなんらかの魔法的な加工がされてるはず。その証拠に棺も蓋も全く劣化していないからね。
棺を覗き込むと神官風のローブを着たエルフ? が横たわっていた。ローブのフードをとってみないとエルフなのか断定はできないかな。
耳が尖っている特徴しか目視できないから。フードの下に角があったり、獣耳があったりしたらエルフではない種族になる。
棺の中の人は男なのか女なのかも判断がつかない。というのは、干からびてからっからになっていたからだ。
生きているのか死んでいるのかも不明ときたものだ……。となれば、まずは調査だな。
「術式構築、アナリシス」
棺にどのような魔術回路が仕込まれているのかアナリシスの魔法陣魔法をかけてみた。
すると、棺全体に複雑な魔術回路が描かれていることが分かる。
「ペネロペ、この人から魔術回路に繋がりを感じるんだけど、どうかな?」
「はい、微量でありますが体から棺の魔術回路に魔力が流れています」
「やっぱりそうかあ。となるとこの人は生きていて、魔術回路も動いている」
「魔術回路が途切れていないか、調査でしょうか」
うん、と頷き、部屋全体へアナリシスの魔法陣魔法を付与する。
なんと、部屋全体に魔術回路が刻まれていて作動していることが判明したのだ!
部屋全体だけでも相当大きな魔術回路なのだが、どうも部屋の魔術回路は全体の歯車の一部に過ぎないように見える。
「こいつは相当大規模な魔道具だよ。街のインフラレベルの」
「天の大地の集マナ設備とかでしょうか」
「ちゃんと全部みないと確実とは言えないけど、部屋の魔術回路を見た感じ結界系だと思う」
「結界とは……あまり馴染みがないのですが魔物除けとかでしょうか」
「魔物除けも結界の一つだよ。発想次第でいろいろできるらしくて」
結界とは一定の範囲になんらかのルールを敷くもの、と定義されていたと思う。たとえば、街の周囲をぐるっと覆う結界があったとして、その結界にはモンスターを拒絶する、とルールが敷かれていた場合、モンスターは結界の中に入ることができない。入れないのだが、結界を破壊することはできるので、モンスターが街に入ろうとしたら侵入することはできるものの、多大な労力を要する。
拒絶の結界は対象が多ければ多いほど、結界が広ければ広いほど加速度的に魔力が必要で、マナが枯渇しつつあった過去ではあまり一般的じゃなかった記憶だ。
人の安全性を確保する系の結界は大都市ではよく使われていたと聞く。たとえば、高い建物にある結界は万が一転落した場合の対策として、落下する人の落下速度を低減するものとか。これだと、万が一の時にしか発動しないので魔力の消費も抑えることができる。
さてさて、部屋の魔術回路はどのような効果を持っているのか。結界ぽいんだけどなあ。
調査すること30分。外の祭壇跡地にも魔術回路が広がっていて、断線しておらず完全に機能していることが分かった。
結論、こいつは結界で間違いない。
「どのような結界なのですか?」
「もうちょっと待って、こいつが……ふむ。分かった!」
「修理屋としての本領発揮ですね。忘れかけていましたが……」
「そ、そうね。魔道具がない時代だもの、仕方ない。それでだな、この結界は術者の意思を広く届けるものだった。対象は天の山麓に住むモンスターだ」
術者は棺の中の人で、彼か彼女の意思がモンスターたちに伝わっている。
モンスターが闘技大会状態だったのは、本結界によるもので間違いない。闘争し、負けを認めたら引けってところかな。
何も制御していない状態だったら、もっと殺伐とした食い合いになっていたところを止めるために? 当初は止めるためだったのかもしれないけど、現状は腕試しの場として強いモンスターを呼び寄せている気がする。
ペネロペに説明する俺の言葉をじっと足元で聞いていたマーモットが鼻をひくひく、長い前歯をカリカリさせながらのたまう。
「そうだモ。ファフニールを大人しくさせるためだモ」
「棺のこの人がファフニール?」
「違うモ。こいつはラージャだモ」
「ファフニールってのは別の場所にいるのか」
「山の中で寝ているモ。強者の挑戦を大人しく待っているモ」
「ファフニールってやつを黙らせれば、安全にここで生活できる?」
「ファフニールに挑みたければ、起こすモ」
誰をとは聞かずとも分かる。棺の中の人を目覚めさせればいいんだろ。
「起こすとして、どうやって起こすか」
「ニンジンを寄越すモ」
「リンゴならまだありますよ」
話が全然つながらねえと突っ込もうとしたら、神速でペネロペが魔道車からリンゴをマーモにお届けしていた。
「リンゴでもまあまあ力が出るモ」
シャリシャリとリンゴを齧りつくしたマーモが何やら言っているが、おなか一杯になったってことだろうか。
ぺしぺしと短い前足で自分のおなかを叩いた彼の体から魔力が吹き上がる。
「マーモが願うモ。箱を開けるモ」
ぴかーと棺が光り、超クリスタルの蓋が音も立てずに左へスライドし、宙に浮く。
「封印解除……こんな術式もあったのか」
「あとはオマエ次第だモ、リンゴを寄越すモ」
「はい、ここに」
ペネロペがマーモにリンゴを追加する。
蓋が開いたが、ラージャと呼ばれるひからびた人をどうやって起こしたものか。
腕を組み頭をひねっていると、ペネロペがふと思いついたように言葉を発する。
「この方、魔力切れなのではないでしょうか」
「じわじわと魔力が失われているのは確かだけど、マナ密度が高いし、あ、でもそうか、これだけの結界だものな」
「魔力を注いでみますか?」
「いや、注ぐにはまず魔術回路からこの人を切り離さないと。そうしたら結界が機能しなくなってしまうかも」
「出力の大きい魔石を変わりに取り付けたらどうですか? この方から出力される魔力を抑え、繋がりを断たなければ結界もそのままですよね」
その線で行ってみるか。問題は出力の高い魔石があったかどうか……である。
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