第16話 ぺろ、、、これは

「お、こいつは。冷蔵庫で確定かも」

 ちょいちょいとペネロペにもしゃがんでもらって箱に刻まれた紋章を見せる。

「ロイキンですね」

 紋章はアイスブルーの宝箱マークで、真ん中にロイキンを示すイニシャルが描かれていた。ロイキンは「冷やす」ことに特化した魔道具メーカーで冷蔵庫とクーラーが有名だ。日本にあった家電メーカーと異なり、各種魔道具メーカーは「冷やす」とか「加熱する」とか魔法陣魔法の特性ごとに特価しているメーカーが多々ある。もちろん、総合的に生活魔道具系を取り扱うメーカーもあるにはある。が、特化型の方が総合型より性能が良いか、同性能で安価かのどちらかで、特化型の方が優れていることが多い。総合型は単品で見ると見劣りするが、トータルで揃えると使い勝手がよくなる。

「紋様を見ただけで分かるものなのか?」

「ち、近いって」

 しゃがんでいる後ろからイデアが覗き込んでくるものだから、彼女の髪と肩が俺に触れていた。

「すまんな。魔道具のことになるとそれしか見えなくなるのだ」

「ま、まあ、気持ちは分からなくもないよ。俺も魔道具に没頭した口だもの」

 そうかそうか、と同行の士を見つけたイデアが上機嫌に元の姿勢に戻る。

「扉がありゃあなあ」

「冷やす機構だけでしたら動くのでは?」

 おっと、つい口に出てしまっていたか。ペネロペが一部だけでも動かしてみたら、と提案してきた。

 ロイキンは扉部分に魔法陣が描かれていたかどうか覚えてない。

 箱ものは大抵裏側に魔法陣が集中していることが多いのだが、開けてみなきゃ何とも言えん。

「イデア、この箱、ええと棚かな。この魔道具は中のものを冷やす魔道具なのだけど」

「初めて聞くアーティファクト、いや、魔道具だ。紋様からどのような性能を持つのか分かったのだな」

「うん、この紋章は『冷やす』魔道具がほとんどなんだ。もちろん、冷蔵庫の魔道具は動かないよね?」

「いかにも。動くとしたら、私が既に性能を把握している」

「動かなくても高価なものなのかな?」

「動かぬ魔道具は魔道具としての価値はない。ただ、その素材は魔法金属だ。魔法金属はそれなりに値段がする」

 ロイキンの冷蔵庫はアイスメタルだったか。冷却に特化したロイキンが開発した合金だった記憶だ。

 合金の成分は覚えていないから、再現することはできないなあ。そもそも、俺はエンチャント関連は全然分からんので、成分を知っても魔法金属に変質させることはできない。結局俺のできることって、壊れた魔道具の修理だけなんだよね。魔道具の素材をエンチャントすることも、魔道具の成型もできない。

 そうだ、俺の特技は魔道具の修理だ。壊れた魔道具を前に何を躊躇する?

 既にイデアには魔法陣魔法のことやら喋っているし、ペネロペの言うように完品に拘る必要もないさ。

「一つ教えてほしいのだけど、扉ってついてなかったよね?」

「残念ながら。繰り返しになるが、壊れた魔道具に価値はないが、魔法金属はそれなりに値段がする」

「つまり、発見されたら潰して魔法金属でうはうはされるってことだよね」

「いかにも。魔道具の価値が分かっていない者も多くてな。一昔前は見つけたら高価な金属や宝石という感覚だった」

 魔法陣魔法が廃れたらエンチャントの技術も廃れるのも当然か。魔法文明の基礎は魔法陣からきているからなあ。

「ってことは、2000年の間に魔道具は潰されて魔法金属が剣とか鎧になっていて殆ど残っていない?」

「この魔道具……冷蔵庫だったか。冷蔵庫くらいの大きさのものは人の住む地域はもちろんのこと、古代の都市跡でもまず発見できない。地中深く埋まっていたりするものが稀に発見されるくらいだ」

「厳しい……冷蔵庫の扉も」

「いや、今でもほぼ手つかずになっている地域もある。もちろん理由あってのことだが」

「お、おおお! いや、待て。海の底とか人の立ち入れない場所だよな、きっと」

「行くことは可能だ。ここからそう遠くもない。君たちはフェンブレンから遠く離れた地からきたのなら知らなかったのだな」

 魔道具が豊富にあるところとなれば、大都市の跡地だろうな。近くの大都市……あ、俺も見たじゃないか。

「ん、それって?」

「天の山だ」

「天の大地が落ちたところ?」

「知っているんじゃないか。天の山は災害級や神話級の魔物がいて手が出せてないのだ。それだけではない。天の山を統べるファフニールが財宝を守っていると聞く」

 ビンゴだった。天の大地なら、魔道具もわんさかあるぜ。世界有数の大都市だったからな。大地が落ちた衝撃と長い年月によってほぼすべての魔道具は動かなくなっているだろうけど、それはそれで楽しみじゃないか。何せ俺は修理屋なのだから、修理して完品にすることに喜びを感じる。

 元々、目指してみようと思ってたんだ。魔道具が手つかずで残っているとはと手も良い情報を得た。

 喜びを露わにする俺を見たイデアが首を傾け眉をひそめる。

「まさか、天の山へ行こうなどと考えてはいるまいな?」

「え、いや、まあ」

「これまで幾人もの冒険者が挑み、天の大地跡からほうほうの体で帰還し成果なし。中には英雄と呼ばれる者もいた。騎士もいた。命を落とした者は数知れず。しかし、成功と呼べる成果をあげた者はいない」

「あ、あれかな……剣と盾で?」

「精霊術を使う者もいたが、成果はあがっていない」

 警告はありがたいのだが、はいそうですかとあきらめるわけないだろ!

 精霊術が魔法陣魔法と比べてどれほどサバイバル力があるのか不明だが、こちらは魔道具と魔法陣魔法を同時使用ができるのだ。

 もちろん、まずいと思ったらすぐに撤退する。命あってのものだねだからな。撤退してもどうやって再び挑むのか策を練って再挑戦するとは思うけどね。

 宝の山を前にしてむざむざ諦めるなんてありえないってもんだぜ。

「イデア、話は変わるのだけど、この冷蔵庫、分解してもいいかな。あ、ちゃんと元には戻す」

「構わんが、分解するほどのパーツはないぞ」

「ありがとう。修理できるか見てみたくてさ」

「修理だと!?」

 驚きで目を見開くイデアをよそにいそいそと棚に置いた商品を外に出し、適当な置き場所を探す俺であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る